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王者への挑戦を経て改めて考える

夢の実現と、大会で実力を発揮させるためにできることとは?

author: 村瀬秀信date: 2024/05/19

プロスポーツ界の最前線で戦うスポーツジムが作った中学野球チームは、はたして令和の“がんばれベアーズ”のような、ドラマティックな結末を迎えることはできるのだろうか? この物語はこれからどちらに転ぶともわからない、現在進行形で進んでいる完全ドキュメントな“野球の未来”にかかわるお話である。野球作家としてお馴染みの村瀬秀信氏が、表に見えるこどもたちのストーリーと、それを裏で支える大人たちの動きや考えを、それぞれ野球の表裏の攻撃守備ように交互に綴っていく。

〜 7回の裏 おとなたちの物語 〜

湘南クラブにあってブラックキャップスにないもの

「やはり湘南クラブさんは強かったです。特に感じたのは1球に対する集中力ですね。チャンスはうちも作りましたが、ここで一本が出ずに攻めきれない。一方の湘南クラブさんは『ここで点を取る』と決めたら確実にものにする。やるべきことの意思統一ができているんでしょうね。ランナーが出たら、確実に進めて点を積み重ねていく。特に4回は集中的にやられました。1球に対する執念。やはり100人いる中のスタメンで選ばれてきた選手とはこういうものなのか……とも感じました」

監督の阪口は悔しさを隠そうともせずに試合を分析する。

茅ヶ崎ブラックキャップスが創部以来のビジョンとしてきた“ジャイアントキリングを起こす”という指針は、このご近所さんながら全国レベルの名門『湘南クラブを倒すこと』に言い換えられると言ってもよかった。

ベイスターズカップは概要だけ見れば神奈川のナンバーワンを決める県大会の位置づけであるが、この試合はブラックキャップスにとっては創部以来のチームの達成度を測る上でも大きな挑戦。こどもたちにとっても、おとなたちにとっても、大きすぎる意味を持っていた。

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得意の打ち合いに持ち込めればワンチャンある!?

「1年前の予選では全敗で敗退。去年の夏の時点でも全国レベルの強豪チームにこてんぱんにやられてきたりと、力の差を見せつけられてきました。でも、思い切って下の学年を取らなかった効果もあるのでしょう。秋から冬を越えてベイスターズカップ出場、秋季大会ベスト16と結果がついてくると共に、選手たちは劇的な成長を見せてくれました。

これまでは攻守ともに3番ショート、ケンタロウ頼みのチームだったけど、ほかの選手が成長を見せていく中で、ケンタロウ自身もプレーで引っ張ってくれたし、チームとしての成熟度を高めていくことができましたね。

だからベイスターズカップの抽選会ではキズナに『湘南クラブを引き当ててこい』と言ってありました。まさか本当に引いて来るとはですよね。おまけに選手宣誓までついてきて、最高のキャプテンですよ(笑)。どうせやるなら疲労がなくベストの状態で戦える初戦で当たりたかったですからね。一番最初にチャンピオンチームを当たれたっていうのは、チームとしてすごく持ってるなっていう感覚はありました」

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湘南クラブとの試合が決まって以来、目標がより明確になったからなのか、俄かにチームは活気づいた。試合は3月の19日が1回戦。これに勝てば4月29日に準決勝と決勝。『大真面目に優勝する。大番狂わせを起こしてやろうぜ』と、指導者も子どもたちも一丸となり、勝つための準備をしてきた。

「僕のイメージでは7:3で分が悪かった。チームとして力の差はありますが、うちのストロングポイントである打ち合いに持ち込めればワンチャンある。そのためには、ちゃんと目付けをして強く振り切ること。細かい守備の技術に関しては、まだまだ稚拙な部分がたくさんありました。ある程度のエラーは許容して、できるアウトは確実に獲るために、基本の部分を重点的に。あとはもう全部ショートのケンタロウに飛んでくれることを祈るのみ(笑)。でも、一番の問題は相手ではなくて自分たち。いつもの力を出し切ることさえ出来ればいい試合はできるだろうと思っていました」

