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学生野球における“監督”の影響力は絶大

全国制覇を目指す! 中学生を指導する監督に求められる資質は?

author: 村瀬秀信date: 2023/09/30

プロスポーツ界の最前線で戦うスポーツジムが作った中学野球チームは、はたして令和の“がんばれベアーズ”のような、ドラマティックな結末を迎えることはできるのだろうか? この物語はこれからどちらに転ぶともわからない、現在進行形で進んでいる完全ドキュメントな“野球の未来”にかかわるお話である。野球作家としてお馴染みの村瀬秀信氏が、表に見えるこどもたちのストーリーと、それを裏で支える大人たちの動きや考えを、それぞれ野球の表裏の攻撃守備ように交互に綴っていく。

〜 六回の裏 大人たちの物語 〜

ブラックキャップスの監督阪口泰佑とは?

「正直、自信を失いかけていました。春にSKとやって26対0、7月の長野遠征で静岡裾野と27対0。あれ、俺たち全国制覇するんだよな? これで本当にできるのだろうかって……僕自身が落ち込んでしまった部分がありますね」

 

 茅ヶ崎ブラックキャップスの監督、阪口泰佑はワカゾーである。

この当時28歳。監督になって約1年。大垣日大の名将・阪口監督とは同じ苗字ではあるが関係はまるでない、指導歴がブラックキャップス創設と同じというホヤホヤのルーキー監督だ。普段はデポルターレクラブでパーソナルトレーナーをしていて、週末は千葉の家から、軽トラで茅ヶ崎のグラウンドまで通っている。

学生野球における“監督”の影響力は絶大である。それがすべてと断言する人も少なくない。大人の階段を登り始めたばかりの中学生という青い季節に出会う監督の存在は、野球技術の習得だけでなく、その人物の人間形成においても大きな役割を担うとされている。

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ブラックキャップスが対戦するクラブチームの監督を見ても、素晴らしい人材が中学野球のカテゴリに集まってきているのがわかる。SKポニーの横井人輝監督は、東海大菅生高校、東海大学で監督を務め、全日本の監督も経験し巨人の菅野智之投手らを育てるなどアマチュア野球の真髄を極めた名監督だ。本庄ボーイズの菅原和彦監督は社会人の東芝で活躍し、指導者としても昨年のU-15日本代表のコーチを務めている。新設されたみなとみらいポニーの古木克明監督は言わずと知れた元横浜ベイスターズのみなぎる大砲だったりと、対戦する監督たちはおそらく全員、選手としての実績や指導者としての経験において、阪口が彼らに勝てる要素は持っていない。

監督だけでなく選手の兄貴分としての存在

代表の竹下は、“全国制覇”を掲げるブラックキャップスの誕生に際し、どんな勝算があって、この阪口を監督に抜擢したのだろうか。

「元々がうちの会社にいたパーソナルトレーナーということもありますが、彼の経歴は少し面白くて、高校は山口県にある宇部フロンティア大学付属香川高校の1期生。強豪校からのスカウトを蹴って、これから野球部を立ち上げる新設校にあえて進み、初代キャプテンとして野球部の基礎を作ってきているんですね。さらに卒業後はオーストラリアの独立リーグに渡り約8年間、現地の野球に揉まれています。年齢も子どもたちと近く、昨年まで現役としてプレーしていたのでグラウンドで生きた見本にもなれるし、新しいチームを作るには日本野球の固定観念に縛られない自由な発想と、苛烈な競争原理の中で生きてきた阪口は監督としても面白い可能性を秘めていると判断しました」

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阪口の最大の武器は若さだ。グラウンドで明るく、大声を出しながら、選手たちと一緒になって汗を流せること。時に真剣に怒ることもあるが、グラウンドの外に一歩出れば、選手たちとふざけ合い、親にも言えない青春の悩み相談に乗ってあげたりと、監督だけでなく選手の兄貴分としての面白い立ち位置にいる。

足りてない威厳や経験は代表が補う

もちろん、若さ故の足りていない部分もある。選手たちが接しやすい分、監督としての威厳はどうしても軽い、保護者から見ると頼りなく見えてしまうこともあるし、とにかく必死に目の前のことにぶち当たって行く分、周囲の細かいことにはまだまだ目が届いていないという意見もある。

