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一流の指導と一流の覚悟

何者でもない中学生たちが、全国制覇するのに必要なこと

author: 村瀬秀信date: 2022/08/22

―4回のウラ― おとなたちの物語

プロスポーツ界の最前線で戦うスポーツジムが作った中学野球チームは、はたして令和の“がんばれベアーズ”のような、ドラマティックな結末を迎えることはできるのだろうか? この物語はこれからどちらに転ぶともわからない、現在進行形で進んでいる完全ドキュメントな“野球の未来”にかかわるお話である。野球作家としてお馴染みの村瀬秀信氏が、表に見えるこどもたちのストーリーと、それを裏で支える大人たちの動きや考えを、それぞれ野球の表裏の攻撃守備ように交互に綴っていく。

心と身体が成長した
ブラックキャップスだが…

「長野の夏合宿で、田中健太郎監督の野球に対する考え、情熱を目の当たりにしたことは、私たちにとって大きな衝撃でした。選手たちは学童野球の延長線として野球を捉えていた選手がほとんどでしたが、新潟ボーイズ、上越ボーイズの選手のレベルの高さ、野球に対する意識の高さを肌で感じたこと。そして自分たちも、一日15時間を超える厳しい練習を乗り越えたことで、一回“野球選手としてのスイッチが入った”と言いますか、確実に意識が変わりましたね。

ただ、かくいう私も約8年間のオーストラリア生活で日本野球の心が薄れていたこともあるのでしょう。選手たち以上に、私の方が健太郎さんの指導にショックを受けていたように思います」

茅ヶ崎ブラックキャプスの監督・阪口泰佑が夏合宿を振り返る。わずか3泊4日の期間ながら、選手たちはかくも体力的、精神的に大きく成長するものかと、その伸びしろの可能性に改めて驚かされた。

それだけに合宿が終わった直後のSKポニー戦での惨敗が、選手個人であり、チームとしての力はまだまだであることを思い知らされるのと同時に大きな指針になった。特に声出しにおいて「必要な時に必要な声を出す」という意識を改めて徹底させたことは、この直後の秋季大会市原ポニーとの対戦で、那須監督に「中身の部分で半年の間にこれだけ成長したチームを見たことが無い」と驚かせたことへと繋がっていく。

「チームとしての2021年度のゴールは『心と身体作り』でした。秋以降は技術の面では、特に守備面の強化。投手が打ち取った打球を当たり前に捌けるようになるために、基本のゴロ捕球から見直して、メインは選手たちの心と身体をどう作るかでした」

成長期の中学生における1年生と3年生の体格の違いは、大人と子供ほどの違いと言っていいほどの差がある。本格的な成長期をこれからに控えている子供らが大半だったブラックキャップスの選手たちは、この半年間、まずはトレーニングをするためのトレーニング、身体を作るための素地を作っていた。

意識も練習も何もかも
変えていかなければいけない

その準備がある程度整ったのが秋。ブラックキャップスの母体がトレーニングジムの「デポルターレクラブ」であり、代表の竹下、監督の阪口も身体をつくることに関してはプロフェッショナル。つまり最も得意な専門分野である、選手たちの本格的な身体づくりに対してのトレーニングが開始する。

「半年の準備期間を終えて、秋からは本格的に心と身体を作っていく段階に入っていきました。筋トレでアスリートの身体を作っていくストレングスやコンディショニングを整えていくことは僕らが専門でやっている分野ですが、野球にはいろんな動作や考え方が複合的に求められるスポーツです。それらの各分野におけるプロフェッショナルな人たちの指導を採り入れるようにしました。これが大きかったですね」

阪口監督がポイントに上げている各コーチ陣の参加。スプリントのマロン、メンタルの深井、野球の考え方を教える日野、投手の佐藤と捕手の渡邊。各現場の第一線で指導をしてきた彼らからはブラックキャップスの選手たちはどう見えたのだろうか。

スプリントのマロンコーチは、月に一度ほどの間隔で選手たちに走り方を指導していくなかで選手たちとも仲良くなり、いまではとても楽しく指導できているという。

「ブラックキャップスの子たちは素直だけど、消極的な子が多いという印象でしたね。元々足の速い子はいたけど、ほとんどの選手は上体が逸れ胸が潰れて下を見ながら頑張って足を蹴って走っていたような印象です。ホラ、野球の走りって陸上より短いので、加速が命なんですよ。最初の5歩をどれだけ早くいけるか。そのために“自分のパワーポジション”をどれだけ理解できるかが重要なんですが、ぼくが練習に来て指導するたびに、みんなどんどん上達して、タイムも上がってきてね。

