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Interview

描き続けるという強い決心が、作家に歴史をつくる

西垣肇也樹┃日本社会も自分自身をも、シニカルに描き続ける

author: 岩崎かおりdate: 2022/11/05

自らもアートコレクターでアートビジネスの起業家でもある岩崎かおりさん。今回訪ねたのは「作品は何度も拝見していました。ストーリー性があってちょっとユーモラスで、皮肉めいていて面白くて。ずっとお会いしてみたかった。」という西垣肇也樹(にしがき・はやき)さんのアトリエです。専業作家として逞しくしぶとく生き残ってきた西垣さんの話は、はっとさせられる言葉が数多く潜んでいました。

もがき続けたギリギリの日々から“作家”になるまで

取材に伺った日は、完成すれば縦横数メートルにもなるコミッションワークに取り組んでいた西垣さん。依頼主との対話や現地でのリサーチ取材などを経て、ラフイメージ、下絵、そして実寸大で描いていくという。

西垣さん:作品は「こう描かなけば」と決めすぎず、世の中で起きていることをその都度入れるなど、ライブ感をもって描くことを大切にしています。これは、岡山に本社を置く両備ホールディングス株式会社様からの依頼で、桃太郎と鬼をモチーフに、今の世界情勢や社会の分断などから、「自分と他者」や「攻撃ではなく対話を」といったイメージで構想しています。

岩崎さん:なるほど。こうやって少しずつ、墨や鉛筆で描いていたんですね。それにしてもこの「アトリエ・ハイデンバン」は天井が高いですね。そもそも立ち上げたきっかけを教えていただけますか。

西垣さん:ここは2015年6月17日、自分の30歳の誕生日にオープンしました。今もお世話になっている現代美術家の方に「若手の作家同士でもっと群れて仕事をシェアしてやっていったほうがいい。誰かへの仕事の依頼から繋がっていくこともある」とアドバイスいただき、大学の同期などで集まって立ち上げました。大型作品も制作しやすいよう、天井高は4mくらいあります。壁や扉などはDIYで仕上げました。

西垣さんは2012年に京都造形芸術大学大学院の修士課程を修了しているが、2008年に起きたリーマンショック以降、日本経済は低迷し、国内のアートマーケットも冷え込んだままだった。どうしたら作家を続けられるか、自分は本当に絵を描く必要があるのか、試行錯誤と自問自答を繰り返しながらストイックに描く日々に、やがて行き詰まったという。

西垣さん:油絵をやめてしまうほど、本当に厳しかったです。当時は自分を更新していくことや、自分との対話を繰り返していましたが、このアトリエを作って初めて、作家として外に向かってどう発信するかを考えられるようになりました。そして最近になってようやく、このときにやっと作家としてのスタートを切れたのかもしれない、と思うようになりました

岩崎さん:私がコレクターはじめたのが2015~2016年ごろでしたが、当時の日本はまったく絵が売れておらず、非常に不思議な状況でした。

西垣さん:日本のアートマーケットの歴史を紐解くと、バブル的な売れ方をするような極端さがあって、世界の現代美術の動向とも少々異なります。イラストのようなテイストや、分かりやすく美しい作品が人気を集めるところも。多くの作家が普通に生活していけるくらい作品が売れたらいいのに、と常に思いますね。

日本の諸問題と矛盾の合間に見出す

2015年、「アトリエ・ハイデンバン」の立ち上げと前後して、ターニングポイントと言える出来事に遭遇する。作品展示の依頼で出かけた、瀬戸内・豊島でのフィールドワークだ。

西垣さん:2010年に豊島を訪れたことがあったのですが、当時は過疎化が進んでいる印象を受けました。その後、「豊島美術館」のオープンと「瀬戸内国際芸術祭」がスタートし、徐々に島が賑わうように。

2013年頃、作品展示の話をいただいて再び島を訪れたとき、観光客向けのお店の看板や道案内が、街中に増えたことに気づきます。島にアートが入ってきたことと、かつて産業廃棄物の不法投棄が起きてしまったことの違いを考えたことで初めて、「自分がこうだから、こう描く」のではなく、「豊島がこうだから、こんな作品なら島のことが描けるかも、こうすれば伝わるのでは」と思ったのです。

当時取り組んでいた抽象画では何かが違うと、フィールドワークで目にした風景をもとに、豊島へと何かが入ってきているような作品を描いた。このとき、もともと好きだったという鉛筆のデッサンと墨を用いたことで、現在も続く墨絵のシリーズ、そして山水画や円相のシリーズへと繋がっていく。