阪口が足りていない部分、主に威厳や社会人としての経験や、保護者に対するケアのようなものは、代表の竹下が補うことでバランスは取れているのではあるが、やはりグラウンドの最前線で子どもたちと接する“監督”という立場となった阪口の重責は大きかった。

「指導者として僕が持っている武器が少ないことはわかっています。現時点で指導のベースは高校時代の恩師、村永監督の教えが基本。村永監督は手取り足取り教える指導はしないんです。常に『何をやるべきか自分で考えなさい』という教えで、僕自身はそれですごく成長させてもらった経験があるので、選手たちにも同じスタンスで通用すると思っていたんですけど、実際にフタを開けてみれば上手くいかないことも多くて……。そのスタイルがハマる選手がいる一方で、それだけでは伸ばしてあげられない子がいることも感じました。監督としては力不足ですよね。自分ができること。一緒にプレーして見えてくるものを大事にしていたんですけど、やっぱり自分の中から湧き出てくるアイデアには限界がある。それ以上のことはもう素直に指導者としての先を行く人たちのアドバイスを聞いて、よさそうなものを試していくしかないと思うんです」

今の世の中にはYoutubeや勉強会など、指導のメソッドが溢れている。この2年の間、阪口はありとあらゆる情報に目を通し、中学野球の先人や、プロ野球で実績を積んだ選手たちに会う機会があれば考えを伺い、がむしゃらにそれらを吸収しようともがき続けていた。

やがて最初はどうにもならなかった選手たちも、共に切磋琢磨していくうちに成長という形で応えてくれるようになり、阪口自身も徐々に自信のようなものができかけていたところだった。

そんな時に全国レベルの強豪にぐぅの音も出ないほどに叩きのめされた。この結果は、これまで明るさを失わず、子どもたちと一緒にがむしゃらに前に進んできた阪口の自信と推進力を奪い掛けた。

名門厚木シニアの石黒滉二監督はどう見る?

残り時間は1年しかない。阪口はこれまで以上に指導者として何が必要なのか多くの先達たちにアドバイスを求めた。

なかでも頻繁に話を聞いたのが、厚木シニアの石黒滉二監督だ。練習場所もなく、有名選手も入ってこない無名の橘学苑を強豪校に押し上げたことでも有名な神奈川を代表する名将である。桐蔭学園のキャプテンを経て、東海大学を卒業後に拓大紅陵高校・小枝守の下で指導者としての研鑽を積み、藤嶺藤沢高校のコーチ時代には代表の竹下が教え子にいた縁もあって一昨年に厚木シニアに復帰後は月に一度定期試合を行っていた。

20年以上中高生の指導をしてきた監督として、石黒にはブラックキャップスであり、阪口監督はどのように見えているのだろうか。

「彼は僕にないものをたくさん持っていると思いますよ。スポーツマンとしての明るさを持っているし、選手のミスや失敗に対し、切り替えの早さも持っていて素晴らしいと思います。そして研究熱心ですよね。これは阪口監督だけでなく、いまの若い監督さんたち全般にいえることですが、彼らは本当に技術や戦術のことを良く知っているんです。僕なんかより一歩二歩先に行っているでしょう。情報の中で育ってきた環境に加えて、情熱もありますからね。

 ただ、僕の経験からひとつだけ言えることがあるとすれば、選手側に立って物事を考えられているか。それは自分をコントロールできていますかということでもあります。僕自身も若い時に、情熱だけで突っ走って何度も失敗をしてきたからこそ学び得たことなんですけどね。

たとえば、ランナーが走った箇所はグラウンドが荒れている。そんな時に『ちょっと整備しようか』とひとこと言えるだけで、選手はすごく安心を覚えるんです。レフト線にノックを打つ時に1球溜めて『サード、しっかり見とけよ』と言えるかどうか。ご飯を食べられない子がいたら『しっかり食べられているか?』と声を掛けられているか。今見えている選手たちの表面上の姿から、何を考えているか心の中を読み取ると言うんですかね。そういった部分での研究心みたいなものを高めていけたらいいですよね」

