自らもアートコレクターであり、アートビジネスの起業家として国内外のアートフェアやギャラリーを巡って作家との対話を重ねる岩崎かおりさん。ここ数年欠かさず訪れているのが、『京都芸術大学卒業展/大学院修了展』だ。
「学生の作品」と侮るなかれ。現役学生アーティストとはいえ、在学中から毎年3月に京都市内で開催されるアーティスト主催のアートフェア「ARTISTS' FAIR KYOTO」に参加したり、各地で個展・グループ展を重ねるなど、すでに多くのファンがついている作家も多い。しかも、この『京都芸術大学卒業展/大学院修了展』では展示作品の購入が可能。のちに「キャリア初期の代表作」と言われるかもしれない作品を手に入れようと、全国からアートコレクターが集うほどだ。
今回は、「三者三様、それぞれの世界があって興味深く、今後が非常に楽しみな作家」として、以前から注目していた大学院美術工芸領域の修了生3名をピックアップ。3名とも、展示されていた200号(2.5m×1.6m以上)の作品が早々に完売するほどの注目株だ。
記憶と感情を揺さぶる繊細な筆致:山中雪乃
岩崎さん:山中さんは、昨年人物や静物画を拝見して印象に残っていました。「今」を感じる雰囲気を持った表現が魅力です。今回はご自身もモデルになっていて、景色のようななだらかな線でありながら、一方で内面に何かを抱え込んでいるような……。何だか少し考えさせられました。
山中さん:これまで他者(モデル)を撮影した写真をもとに描いていましたが、描くことを通して他者(モデル)を認識し、と同時に、描いている自分自身という存在にも関心が向いていきました。ここ半年ほどでさらに、自分で自分を認識したいと思うようになって自画像を描いてきたので、修了展でも自分を描きたいな、と。
岩崎さん:描き込んでいるところと、あえてそうじゃないところが混在しているのも、"今"っぽいです。
山中さん:"今"っぽい、何かを抱えているような印象、というのはもしかすると、SNS上のコミュニケーションでは、他人のことが見えづらいし実感しにくいという不安はあるけれど、そういうものだと受け入れざるを得ない……それでも不安が拭いきれないという葛藤が表れているのかもしれません。
岩崎さん:そうだったんですね。それはきっと、山中さんと同世代である20代の方々が、いま共通して抱えているもの、とも言えるかもしれませんね。作品の細部の話になりますが、絵具をたらしているところや余白は意図したものですか。
山中さん:意図したところと、偶然の両方です。絵の具の流れ方を描きながら決めていたりもしますが、この作品(写真・下)のおでこの部分は、最初に筆致をつけたままです。頭部などの余白は、「人間のようにも見えるけれど何だろう?」っていう表現にしたくて。作品を観た鑑賞者それぞれに考えてもらう余地を作りたい、と思って描いています。
岩崎さん:しっかりと描き込んでいるところと余白とのバランスに、そんな狙いがあったとは。今回の200号サイズ3枚の表現も、モデルを描いた作品も、絵画そのものと作家らしさがダイレクトに伝わってくるようで、力強さがほかの学生の方々の作品と違いました。単なる人物画や自画像ではない点も魅力的です。これからも人物画と自画像の両方を描いていく予定でしょうか。
山中さん:そうですね、でも、モチーフも筆致もどんどん変えていけたらとも考えています。それと、がらっと環境を変えてみたくて春からは東京で作家活動するために制作拠点を探しているところです。
岩崎さん:そうですか! 東京での拠点が見つかったら、ぜひ取材に伺わせてください。これからも期待しています。
山中雪乃(やまなか・ゆきの)
1999年、⻑野県生まれ。2021年、京都芸術大学美術工芸学科油画コース卒業。同年、京都芸術大学大学院美術工芸領域油画領域入学。制作過程で生じる物理~情報空間での視点移動により、描かれたイメージがモチーフの持つ質感と離れた瞬間の、そのものが持つ本来の姿を想像させる絵画を制作している。近年の展示には、個展「figure」 (京都、2022)、「attitude」(東京、2022)、アートフェア「ARTISTS FAIR KYOTO 2020」(京都、2020)、「ARTISTS FAIR KYOTO 2023」(京都、2023)、など。
Instagram:@yukino_yamanaka
文学と絵画の双方を探求し新たな表現へ:川村摩那
岩崎さん:まず作品として視覚的にいいな、と思ったのですが、その元となっているのが文学や物語だと伺って驚きました。ストーリーをアートにしている、というところが非常に面白いですね。
川村さん:ありがとうございます。私は作品一点一点ごとに、異なる文学作品や作中のシーンからインスパイアされて描いています。
数字や記号も含む「文字」と「絵」という、一見、異なるものを同列に扱う試みであり、直接的に文字を書いてはいますが、描いて消して描いて消してを繰り返すうちに抽象度が高くなり、輪郭だけが線のように残ったり、ひと筆が大きな面になったりしています。
岩崎さん:色の使い方も結構考えられていますね。
川村さん:はい。展示する際の点数や印象も考慮しながら描いていますし、一枚の絵の中でも色の関係性を考えますね。この作品、実は「écriture(筆跡)」って描いているんです。
岩崎さん:確かに……。近くでじっくり観ると、薄く残っていますね。
川村さん:これはフランスの哲学者、ロラン・バルトの著書『表徴の帝国』から着想を得ています。著者が日本滞在中に出会った歌舞伎や俳句、書、和食などを哲学的に考察し、例えば連歌のような、代弁やサンプリングといった日本文化の特徴を指摘しています。私の作品もまさにサンプリング文化の一つと言えるでしょう。
修了制作は、2~3日で1点描き上げるくらいのペースで集中して取り組みました。例えばこの作品(写真・下)は「それから」と「call」をひたすら描いて重ねています。「call」はプログラミング言語の指示コードで、その後ろに来る言葉のコマンドのような存在。「それから」も「call」も、後に続く言葉がないと意味をなさない、という意味から、描き重ねる表現にしました。
岩崎さん:なるほど、素晴らしい視点ですね。川村さんは大学院に進学する前に、早稲田大学文学部日本語日本文学コースを卒業し一般企業に就職されていたとか。どうして美術作家に?
