ここ数年、「LGBTQ+」という言葉を耳にする機会が増えてきました。とはいえ、セクシャルマイノリティに関する言葉であることをなんとなく知っていても、多くの人が心地良く暮らすために、何を理解しておくべきか分からないという人も多いのではないでしょうか。そこで、新宿2丁目発ドラァグクイーンユニット「八方不美人」の3人に、これから毎月、文化的な系譜、社会的な関心などを踏まえて語ってもらいます。
歌を巡ってコロシアム!新宿2丁目発ドラァグクイーンユニット「八方不美人」
今回、まずは「八方不美人」誕生の経緯と活動について伺いました。八方不美人は、エスムラルダさん(写真中央)、ドリアン・ロロブリジーダさん(写真右)、ちあきホイみさん(写真左)の3人による「新宿2丁目発ドラァグクイーンユニット」。
人気アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌『残酷な天使のテーゼ』など、数々のヒットソングを手がけてきた作詞家・及川眠子さんと、小柳ゆき『あなたのキスを数えましょう』などの名曲を生みだしてきた作曲家・中崎英也さんのプロデュースにより、2018年12月にミニアルバム「八方不美人」でデビュー。そのユニット誕生経緯には、まるでドラマのような出会いとエピソードがありました。
――「八方不美人」誕生の経緯について教えてください
エスムラルダ:私は普段ライターとして、書籍の原稿や脚本などを書いているのですが、5年前、「プリシラ」というミュージカルのお仕事で及川眠子さんとご一緒したんです。それがきっかけで及川さんと親しくなり、作家の伏見憲明さんがママをやっている、新宿二丁目の「A Day In The Life」というお店にお連れしたところ、眠子さんがそのお店を気に入って。あるとき、そこでたまたまドリアンの歌をお聴きになったんです。
ドリアン:その日、私は中村うさぎさんのトークイベントのゲストだったんですが、何曲か歌わせていただいたところ、会場にいらしてた眠子さんが「あんたに私の曲をあげるわ」って。ご本人も酒の席の冗談だったと思うんですけど、周りが「まあ!ドリアンよかったね!」と言い出したので私も「うれしいです!ありがとうございます!」と、瞬時に外堀を埋めましたね。で、後日、作曲家の中崎英也さんとの顔合わせを今度そのお店ですることになったんです。
ホイみ:私はそのお店の常連で、ママと仲良しだったんですけど、突然ママからLINEが来て「ちょっと大変なことになっているわよ」って。ママは私が“歌の好きな女装”と知っていたので、「この日に、ドリアンさんが作曲家の中崎先生が顔合わせするんだけど、あなた当然殴り込みに来るわよね」って(笑)
ドリアン:私のあずかり知らぬところでね……。
ホイみ:私としては「いえいえ、大先輩のドリアンさんを差し置いて私がしゃしゃり出ていいわけないじゃないですか」と言ったら、ママから「あなた!ここで逃げたら許さないわよ」と煽られまして。覚悟を決めた私は、その日フル女装の状態でスタンバイしていました(笑)。
ドリアン:たまたま、私がちょうど昼の仕事の関係で少し顔合わせに遅れたんです。皆さんをお待たせして申し訳ないな、と思ってお店のドアを開けたら、フル女装のホイみさんが歌ってらして……。「図られた!!」という感じ。ママの計らいで曲を巡って女装ふたりが争うというコロシアム形式になっていたんですよ。このお店がホイみさんのホームのお店だからアウェイ感がありましたけど、それでも課題曲(同じ曲)を歌いましたよ。
エスムラルダ:ちなみに私は、中崎さんの作られる曲が大好きだったので、眠子さんから「中崎さんとドリアンの顔合わせをする」と聞き、中崎さん目当てでお店に駆けつけました。そうしたらコロシアムが始まり、最初は「おうおう、若いもんが戦っておるのう」みたいな感じで眺めていたんです(笑)。
ドリアン:下々の者がたたき合っているコロシアムを見に来ているエスタブリッシュメント側ね。ニコニコしながら。で、結局、泥仕合になってきて、眠子さんがフト目があったエスムさんに「よかったらエスムも一曲歌ってみる?」と水を向けたんですよ。当然、部外者だし、辞退するかと思ったら、すーっとステージに上がってね。
ホイみ:「じゃあ歌わせていただきます」というふうにね。
エスムラルダ:いや、歌うつもりでお店に行ったわけじゃないのよ(笑)。
ドリアン:絶対あわよくばと思っていたわよ。ほんとこの人、深慮遠謀というか、十手先を読むから。
エスムラルダ:いやいや。
ホイみ:ノー準備だったら歌えないしっかりとした楽曲だった。しかもアカペラで。