全国優勝以上に大切なのが“人間形成” 

中学生の成長の速度は凄まじい。昨日できなかったことが翌日できるようになる能力を持ちながら、日によって別人のようにもなる。それを見極める目を持てるかどうか。簡単なことではない。石黒は朝イチの挨拶の仕方、言葉ではなく心が通じるかどうかで、選手たちのその日の温度を見るという。この子は昨日何時に寝たのだろうか、どういうメシを食べたのか。学校で嫌なことがあったのか。それらを判断するために、選手個人の家庭環境や兄弟の有無、グラウンドに通うまでの地図も頭の引き出しに入れて役立てる、その選手個人への研究を惜しまない。 「信頼関係というのは理解から生まれると思うんです。だから選手にも僕のことを理解してもらう。采配の中でも、選手によく言うのは『これは俺が勝手に勝負したいだけだ。おまえたちのせいじゃないぞ』と奇策を仕掛けてみたりね、そういうことに何年か付き合っていくと、『ウチの石黒はこういう場面でこういう勝負をしたいんだな』という独特の流れを理解してくれる。そういうものが噛み合ってくると面白いチームになっていくのではないでしょうか」

ブラックキャップスは全国優勝という目標こそ掲げているが、中学生というカテゴリーである以上、高校・大学以上に“人間を育成する”という大前提が求められている。どこのチームも選手を育てながら勝ちたいのではあるが、このバランスを石黒はどのように考えているのだろうか。

「育成と勝利が噛み合えば理想なんです。でも、僕は育成なのかな。野球が競技である以上勝つことは大事です。子どもたちにも成功体験はさせてあげたいし、勝ち方を知り、その味を覚えたら、掛け算、割り算も知りたくなって、どんどん成長が加速していきますからね。これは勉強やその他のことでも同じだと思います。だけど、勝ちだけになってはいけない。試合の中に価値があったかどうか。

僕は一番選手に求めているのは“ハングリー精神”なんですよ。これは私の恩師が少しヒントをくれていて、最近になってようやくわかってきたこと。それは、予測のつかないことが起きた時への対応力というのでしょうか。社会に出ても突発的に不測の事態が起こるじゃないですか。その時に平然と対応できる精神力や準備、乗り越える技術があるか、そういうところを野球を通じて培うために、僕は選手にブツブツと言っているんですね」

それはマニュアルにはない、自ら考えることでしか身につかない力。もちろん野球は技術も大切だ。しかし体力的に完成されておらず、成長期にも大きな差のある中学生という特殊な年代では、修得できることもバラつきが大きい。まずは投げ方や走り方など、指導者としては基本の部分をしっかりと伝えること。そしてやはり大事なことは考え方の基礎づくりであると石黒はいう。

「考え方の素地は中学生で作っておいてあげることです。ゲーム出るのは技術的な経験値もあるのですが、考え方の経験値というのかな。彼らはこれから先、いろんな指導者と出会っていくわけですから。その中で、自分の立ち位置を探して、どういうふうに行動しなきゃいけないのか、今は30人分の1でも、強豪校へ行けば100や150分の1になる。その中でどうやって自分は生きていくか。そのことを考えさせるための力を培ってほしいんです」

それは阪口が指導の理想としていた「自分で考える力」の源泉になる部分なのだろうか。相手が何を求めているのか。自分の力がどれぐらいあって、組織の中で自分ができることは何か……。これらは野球だけではなく、社会に出ても通用する“生きる力”でもある。

「いろんな指導の考え方はあるんですけどね。僕は、大人が寄り添いたくなるような選手であってほしい。どこに行っても人から可愛いがってもらえる選手にね。そのためにはうちにいる間に、“親心の詩”じゃないですけど、先回りして棘の一本でも二本でも抜いてね。人の部分を整えて、困難を乗り越える力をつけて上に渡してあげたい。これだけ情報が多いと一途に野球だけをやることも難しくなっていますからね。