ベイスターズカップを優勝する綿密なイメトレを敢行

憧れの大舞台。相手は全国レベルの名門で、見知ったエリート選手たちもいる。おそらくなめられているだろう。悔しい。負けたくない。一矢報いたい。

考えれば考えるほど、力む要素しかない試合である。ブラックキャップスの子どもたちが普段の力を出すために、重点的に行ったのがイメージトレーニングだ。湘南クラブとの対戦が決まったその日。代表の竹下が子どもたちに円陣を組ませ1時間半におよぶミーティングを行ったという。

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「一番意識づけをしたのは、『想像しないことは現実には起こらない』ということ。毎日イメージを持たせる練習をみんなでやりました。ただ目を瞑るだけじゃないですよ。行動の志向性みたいなところからより具体的に。感覚的な部分、肌質やにおいがわかるぐらいまで“自分たちがベイスターズカップを優勝する”ということをイメージすること。

一方で相手の対策はあえてしませんでした。相手の分析をやりすぎると、こちらで過剰に大きくしすぎてしまうことがありました。イメージの力というのはそれぐらい大事なこと。相手よりも、自分たちの成功する姿を明確にイメージする。そのことを一番に優先しましたね」

その方針が奏功したのか、この横浜スタジアムの大舞台に立ち、相手スタンドからの大声援を受けても、選手たちは浮き足立たず、いつも通り明るさを失わず、まったく臆せずにプレーすることができたという。

「あとこの日の何が良かったって、やっぱりキズナの選手宣誓ですよ。僕もいろんな開会式を見てきましたけど、一番じゃないですか? 物怖じせず、堂々と立派な姿でね。最高でしたよ。キズナは、レギュラーでは出られていなくても、あいつがこのチームにいないとはじまらないと断言できるほどのキャプテンになってくれました。個性が強いメンバーです。それでもあいつのひとことで選手はまとまるし、いないと三々五々になってしまう。僕らですら『キズナはどこへ行った』となってしまう、チームにおける絶対的な精神的支柱。全幅の信頼を寄せていますし、本当に最高のキャプテンになってくれました」

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ベンチのキャプテン。それは試合に出たい選手としての“個”を殺してでも、チームのために何ができるかを考えなければならない難しいポジションだ。キズナはレギュラーから降格を言い渡されても、決して練習で手を抜かず、キャプテンとして何ができるかを考え、自分の役割というものを全うしてきた。そんな姿が選手たちひとりひとりから信頼を勝ち得てきたのだろう。

ベンチのキャプテン・キズナの存在がチームを一丸に

こんなことがあった。2年生の春。大会でボロボロに負けた後、キズナが選手ひとりひとりの長所とチームにおける役割を記したものを、パワーポイントでまとめて、それぞれに配ったことがあったという。

「(深井)リクトはガッツある守備と器用さがある。小技でチャンスを広げる」「ユウトは守備時の声掛けと足が速いから、代走で出たら流れを持ってくる」「テッペイはバットのコンタクトが上手いから、ランナーが出たらつなぐ意識でバントやエンドランを確実に決める」「キシは足と肩、長打力が長所、ランナーがいれば一打で返す」「コタロウの長所はスイングスピードと、声を出してチームを盛り上げられること。代打で出たら流れを持ってくる」などなど、それぞれに宛てられたメモにより、選手たちはより明確に自分の役割というものを意識しだしたそうだ。

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「キズナには驚かされっぱなしでした。当初から『日本一のキャプテンになりなさい』とずっと言われてきたし、キャッチャーというポジションもあったので、誰よりも怒られてきたと思うんです。一時はレギュラーを外されて落ちた時期もあったり、時間こそ掛かったかもしれませんが、こういうことが自然にできてしまう。どこに出しても恥ずかしくないキャプテンに成長してくれたと思っています」

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キャッチャーのポジションには、下級生の4番打者。コウがこの日も入っていた。チームが始まって以来、「盗塁を刺せないキャッチャー」がずっと弱点だと言われ続け、キズナ自身も思うことはあっただろう。試合に出られずに辞めていった選手だっている。だが、キズナは腐らなかった。