ドリアン:「先日までやっていたひとりミュージカルの楽曲を歌います」って8分くらいあるやつをそれはまあ朗々とお歌いになって。
ホイみ:隙あらば準備していたわけですよね。
(一同:笑)
ドリアン:いい感じにお酒が入って気持ちよくなった中崎さんが「もういいよ、3人でやればいいじゃん」と言ってくださって。
エスムラルダ:あの時の言葉は、たしか「めんどくさいから3人でいいじゃん」だったわ。
ホイみ:明らかにだるいって感じだったよね。
エスムラルダ:もういいよ、みたいなね。
ドリアン:もともとはドリアンソロプロジェクトだったはずが、気がつけばこの人たちがいて3人セットみたいな感じになりました(笑)。で、グループ名はどうしようとなって、別途集まって相談したんですよ。「●●三人娘」とか「●●団」とか。それでもなかなか決まらなくて……。
エスムラルダ:でも、三人とも敵を作らない八方美人キャラよね、という話になったの。
ドリアン:それで眠子さんに「八方美人なんていかがでしょうか」と稟議をかけたら、「いやいや、アンタたち八方“不”美人でしょ。そのほうが面白いし」ということで。一発で決まりました。
ホイみ:さすがですよね。予想していなかった。
ドリアン:“不”美人のつもりはなかったのに……。
エスムラルダ:でもね、「八方“不”美人」って、エゴサ(SNSなどで自分のことを検索すること)するときに便利なんです。「八方美人」だと一般的な言葉なので、自分たちに関係ない情報まで出てきてしまう。
ドリアン:名前にインパクトがあるから覚えていただけるし。
ホイみ:大体略されて「不美人さん」と言われる。でもそれ、ブスってことだから!
(一同爆笑)
エスムラルダ:だからって、「八方さん」といわれると落語家さんだし。
ホイみ:略するとおもしろいわね。
コロナ前には年間50回のステージ
ドリアン:2018年12月に「八方不美人」というファーストアルバムでCDデビューさせていただきました。それから、2019年7月にセカンドアルバム「二枚目」。さらに、2019年の12月に「LIVE PRIDE 」で歌いましたね。“LGBTQ+”のために行われた音楽イベントで、松任谷由実さん、MISIAさんをはじめ、錚々たる顔ぶれがそろったんです。
エスムラルダ:会場は東京国際フォーラムのホールAでした。デビューからたった1年で、東京国際フォーラムでオリジナル曲を2曲歌わせていただけるなんて、アタシたち恵まれすぎね。
ホイみ:しかも、武部聡志さんがバンマスを務める生バンドで。
ドリアン:ステージ上で、ユーミンから「八方不美人!」と紹介されるし。
エスムラルダ:まさか、ステージ裏で大好きなミッちゃん(清水ミチコ)に「お疲れ様」と言っていただける日が来るとは思わなかった……。
ホイみ:2019年を振り返ると駆け上がるような一年だったわ。
ドリアン:年間50本近くはライブをやっていました。通常のライブハウスもありますが、我々の先輩である星屑スキャットさんとのユニットライブや、全国のタワーレコードさんのインストアライブやイオンさんの特設ステージで歌わせていただきました。
ホイみ:土日で別々のライブとか毎週のように歌ってたね。
エスムラルダ:そうそう。
ドリアン:我々はもともと、「ドラァグクイーン」としてソロで活動していて、現時点でエスムラルダさんは27年、ドリアンは15年、ホイみさんは5年かな?
ホイみ:私はまだまだ女装のペーペーの時のデビューだったわ。
ドリアン:それぞれのコミュニティや関係性があるなかで多方面からお仕事のお声がけをいただいて、3人で行くということが多かったわね。
――ライブ活動などが思うようにできない時期でしたが、今後について教えてください
ホイみ:最初の緊急事態宣言の時は自宅でPVを撮ったんだよね。
ドリアン:ライブ活動もできないので、配信でリリースすることになって。その時に出したのが『地べたの天使たち』。それから、2021年4月に配信シングル『その日を摘め』、8月に『沼』という曲をリリースしました。
エスムラルダ:インストアイベントみたいに、不特定多数の方に我々のパフォーマンスを観たり、聴いたりしていただく機会が減っているので、来年からはそれをまた増やしていきたいね。
ドリアン:この1年くらいは、八方不美人のファンになっていただいた方に対してのイベントが多かったから、今後はもう少しいろいろな新しい方に知っていただきたいという気持ちがあるね。
――ありがとうございます!
運命的な出会いを果たした八方不美人さん。そのパフォーマンスはもちろん、次回はLGBTQ+とドラァグクイーンの文化の系譜などについてお話を伺っていきたいと思います。
text/伊森ちづる photo/HIRUMA Yasuhiro