川村さん:幼い頃から絵を描くことが純粋に好きでしたが、同時に小説や文学にも興味がありました。絵画についてもアカデミックに学びたい、かつ文学を織り交ぜて勉強したいと思い、大学院へ進学しました。
文章と絵画、それぞれにできることや個性があります。文章は「意味付けの連鎖」であり、書くにも読むにも相応の時間がかかりますが、一方で絵画はもっと直接的、かつ感覚的な表現なので挑戦してみたかったんです。
岩崎さん:文章も絵画も「表現」であることに変わりはないですし、素敵です。ご自分で文章が書けてロジカルに説明でき、その「伝える力」は、今後海外で活躍していけるかという視点でも非常に大切。本当に将来が楽しみですね。
川村さん:ありがとうございます。卒業後も京都を拠点に制作を続けていきたいと思っています。
川村摩那(かわむら・まな)
1995年兵庫県出身。京都芸術大学修士課程在学中。国内外の文学作品から引用してきたテキストを、絵具が流れ落ちて文字の輪郭だけが残るという現象で表現したアクリル絵具の作品と、『古事記』をもとにした日本神話に登場してくる神々や動物、近代文学作品に描かれるモチーフなどからインスパイアを受けて描いた油絵を制作している。「文字」と「絵」が隣り合って生まれる関係性のなかで、両者が横断しながら互いに意味を創出することに意識を向けている。
Instagram:@kawamura_drawing
マテリアルも表現も日々実験/木津本 麗
岩崎さん:昨年拝見したときの作風から変わりましたね! 木津本(きづもと)さんの作品だと気づかなかったくらい(笑)。幾何学模様のようでもあるし、秩序を持って置かれているようにも。フェルトを使う作家もあまりいないので面白いです。コラージュのようだし平面なのに立体的。
木津本さん:ありがとうございます。昨年は、ペースト状のアクリル絵具を使って表現を探求していました。ご覧いただいたのはこちらのような作品でしたよね。絵具をシール台紙の上に置き、切ったり破ったりしたかたちを画面に貼り付けた技法です。
木津本さん:その後、もう少し柔らかさがほしいと考え、さまざまな素材の中から、自分にとって身近だったフェルトを使用するようになりました。最初はたくさんの端切れを作ろうとフェルトを切っていましたが、そのパーツが床に散らばってできた光景に関心が向き、修了制作の構想に繋がっていきました。
偶然の光景に、作為を混在させ、さらに、「スマートフォンで撮影する」というレイヤーをはさみ、油絵具で描いています。
岩崎さん:そのプロセスが興味深いですし、撮った画像を一緒に展示してもいいかも。色使いもフェルトのカラフルな原色系から柔らかな色に変わっていますね。
木津本さん:はい。鑑賞者の癒しになるような作品であってほしい、と調整しました。私は制作するうえで、自分にとって身近な素材やモチーフから、別世界を表現したいという大きなテーマがあります。また、作品に描かれているシンプルな色とかたちから、鑑賞者それぞれに、自分にとっての身近な存在を想起してもらえたら、とも考えています。
子どもたちが公園の滑り台をお城や海賊船に見立てるように、自由にイメージや想像を繋げて遊ぶようなことを、作品を描いて追究し続けたいです。最近もフェルトの散らばりから、星の散らばりや宇宙・天体の法則へとイメージが繋がって、作品に盛り込めたら面白いかも、と考えていました。
岩崎さん:素敵ですね! 木津本さんご自身は、アート作品を楽しむコツやヒントって何だと思いますか。
木津本さん:そうですね、アートには、決まった唯一の正解みたいなものはないので、作品に対峙して感じたことをそのままに、自由に想像を広げて楽しんでみるのがいいのでは。
岩崎さん:なるほど。木津本さんの作品そのものがこの先どう発展していくのか楽しみです。今後は?
木津本さん:関西を拠点に作家活動を続けます。素材や絵具なども含めてどんな表現ができるか、日々手を動かして実験しながら制作していきたいですね。
木津本 麗(きづもと・れい)
1998年、滋賀県生まれ。2021年、京都市立芸術大学卒業。同年、修士課程美術工芸領域油画専攻に入学。色を塗ったり切ったりしたフェルトを置いていき、光を吸収したり反射したりするフェルトが色の危うさが潜む。素材、色、自分自身と対話しながら制作をしている。近年のグループ展に「biscuit gallery first anniversary exhibition『grid』」(東京、2022)、「京都市立芸術大学 作品展」(京都市立芸術大学、元崇仁小学校ほか、京都、2019)などがある。
Instagram:@rei2painting
執筆・撮影:Naomi