『教わった技術は40歳、50歳になって残らない。だけど野球を通じて教わった集団での道徳心はずっと残っているだろう』。かつて恩師に言われたことがあります。考えさせられるわけです。教え子の結婚式のスピーチで言われることは、いつも他愛ない僕のひと言だったりする。どんなに速い球を投げられるようになっても、ほとんどの人は50歳でその技術は必要ない。最後に残るのは人間的な部分であり、世の中で活躍できるのはそっちの方なんですよ。それはレギュラーも補欠も関係ない。その考えは野球を指導させてもらうようになって、『やっぱりそうだったんだな』ということを実感しています。だからこそ、指導は絶対に手を抜いてはいけないんですよ」

こどもたちの明るさに救われる阪口監督

 中学野球における指導者の役割に“勝てばいい”と考える人は少ないだろう。保護者にとって子供の人間的な成長こそが最も期待していることは間違いない。

 人間としての基礎となる考え方、向上心、困難に立ち向かう心、人に愛され、集団で生きていく力。

それらを全国レベルのクラブチームが勝利と両立させているとするならば、凡百のチームとは何が違うのだろうか。選手としても監督としても上の世界を知る石黒は、ブラックキャップスという試みをどう見ているのだろう。

「面白いと思いますよ。まず、竹下さんからこのチームを作ると聞いた時、身体づくりをメインに出したでしょう。もう大賛成でした。僕自身、中学生、小学生も含めて、この部分が一番大事だと思っています。これまでの日本の野球は連携やサインプレーをやり、世界トップレベルの技術・戦術を駆使しています。その一方で身体づくり。この分野が本当に遅れていると思っておりました。ブラックキャップスはその分野において、プロ集団がトレーニングを教えてくれるわけでしょ。実際に振る力、走る力、投げる力などは、以前とは比べ物にならないぐらい成長していますしね。

あとは、僕の勝手な考えでいくと、高校野球は監督の力なんです。大学はキャプテンであり、社会人野球はマネージャー。そして、プロ野球は会社という組織がしっかりしていると強いチームになる。では中学生は何か。監督とも思いますが、それ以上に組織という感じがするんです。いま、企業がバックアップしているチームが増えてきているでしょう。部活動から地域のクラブへと、世の中の流れとして、子どもたちを取り巻く環境が変わってきている今、大人たち、つまりきちっとした組織や企業がどうバックアップできるかではないかと思うんです。ここに専門的な知識や技術を持った企業が入ればそれは理想ですよね。ブラックキャップスは僕の思う“強くなるチーム”の方程式に合致していると思います」

グラウンドにいる石黒の姿は、誰が見てもひと目見て監督とわかる風格があった。それは偉そうにふんぞり返っているわけではない。どこにいても選手のことを見ていることが伝わってくるからだ。 言葉ひとつ、行動ひとつの重みがまるで違う。監督としての石黒の大きさに、自らの足りなさを感じながらも阪口はいう。

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「いまは目の前のことにぶち当たっていくしかないんでしょうね。選手たちには教えてもらうことばかりです。良くも悪くも、彼らは負けようが何をしようがずっと明るいでしょ。なんかやっぱり茅ヶ崎の子なんだなって。僕なんか敗戦のショックでメシもノドを通らないのに、あいつらは明るくて明るくて。メシ食える状況で負けてんじゃねえ(笑)って言いたくなりますよ。でもそれで、僕自身が負けていられないって前を向ける。あいつらに救われている。まだまだ勉強しなければいけないことがたくさんありますね」

いまはがむしゃらに選手たちにぶち当たり、試行錯誤を続けている阪口も、悩みの中から一歩ずつ選手と共に進んでいく。

泣いても笑ってもこの一年。ブラックキャップスの最後の勝負がはじまった。

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作家・ライター
村瀬秀信

1975年神奈川県茅ケ崎市出身、旅と野球と飲食のライター。著書に「止めたバットでツーベース 村瀬秀信野球短編集」(双葉社)「4522敗の記憶~ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史」(双葉社)「気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている」シリーズ(講談社)など。文春野球の初代コミッショナーであり株式会社OfficeTi+の代表。
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