西垣さん:以降、ゴジラにまつわるモチーフ、特に尻尾がキーとなる墨絵を描いていくのですが、2016年ごろの作品では、文字などの具体的な表現からもっとイメージを膨らませられるようになっていきました。

このあたりから肩が軽くなって、日本古来、もしくは中国から伝来したモチーフを、現代的にアップデートして描くことができるようになりましたね。山水画のシリーズでは、現代の作品ですが、経年変化や時間の経過を表現したくて、紙を自分で染めています。

岩崎さん:複数のシリーズへ広がっていったきっかけや、心境の変化が何かあったのですか。

西垣さん:いろんな本を読み漁っていくうち、日本特有のガラパゴス的でどこか閉鎖的な感覚、日本社会の現代の諸問題と、アートがつながっている、と気づいたんです。日本における「現代アート」って受け取る人によって千差万別で、グローバルな視点・文脈でとらえられていないし、アートを知らなさすぎではないか——、と。

例えば、中国の山水画は、仕事の忙しい人間が抱く、隠居生活や自給自足の暮らしへの憧れを描いています。でも、僕が描く山水画の中の人物が釣り糸を垂らす先には、廃棄物の入ったドラム缶しかない。もうそこまで危険が迫っているのに、のんびり生活している、という皮肉を込めた姿です。

円相のシリーズも百鬼夜行のシリーズも、そのときどきに起きていること、自分が考えていることを反映しています。

作品を通して今の日本社会をどう風刺し、批評するか、がテーマになってはいますが、一方で絵を描いて問題提起するだけで、直接的な行動をしていない自分自身も、結局、無責任で、問題を先延ばしにしているのでは、という自己矛盾を抱えながら描いてもいます。

岩崎さん:なるほど……。この先、10年後、20年後に西垣さんの作品を見て、「あの頃の日本はこうだった」と考えたり、時間を置くことで見え方や感じ方が変わっていったりするのも、とても興味深いですね。

西垣さん:ありがとうございます。ちなみに今後の新たな展開として、金箔を使ったシリーズも考えています。100号サイズ(縦横1メートル以上)に洛中洛外図のようについ近寄って観たくなるような凝ったディテールで描きつつ、実はある大きなモチーフも描き込んでいるんですが、近づいて観ているとわからない。これって世の中のいろんな問題と同じだなぁ、と。

いくつもの「顔」が循環し、創作は続く

20223月のARTISTS’ FAIR KYOTO以降、数多く依頼されているコミッションワークが、新たなモチーフやテーマ、シリーズに出会うきっかけになり、停滞せずにいられる、と話す西垣さん。実は作家活動と並行して、母校の大学でデッサンの授業を受け持ち、作家仲間や個人の美術品輸送事業や、ホテル等のインテリアアートのデザイン事業も手がける実業家でもある。

西垣さん:僕は常に、「閉じた状態」であることに疑問がありました。「作家は作品制作のみで生きることがカッコよくて、副業・複業はしないほうがいい」という考えは現代にそぐわないし、みんなが共通言語として知っているほうがいいことは共有したい、とYoutubeチャンネルを始めたり。

今後は作家向けに、作品の保管と輸送がセットになった定額制のサブスクリプションサービスをやってみたいですね。スタジオに併設してみんなで費用を折半するって需要があると思っていて。作家は制作に集中できますし、新たな雇用も生まれますし。

岩崎さん:確かにそのサービスはいいですね! このスタジオでも西垣さんは座長的なポジションのようにお見受けしますが、西垣さんから見て、同じ京都で活動する今の20代の作家たちをどうお感じになっていますか。大学の後輩作家さんの作品を、個展会場への作品輸送もされてましたよね。

西垣さん:今の若手の子はとても幸せですよね。ここ数年で大学院を修了した後輩たちが作家としてやっていけているのは、プレゼンテーションや自己マネジメント、自己プロデュースなど、作家としてどういう風に社会で生きていくか、を考えさせるような教育に変わっていったことが大きいと思います。賛否ありましたが、卒業制作展をアートフェアにしたことや、作品を買う側やギャラリストの意見なども反映されたり、大学のなかでいろいろな出会いがあることも。

岩崎さん:徐々に海外の大学教育に似てきていますよね。自分が作家として、描くことだけに集中できるような状況にたどり着くために、いろんな方とつながったり知ってもらったり、自ら伝えられたりしなければ、作品を知ってもらうこともできないですからね。

最後に、これから美術作家の作品を購入してみようかなと、考えてる「Beyond」の読者へメッセージをいただけますか。

西垣さん:作品は、「好きだから買う」というシンプルな感覚で選んでいいと思います。もし自分が在廊しているときに足を運んでいただければ説明や質問にも答えますし、こうやって描いたのか、なるほどっていう発見もあるでしょう。喋ってみて、この作家はおもしろいな、っていう理由で選んでも良いのでは、と。ただし、その作品は「作家の歴史」でもあるので、大切にしてもらいたいですね。