今はチーム全員が50mを6秒台で走ることを目標にしていますけど、ただ、彼ら自身、具体的にどうなりたいかってビジョンはあんまりなくて、勝っても負けても、とりあえず野球を楽しんでいる野球好きな子ども……みたいな感じですかね」

コーチングはメンタル面から、バッテリーの細かな指導までに及び選手たちの成長に大きく貢献したのだが、チームにとって最も大きかったのは2022年の1月から、竹下の母校の後輩である日野幹雄に週に1度だけコーチをしてもらうようになったことだろう。その指導は、野球という競技の通り一辺倒な指導ではなく、より奥の深い指導を期待してのものだった。

日野は、自らが高校・大学でプレーしてきただけでなく、今も社会人野球の強豪チームの会社に勤めながら、週末に高校の外部コーチを務め、多くの強豪と呼ばれる中学・高校・大学・社会人のチームと選手をつぶさに観察しては、自らの学びとしてきた。いわゆる野球人である。その日野が、代表の竹下に呼ばれてブラックキャップスを見たとき、いくら先輩のチームでも、野球にウソはつけないと、率直な感想を打ち明けたという。

「正直ぬるいと感じました。あの竹下さんが『3年で全国制覇をする』と言っているので、最初はどんなチームなのかと期待してきましたけど……この状態では全国なんて不可能です。何が違うって、強豪のシニアやボーイズの選手とは野球に対する思いがまるで違う。全然、足りないですよ。彼らが少しぐらいやる気になったからといって、全国で戦うような選手は元の素質がある上に更なる努力を重ねていますからね。

本当に全国優勝をする気があるんだったら、今とは意識も練習も何もかも変えていかなければいけない。このチームがいくら専門分野における最高のスタッフをコーチに招いて、質の高い教えをしていたとしても、それを受け取り、やるのは彼らなんです。どれだけの選手がそれをわかっているのか。今の段階では試合に負けても、ただ負け続けているだけにしか見えません。

ただでさえ、彼らには先輩も後輩もいない。つまり見て育つことも見られて育つこともない難しい状況にいます。そんな中で、選手たちに敗戦から何を感じさせ、どう日々の努力に向かわせていけるのか。それを大人たちがどうやって気づかせてあげられるかなんだと思います」

全国制覇はまだまだ遠い
スタートラインに立っただけ

最新器具を使った筋力トレーニングをトップアスリートがするのと、まったく運動に興味のない子供がやるのでは、得られる効果が全然違うように、トレーニング界において最新の指導メソッドを揃え、最高峰のコーチ陣を招いたとしても、受け手側の意識がただの中学生のまま変わらなければ、それは猫に小判、豚に真珠、黒烏帽子に一流コーチとなってしまう。

ゼロコンマ1秒を短縮させるために鎬を削り合うプロ野球選手や、強豪チームに進んだエリート中学生の選手が共通して持っているものは、野球への“意識の高さ”。言い換えるならば“覚悟”なのかもしれない。

例えば、同じ「素振り100回を毎日やる」という行為にしても、強豪校の選手は自らの課題とビジョンを持ってバットが振れることに対し、ブラックキャップスの選手はやっと「100回をこなす」という最低限のミッションができるようになったばかりなのだ。

何者でもない野球が好きな中学生が、夏合宿を経て、意識の部分でようやく萌芽した野球への覚悟を、この先どこまで育てることができるのか。そして、本当の意味で中学生の選手たちをやる気にさせるコーチングとは。

ブラックキャップスの行く道のりにはまだまだ課題が山積されていた。

【五回の表/こどもたちの物語へ続く】

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作家・ライター
村瀬秀信

1975年神奈川県茅ケ崎市出身、旅と野球と飲食のライター。著書に「止めたバットでツーベース 村瀬秀信野球短編集」(双葉社)「4522敗の記憶~ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」(双葉社)「気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている」シリーズ(講談社)など。文春野球の初代コミッショナーであり株式会社OfficeTi+の代表。
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