プロスポーツ界の最前線で戦うスポーツジムが作った中学野球チームは、はたして令和の“がんばれベアーズ”のような、ドラマティックな結末を迎えることはできるのだろうか? この物語はこれからどちらに転ぶともわからない、現在進行形で進んでいる完全ドキュメントな“野球の未来”にかかわるお話である。野球作家としてお馴染みの村瀬秀信氏が、表に見えるこどもたちのストーリーと、それを裏で支える大人たちの動きや考えを、それぞれ野球の表裏の攻撃守備ように交互に綴っていく。
~7回の表 子どもたちの物語~
宿敵を破りベイスターズカップ出場を決める
晴れわたる春の空に、緑の人工芝が映えていた。神奈川野球の聖地、横浜スタジアム。
2023年3月。僕らが中学3年生に上がるこの春休みに、茅ヶ崎ブラックキャプスは、創立以来はじめてベイスターズカップの本戦に出場する。
「ベイスターズカップ」とは神奈川県の中学硬式野球4団体(リトルシニア・ボーイズ・ポニー・ヤング)の代表8チームが、トーナメント方式で頂点を決める神奈川ナンバーワン決定戦だ。
1年生の秋の予選で全敗して以来、この“ベイスターズカップ出場”を最初の目標にしていた僕たちは、前年12月の予選で10年連続ポニー代表を勝ち取っていた旭峰ポニーを破り、創部2年目にして初めての出場を決めたのだ。
僕たちには力がある、見違えるほど成長したと言われても、目に見える形で結果が出てこなかったなかで、この代表決定戦がはじめて“目標”という壁を突き破った瞬間だったのかもしれない。
最高のジャイアントキリング案件を引き当てた
2年生の冬を越えて、僕らは確実に成長を感じていた。
2月から行われた関東連盟春季大会では、前回大会の王者であり、過去にジャイアンツカップ3位にもなった強豪「江東ライオンズ」に敗れはしたが、延長戦の激闘の末7対8とサヨナラスクイズで負けるギリギリのところまで追いつめた。
外から見れば負けて当然の試合。新聞でも“3年目のチームが王者と善戦”と褒め称えられていたが、僕らには悔しさしか残らなかった。なぜなら、本気で勝てると思ったからだ。今までとは違う感覚を持てるようになったのも、これまで勝ち切れなかった試合にも、目に見えて勝てるようになってきたからに他ならない。
新戦力としてセカンドにピッチャーもできるハジメ、キャッチャーにコウが入ったことで、センターラインが決まったこと。あとは、エースだ。ユウギがこの冬を越えて、完全にエースになった。球速もいつの間にか130キロに届くところまできていたが、それよりも下半身をはじめ身体ができてきたことで、フォームも固まり、コントロールが抜群に安定しはじめた。新聞や専門誌に取材されることも増えてきたし、強豪チームのエースと見比べても遜色しない本格派のピッチャーになりつつあった。
そして個々の成長だ。成長期まっさかりに加え、連日の食トレを含む効果的な筋力トレーニングで身体が大きくなった。いつの間にかチーム平均の身長体重は、甲子園に出場した高校の平均を超えるまでになっていたことに驚いた。
そう。やっと僕らは挑戦権を手に入れたのだ。
このベイスターズカップで、全国レベルの強豪を倒すこと。
それこそつまり、創部以来の合言葉としてきた「ジャイアントキリングを起こす」こと。
抽選の日。
さすがは俺たちのキャプテン、キズナである。
この晴れの舞台で、いきなり地域最強のクラブチーム「湘南クラブ」との対戦を引き当ててきたのだ。「狙って獲ってきた」というキズナ。しかも、開会式での選手宣誓つきという、最高のジャイアントキリング案件。あまりにもかっこよすぎる。
超強豪の「湘南クラブ」戦に気持ちが滾る
全国優勝5回。プロ野球選手ほか、多くの名選手を輩出する文武両道の名門「湘南クラブ」。
地理的には目と鼻の先にありながら、チームとしての格は遥か遠くの存在だ。タカシの兄貴や、一緒に野球をやっていた小学校の同級生もそうだったように、近隣の上手い選手は湘クラに進むのが王道だ。
部員も100名以上が所属していて、小学校の時から知っている同じ中学に通うとんでもなく野球の上手い同級生も、ブラックキャップスの見学に一度は来たけど結局湘南クラブに入団。今は中心選手として活躍しているらしい。
まぁ、そりゃそうだ。僕らだってそれだけの力があれば湘南クラブで野球をやりたかったと思うに違いない。高校、プロと上を目指すなら、あの時のへたっぴいな僕らと一緒にやるなんて選択肢はないのもわかる。でもなんだろう。これまであいつらと学校で会っても、同じ目線で野球の話ができていない悔しい感じ。
最高学年となった僕たちは、負け続けてはきたけど、1年生の時から最前線での試合を経験してきたのだ。2年半前「僕らはヘタクソだから」と諦めかけていた野球で、自分たちの全力を掛けた本気の挑戦ができるのだ。
こんなに気持ちが滾る試合はこれまでもなかった。なにがなんでも番狂わせを起こす。ついに僕たちの晴れ舞台がやってきたのだ。
3月の横浜スタジアムは快晴だった。
「勝っても負けても今日と明日で終わる。一生に一回だろ。おまえらとこういう場所に来られるのも」