それと、僕は絶対に絵をやめません。自分が絵を描き続けることが、作品を買ってくださった方々にとって最も嬉しいことだと思っているので、やめられないです。

執筆:Naomi

西垣肇也樹

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西垣肇也樹

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西垣肇也樹

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西垣肇也樹

サビ

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この国はまるで桃源郷のようです。生きる本質を虚勢され骨抜きにされてもなんとか生き長らえています。ここでは、私たちはまるでゴジラのように、キョロキョロと自分の役割を見つけようと徘徊しています。さて、ふと視線の先には尻尾が目につきました。これは一体、誰の尻尾なのでしょうか。

西垣肇也樹┃にしがき・はやき

1985年生まれ、兵庫県出身。 2012年、京都造形芸術大学大学院修士課程芸術研究科芸術表現専攻修了。2014年から京都の銭湯をアートのプラットフォームとする「京都銭湯芸術祭」を企画・運営。2015年に同年代の作家たちとともに「スタジオ・ハイデンバン」を開設。主な受賞歴に、「京都造形芸術大学終了制作展」大学院長賞(2012)、「第四回松蔭芸術賞受賞」(2016)、「2016京展」須田賞(2016)、「渋谷芸術祭2017」大賞(2017)など。近年の展示に 「ARTISTS’ FAIR KYOTO 2020」(2020)、 個展「Artist-in-Residence 賀茂なす vol.003 西垣 肇也樹」(2020)など。

HP:https://www.sumarepi.jp/art/
Instagram:@hayakinishigaki
YouTube:西垣肇也樹のコツコツチャンネル
facebook:西垣 肇也樹
開催予定の展覧会:
ARTISTS’ FAIR KYOTO 2023 サテライト展 ※タイトル未定
場所:下鴨茶寮/京都市左京区下鴨宮河町62
期間:2023年3月2日〜5日

※1 豊島美術館:豊島の北東部に位置する美術館。2010年10月開館。天井に大きな穴が開き、自然や周囲の環境と一体となるような建物は、SANNA 西沢立衛による設計。内部には美術家の内藤礼の作品 『母型(ぼけい)』のみが展示されている。

※2 瀬戸内国際芸術祭:「海の復権」をテーマに、瀬戸内海の12の島と2つの港を舞台に開催される現代アートの祭典。国内外の作家が参加して2010年から3年に1度行われており、2022年で5回目を数える。歴史と文化、美しい自然が残る瀬戸内の島々をフェリーなどで巡りながら、点在する現代アート作品や美術館を楽しめる。海外からの観光客にも人気が高い。

※3 洛中洛外図:京都市中(洛中)と郊外(洛外)の名所や旧跡、祇園祭などの年中行事や、街並み、人々の暮らしぶりを俯瞰して緻密に描いた風俗画。特に室町時代後期から江戸時代の初め頃にかけて数多く描かれた。中でも織田信長が上杉謙信に贈ったと伝えられる、狩野永徳筆の作品(上杉家本)は国宝に指定されている。


2020年創設。企業向けのアート事業に関するコンサルティングや、アートとコラボレーションしたブランディング、アートリテラシー向上に関するセミナー·ワークショップを主催。また、アーティストサポートやブランディングも手がける。現代アートを活用しながら、その価値創造機会を創出し、アート×マーケティング、アートシーンのネットワークづくり、アートコンシェルジュなど、アート文脈で多岐にわたる事業を展開。

URL:http://theart.co.jp/
MAIL:info@theart.co.jp

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株式会社THE ART代表取締役社長
岩崎かおり

愛媛県生まれ。アート鑑賞と旅行が趣味の両親のもとで育ち、幼少のころから国内外のアート鑑賞が習慣に。大学院修士課程ではモノづくりの経営学を学ぶ。海外のアートフェアやギャラリーに通い続け、世界のアート関係者とのつながりを通じ、日本と海外のアート市場の格差や、アートがもっと活性化する余地が大きい国であることを痛感。2018年、当時勤務していた大手国内銀行で、有志によるアートクラブを発足。翌2019年、大手国内銀行にてアート企画推進を立ち上げ、日本橋支店の店内に現代アート作品を展示する「アートブランチ」プロジェクトを企画・リリース。国内金融初の試みは、数多くのメディアでも取り上げられた。アートバーゼルで名和晃平氏のPixCell作品を購入して以来、アートコレクションの魅力を知り、アートコレクターとしての顔ももつ。自身の現在のコレクション作品数は約250点。
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