県下でも有数の実力者であるコウが入団したことで盗塁は刺せるようになったし、打線も厚みが増すなどチームとして飛躍的に戦力が上がったことは間違いない。だが、それでもチームの心臓の部分を動かし続けていたのは、この試合でもベンチから声を出し続けていたキズナの存在であった。

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王者との経験の差を実感した貴重な敗戦

強豪を相手にプレイボールから序盤、互角に勝負が出来ていたことも、空気に飲まれず、チームとして臆せず一丸でぶつかれたことが大きかったと阪口は振り返る。

コントロールの良さから試合を作れることでこの大一番で先発に抜擢されたハジメは、想定通り安定した投球で3回までを2安打1失点で抑えた。

崩れたのは4回。連打とユウギに代わってからのボークで流れは大きく傾き、この回3失点で勝負は決してしまったが、点差以上に善戦をした印象だ。

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「結局、終わってみれば流れを止めることができませんでしたね。あのボークの微妙な判定がなければ試合はわからなかった……と仰ってはいただきますが、あれがなくとも負けてはいたでしょう。流れをやってしまったと言うなら、その前の3回にサードライナーをオノマがポロっとやってしまったところから打順の巡りが代わり先制点を取られたりと、自分たちの細かいミスで流れを手放してもいますからね。そういうところをきっちりきっちりやっていかないと、やっぱり勝たしてはくれませんよね。

打線は湘南クラブのピッチャー相手にも決して振り負けていなかったり、このままブラさずにいける箇所もたくさんあった。

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でも、やっぱり課題ばかりですね。特にチームとしての経験値のなさ。僕自身、関係ないと思っていましたが、今回初めて経験の差を実感しました。チャンピオンチームにはそれだけの力があって、新興勢力もそれなりの力があって、ぶつかり合いの末敗れた。本当に……学ぶことが多い試合でしたね」

すべてを懸けて挑んだ大勝負に敗れた。ジャイアンツカップの予選にも敗れ、どこか気が抜けてしまいそうな日々を、それでも気持ちと身体を奮い立たせながら過ごしていた。最後の夏の全国大会まであとわずか。メンバーは口に出さずとも、各々が課題に取り組んでいる姿があった。

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残された時間は少ないが全国制覇は見えてきた!?

身体も細くて、気持ちも弱かった彼らが、この2年半の間に、たいした選手たちになってくれた。一度成長の後押しをしてやれば、中学生の成長はスポンジのようだ。与えた課題を次から次へクリアして、もっともっとと欲してくる。

そんな成長に目を細めていた監督の阪口は、ある日の練習の帰り道。代表の竹下の車に同乗したことがあった。

「3年生になって、本当にいいチームになってきましたよね」

阪口が感慨を込めてつぶやくと、こんな言葉を続けた。

「だけど、僕はひとつができると、満足しちゃいけないって、もう一つ、もう一つとなってしまうんです。2年半前は、僕一人が先走っていたところがありましたけど、最近では選手たちも“そういう顔”をしはじめてきましたよね」

「それを何ていうのか知っているか?」

首を振る阪口に、竹下がうれしそうに言葉を返す。

「それが“存在するなら進化しろ”ってことだよ」

ああ、なるほどな。この時、阪口は監督になってはじめて、このチームが最初に掲げたミッションを理解した。

最後の夏まで残された時間は少ない。それでも、茅ヶ崎ブラックキャップスは2年半の道のりを経て、チームとして完成の域へとたどり着いた。

茅ヶ崎ブラックキャップスの全国制覇への道はそれほど遠い話ではない。

~延長戦・エピローグへ続く~

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作家・ライター
村瀬秀信

1975年神奈川県茅ケ崎市出身、旅と野球と飲食のライター。著書に「止めたバットでツーベース 村瀬秀信野球短編集」(双葉社)「4522敗の記憶~ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」(双葉社)「気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている」シリーズ(講談社)など。文春野球の初代コミッショナーであり株式会社OfficeTi+の代表。
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