大手国内銀行勤務時代には企画推進担当として支店内に現代アート作品を展示する「アートブランチ」プロジェクトをリリース──その後、経済と芸術文化が結びついた、よりクリエイティブで活性化した日本社会を目指し、「THE ART」を設立したアートコレクターの岩崎かおりさんがオススメする作家・展覧会などの最新情報をリアルタイムで紹介。わかりやすい作品の解説に併せて「アートリテラシーのアップ」にも役立つBeyond世代へのアドバイスも……。今回は彫刻家の名和晃平さんについて、岩崎さんの想いの丈を、じっくり語っていただいた。
現在、「SCAI THE BATHHOUSE」(台東区谷中)で個展「TORNSPAPE」を開催している彫刻家・名和晃平さんとは、とある“縁”があり、特別な思い入れを持っていると岩崎さんは言う。まずは、その経緯(いきさつ)を伺ってみた。
──名和作品との“出会い”について、教えてください。
岩崎かおりさん(※以下、岩崎):5、6年くらい前の話でしょうか…… 毎年世界のアートフェア(※1)を欠かさず回っていたときのことです。まだ、アートを鑑賞するのが好きでコレクターになる前だったころ、ちょっとしたご縁で「アート・バーゼル」(※2)で、名和さんの「PixCell」シリーズのひとつである『Biwa(琵琶)』という作品と出会いました。
名和さんのお名前はすでに知っていましたが、作品は映像や画像を見たことがあっただけで、実際の作品を鑑賞したのはこれが初めてでした。
──その第一印象は?
岩崎:日本古来の伝統的な工芸品である「琵琶」が、まさに現代アートと融合していて「これは、どうなっているの!?」と感性が揺さぶられると同時に「欲しいな」という感覚が芽生え、一目惚れしました。
大きさは1mちょっと。部屋にも十分飾れるサイズだったので、つい衝動買いしてしまったのです。
──ちなみに、お値段はいくらほどだったのでしょう?
岩崎:それは内緒で(笑)。ただ「衝動買い」という価格ではなかったです。それからこういった作品が次の世代に継承され日本に残って欲しいと思い、それであれば自分がコレクションをしたものを寄付し、次世代に引き継いでもらうことのもひとつの方法ではないかとシンプルに思うようになりました。この名和さん作品との“出会い”が、私の「アートコレクター」としてのルーツとなったわけです。
インターネットを介して収集されたオブジェクトが無数の透明の球体(Cell=細胞)に「皮膜」され、拡大・歪曲するレンズを通して「鑑賞」される状態となる「PixCell(ピクセル)」シリーズ──そのひとつである『PixCell-Biwa(琵琶)』を“衝動買い”した岩崎さんは、名和作品の魅力を以下のように分析する。
──名和さんの作品をより深く理解できる、なにかヒントのようなものがあれば、お聞かせください。
岩崎:視覚的な楽しみも十分にあります。映像作品も含めて、単純に観ていているだけでも面白いし、美しい。それだけではなく、名和作品はセル(Cell)を通じて、自分の世界観を一貫して表現しており、そこには世界に渦巻くリアルな社会への問題提起もされています。歴史に残るアート作品は、時代背景と才能ある作家が結びつくことで生まれ、そのアート作品は鑑賞者である私たちの感性や知性を育ててくれます。欧米では感性を磨く教育にも熱心で、成功には感性や芸術的センスが重要ということも言われています。
所属ギャラリーでの名和さんの個展は3年ぶり──とても貴重な機会なので「これが世界に通用する作家さんの表現力なんだ」ということを肌で感じていただきたいです。
──「SCAI THE BATHHOUSE」とはどういうギャラリーなのですか?
岩崎:現代アートに特化したギャラリーです。展示作品を、バーゼルをはじめとする名だたるアートフェアに出展したり……と、作家のプロモーションに対する熱量も高く、世界への発信力も強い「信頼できるギャラリー」でもあります。
もともとは銭湯だったスペースを美術館に改装したもので、柱とかを見てみるとけっこうな年季が入っていたり……と、内装もじつにユニーク。今回の名和さんの個展を見逃したとしても、他にも魅力ある個展を開催されていますので、とりあえずはここのギャラリーを気軽に見学する気分で訪れるのもお勧めです。入場料も無料です。
──なるほど。お気に入りのギャラリーにフラッと立ち寄っているうちに、おのずとアートリテラシーも育まれていくわけですね?