開会式の前、阪口監督がみんなをグラウンドに降ろして円陣を組み、記念撮影をやろうと言い出した。円陣の真ん中に携帯を置いて、大試合の前に記念の一枚。うちの監督は考えがぶっとんでいる。
続く8時からの開会式で、キズナが貫禄の選手宣誓をぶちかましてきた我らがブラックキャップス。勢いだけはある。どうしてか負ける気がまったくしない。
「創部2年目の新興勢力が大会に新風を巻き起こす」
そんな謳い文句と共に、煽りVTRが球場全体に流れる。さすがベイスターズの本拠地は演出もプロ並みだ。
見上げた1塁側のスタンドにはいつもより多くの人たちが詰めかけている。なんて頼もしいのだろう。いやでも3塁側の湘南クラブ側には、それ以上に多くの応援団、父兄や関係者だけでなくベンチに入れなかった選手たちが大きな声を張り上げていた。
ああ。これがベイスターズカップ。
<スターティングメンバー>
1番 ライト ワッチョ
2番 センター ガク
3番 ショート ケンタロウ
4番 キャッチャー コウ
5番 ピッチャー ハジメ
6番 ファースト タカシ
7番 レフト キシ
8番 セカンド オノマ
9番 サード リクト
この大舞台の先発にはハジメが指名された。
「いけるところまで全力でいけ」そう言って送り出した阪口監督は、3点取られるまではハジメでいって、あとはユウギとガクで継投する予定だったらしい。
11時45分。試合開始のサイレンが鳴る。
1回のオモテ。先頭バッターのワッチョがいきなりいい当たりのセカンドライナー、2番のガクが内野安打とエラーで二塁まで進んだが、頼みのケンタロウとコウが倒れてしまい無得点。
1回の裏。先発のハジメは、はじめてのハマスタで、マウンドからキャッチャーと、バックネットまでの感覚が掴みづらかったというのに、それでもスライダーを駆使しながら三者凡退に抑えるさすがの投球だった。
2回はピンチを迎えるもなんとかしのいで両チームとも無得点。
『俺たちは湘南クラブとも互角に戦えている』。そんな実感がわいてきた3回の裏。湘南クラブの小柄な先頭バッターにフルスイングでライトの頭上を越えて行かれると、あっという間に三塁へと到達。ファーストゴロの間に先制点を奪われてしまった。
しかし、4回オモテ。ブラックキャップスも負けていない。
先頭のガクがレフト前ヒットで2打席連続出塁。大事にしたい先頭のランナーだが、二塁を伺っていると無慈悲な牽制でタッチアウトになってしまう。
だが、これで下を向かないのがこれまでの成果だ。もういちどチャンスを作るべく、3番ケンタロウがライト前に上手く運んで出塁すると、5番ハジメの打球はレフト上空へ大きく舞い上がった。
「正直、入ったと思いました」
ハジメの思い、ハマスタでスタンドイン。その夢の到達までほんの数センチだった。レフトのフェンス直撃となった打球は当たりが良すぎてシングルヒット止まり。しかしセカンドランナーのケンタロウが帰ってきて、すぐに同点に追いついたのだ。
試合のペースはむしろブラックキャップスが握っていた。
これはもしかしたら本当にジャイアントキリングが起こるんじゃないか。湘南クラブに勝てるのではないか。
確かにそう思えたのだ。そんなことが心のスキになってしまったのだろうか。4回の裏。1死からサード強襲のヒット。すぐに二塁を盗まれると、8番打者にセンターオーバーのスリーベースを浴び、パスボールで瞬く間もなくリミットの3点に到達。
ここでユウギがマウンドへ登場してきた。流れをかえてほしい。そんな願いのなか、ユウギはいきなりフォアボールを出してしまうが、あっという間にランナーを牽制で刺し返した。
「やった! これで流れを取り戻せる」
そう思った瞬間、審判が大きく手を振った。
ええ。完全に決まったと思った牽制は、無慈悲にもボークの判定をもらってしまった。これによりいなくなったはずのランナーが二塁へ進んでしまった。
ちょっと待ってくれよ……僕らは口にこそ出さなかったが、明らかにそんな不満を持ってしまった。ユウギはこれで動揺してしまったのだろうか、再びセンターオーバー、レフト前と連打を浴びてしまい、さらにはまた一塁ランナーの牽制で2度目のボーク判定をもらってしまう。後続を打ち取ったものの、この4回に4失点となり、勝負の大勢は決まってしまった。
結果を見れば7対1のワンサイド
悔しい。やはり湘南クラブは強かったし、ジャイアントキリングは簡単ではなかった。だけど……あの時のボークさえなければ、流れは持っていかれなかったんじゃないか。
「おまえら、判定は関係ないぞ。何で負けたのかわかるか?」
僕らの心を見透かしたように阪口監督がいう。
僕らは負けた。試合中に感じた「互角に戦える」という肌感覚をチームの誰もが感じていた。それでも負けてしまった。少なくとも、こんなに点差を離されるほど実力の違いが明確な試合じゃない。そのことを証明したいという、どうしようもなく悔しい想いが湧いて来る。
答えはどこにあるのだろうか。もう、僕らには最後の夏しか残されていない。これが本当の全国制覇へのラストチャンスだ。
最後の夏がはじまる。
~7回裏 おとなたちの物語へ続く~