持続可能性、いわゆる“サステナブル”という言葉が広く定着しつつあるが、「好きなモノを、できるだけ長く使う」というのは、もともと日本において古くから親しまれてきたカルチャーでもある。それを証明すべく、時代を超えても変わらない、素晴らしい時計修理(オーバーホール)の話をお届けしよう。
壊れた腕時計を元に戻したい
とある日、BeyondのプロデューサーT氏から相談を受けた。
「10年以上前に購入した時計があるんだけど、リューズ(時刻調整をする部分)が折れてて使えないんだよね。編集者として駆け出しのときに買った思い出深いモノだし、できれば修理したいんだけど」
丸い部分が折れたリューズ
状態を見てみると完全にリューズがポッキリと折れている。なるほど、これでは動作に支障をきたして使えないだろう。時計を調べたところ、1904年に創業されたスイスの老舗ブランド、オリスの「フライトタイマー 690-7615-4154MB ブラック×シルバー」(現在の参考価格:33万円)だった。立派な高級時計である。
航空機にインスパイアされた、いわゆるパイロットウォッチで、電池ではなく“ぜんまい”を巻いて動く「機械式時計」だ。かなり凝ったデザインをしていてステンレスの重みもずっしりと存在感あり、これは普通の時計修理店では難しそう…。
当時の保証書もないとのことで一路、修理専門の業者にお願いしてみることに。そう、機械式時計ならではの“お楽しみ”である「オーバーホール」だ。
分解してメンテナンスする「オーバーホール」とは?
そもそも機械式時計は、高級であるほど製造から組み立てまで手作業で行われる傾向にあり、その精緻なメカニズムは芸術品ともいえる。また、多少壊れても部品交換やメンテナンス、つまり「オーバーホール」を定期的に行えば、いつまでも愛用できるのが優れたポイントだ。
そこで修理を依頼したのが「オリスサービスセンター」で、数多くのブランドを手がける共栄産業株式会社さん。さっそくオリスの時計を修理してほしい旨を伝えると――
「これは見事にリューズが折れているので部品交換になりますね。あと、ステンレス部分にもかなり傷が見受けられますし、外装を磨いて、ムーブメント(中身)もすべてキレイにしましょう」(共栄産業)とのこと。
オーバーホールの工程はいくつかに分けられる。
まずは各パーツを調べるための「分解」に始まり、時計を動かす心臓部であるムーブメント部品の「洗浄」、さらに磁気を帯びていないかのチェックを含めた「磁気抜き」、そして外装部分であるケースやブレスレットといった部分の「磨き」だ。
これらを経て新品とまではいかないが、キレイに復元できるとのこと。
実際に修理工房の現場を見せてもらうと、かなりの人数が繊細な作業を行っている。機械式時計のパーツはとても微細で、物によってはミリ単位の部品もある。これらを目視で確認し、分解→組立を行うのは至難の業。
共栄産業さんに持ち込まれる時計の中には、数百万円を超えるものも珍しくないとのこと。それぞれ技師としての技量がなければ当然まかせられないし、そのレベルの高さがうかがえる。
時計の作業台は胸の高さほどあり、姿勢を保ったまま手元の細かい作業ができるようになっている
熟練の職人によっては専用工具を自分で作るほど。正直、素人には何をしているのかわからないほど微細なパーツを分解→組立するのは神業に思える
専用のヤスリがけで外装をキレイにポリッシュ(磨き)する
昨今のユース世代は「最高級」志向!?
ちなみにBeyond読者であるユース世代と高級時計の関わりについても聞いてみたところ、意外な答えが。
「最近は、若い世代の時計による消費動向も少し変わってきていますね。というのも、一昔前であれば、高級時計はわかりやすいロレックス、ファッションウォッチなら数千円~数万円という感じでした。ところがコロナ禍以降、数百万円を超える“雲上”モデルを求める方が増えています」(共栄産業)
この雲上というのは、世界三大ブランドであるパテック・フィリップ、オーデマ・ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタンのことで、どれも数百万円から数千万円、果ては億超えも珍しくない、まさに雲の上のブランドたち。
「もう一生モノだと思って、一気に最高の時計を購入しちゃいました」というユーザーもいるらしく、あとはそれをメンテナンスして使い続けるのだそう。
まさしく「いいものを長く愛用する」わけだが、それにしてもすごい。
大げさに言えば100年使える機械式時計の魅力
さて、オーバーホールに出してから約3週間。修理が完了したとのことで受け取りに伺うと、そこにはピッカピカに磨き上がった時計があった
キラキラに光り輝き戻ってきたオリス。さらに5年、10年と使い続けられる
ギラリと光るステンレスの塊。これこそ、高級時計たる存在感であるが、本当に美しいたたずまい。多面パーツやケースで作られている腕時計は磨きの工程も複雑になるため、手間も増える。
気になる費用だが、今回のようにパーツ交換代がかかると少し高めになるため、大体4~5万からモデルによっては10万円以上となるとのこと。
では時計の価格帯によってオーバーホールしなくてもよいのかという疑問もあるが、共栄産業さん曰く一概には言えないとのこと。
むしろ、価格に関わらず気に入った時計であれば定期的にメンテナンスすることで長持ちするのは間違いないし、部品の故障を防いだり費用を抑えたりすることもできる。
ブランドによっては「親から子へ、子から孫へ」といった100年使える時計を謳っているところも珍しくない。実際の話、100年以上使うには部品の耐久性など難しい部分が多いと共栄産業さんは言うが、交換してでも使いたいというのであれば不可能ではないとのこと。壮大な話だ。
さて今回、修理を経て愛用の時計が戻ってきたT氏は満面の笑み。
「これから腕時計は大切にするよ。あと機械式時計の面白さにも久しぶりに気がつけたし」
と、意気揚々と腕元を光らせながら去っていった。
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「いいものを長く使う」とは、最強のコストパフォーマンスであり、日本古来の“モノにも魂が宿る”という九十九神(つくもがみ)信仰に他ならない。
なにそれ、と思うかもしれないが、昔は「百年を経たモノには魂が宿る」とされていて、モノの妖怪変化のことを「九十九神=付喪神(つくもがみ)」と呼んでいた。
つまり日本人はもともと、100年くらいモノを愛用していたということ。それは昨今のサステナブル精神に他ならず日本は時代の最先端を走っていたのだ、という四方山話で締めくくりたい。