岩崎:そうなんです。また、立ち寄った際には、ギャラリストにいろいろ質問してみてください。自分の知識や想像を上回った解説が聞けることも多く、それを参考にして改めて作品に向かってみたら、また隠されている新しいなにかが発見できるかもしれません。
アートリテラシーをアップする一番の近道は「アート作品を“観る”だけではなく“購入”してみること」だと岩崎さん。昨今は、日本人は美術館には足繁く通い、世界でもトップクラスの入場者数を誇るほど、有名な作家の展覧会が満員御礼状態となることも珍しくはない。だが、日本の場合、観にいく文化はあるものの、芸術にお金を落とす文化がない……と、岩崎さんは指摘する。
──日本人が「作品にはお金を落とさない」という事実を岩崎さんは、どのあたりで実感なさるのでしょう?
岩崎:日本では「自宅やオフィス本物の絵が飾っている」という光景を、あまり見かけることができません。一方、海外では住宅事情が比較的日本に近い香港ですら、アートが飾ってあったり……。西洋にいたっては、壁に空白があるのは無機質で不自然、なにかしらの絵が飾ってあるのが当たり前といった感覚で、文化や習慣が全く違います。アートの市場としては世界の基準は日本よりも断然大きいのです。
まだ若い作家さんの作品だと、数万円から購入できる作品もあります。皆さんには「アートを手に入れるという行為」が一部のセレブの“特権”ではないことを知ってほしいですし、家具を購入するように自身が良いと感じる作品を購入する習慣が根付いてくると、日本のアートに対する価値観や文化が大きく変わってくると思います。
──「購入」することのメリットとは?
岩崎:「購入」することも視野に置いて作品と対峙すれば、切実さが増し、自然と審美眼も磨かれてくると思います。しかも「購入」して「所有」することで、当然ながら愛着も愛情も湧いてくる。好きな作品を日常生活の中に置けば、その良さもじっくり撫でることができる── ひとつの良い作品を徹底的に鑑賞し尽くすことは感性を磨いていく観点でも重要に思います。
現代アートの場合は作家が同時代に生きているので、作家とコミニケーションを取ったり、所有する作品の作家が成長していくプロセスを共有できる楽しみもあります。
──将来有望なスタートアップを発掘して応援するコアなファンのような感覚ですか?
岩崎:かもしれません(笑)。たとえば、名和さんの名前が世界的に知れ渡った大きなターニングポイントのひとつは、2018年のルーブル美術館のピラミッド内に『Throne(スローン)』という作品を展示したときですが、私も世界レベルで名和作品に注目が集まっていく瞬間と、世界の流れに参加している気分を味わうことができて、とても感動しました。
こうして「コレクター」となってその作品を入手したら、作家にも次第と興味が深まります。さらに現代アートの場合は、世の中へのメッセージ性が高く、自分のインスピレーションも掻き立てられていくものです。感性が良い人は、物事を直感的に感じ取る能力が優れているといいますが、現代アートで第六感を育んでみてはいかがでしょうか。
※1:世界中のアートギャラリーが一同に集まり、作品を展示販売する催し。国内外からギャラリーが集い、各ギャラリーの推している作家・作品を紹介する「アートの見本市」。
※2:スイス北西部の都市バーゼルで毎年開催される世界最大級規模の近現代美術のアートフェア。出品には、厳格な審査を受けなければならない。
Installation view,
“Kohei Nawa - TORNSCAPE” SCAI THE BATHHOUSE Tokyo, Japan
Tornscape
2021
installation
dimensions variable
Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH
執筆/山田ゴメス
Profile
名和 晃平(なわ・こうへい)
彫刻家。Sandwich Inc.主宰。京都芸術大学教授 。1975年生まれ。2003年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士課程彫刻専攻修了。現在『SCAI THE BATHHOUSE』(台東区谷中)にて個展『TORNSCAPE』を開催中。
SCAI THE BATHHOUSE
名和晃平「TORNSCAPE」
会場:SCAI THE BATHHOUSE
期間:2021年11月2日(火)〜12月18日(土)
休廊日:日曜・祝日・月曜
住所:東京都台東区谷中6-1-23 柏湯跡
TEL:03-3821-1144
FAX:03-3821-3553
MAIL:info@scaithebathhouse.com
※完全予約制:予約フォーマット