2023年3月、スイス・ジュネーブでは、世界の時計愛好家が集結する一大祭典「ウォッチズ&ワンダーズ(W&W)」で華やぎを見せた。一週間にわたるこの祭典は、ファッションから経済まで世界の潮流を見定める上でも重要なイベントだ。今回、Beyond取材班が参加し時計産業の“今”をレポート。スマートウォッチ勢力に押されていると言われる高級時計の世界は、一体どうなっているのだろうか。
ヨーロッパの壮麗なカルチャーに圧倒されるスイス旅
スイスは中央ヨーロッパに位置し、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、リヒテンシュタインと国境を接している。地形は大部分がアルプス山脈に覆われ、厳しい冬季の気候と美しい自然風景が特徴だ。ただ、今回の取材中は日本とそこまで大きく気候は変わらず、3月にしては少し寒いかなというくらいだった。
航空チケットの関係で東京→アムステルダム→パリに着き、そこからクルマでスイス・ジュネーブという旅程。雄大な自然と、美しい街並みといったヨーロッパの優美な雰囲気を各所で味わいながらの往路だ。
日本を出て約20数時間、ジュネーブに到着すると、街角の時計店は新作時計の展示で賑わいを見せ、また、街全体が参加する「イン・ザ・シティ」の試みでは、音楽やアートとともに、時計文化の多様性と魅力が凝縮されていた。日本では見られないカルチャーは、いかにも時計の本場スイスといった風景で、まるで自分がヨーロッパ映画の一部に取り込まれたような感覚に陥る。
さてイベント初日、各ブースでは、伝統と革新が交差する独自の世界観が表現されていた。鮮やかなダイヤル、繊細な彫金、高度な複雑機構を搭載した新作時計が一堂に展示され、来場者たちはそれぞれの時計の物語性やクラフトマンシップに触れ楽しむ。
そして、その盛況ぶりは、訪問者数やソーシャルメディアでの反響という数字にも如実に現れている。一週間で4万3000人もの人々が訪れ、国籍はなんと125。ハッシュタグ「#watchesandwonders2023」への投稿数は180万に達し、推定リーチ数は6億以上。その規模と影響力は、この祭典が世界の時計産業において重要な地位を占めることを物語っている。
世界のニューエイジたちが高級時計へ高い興味を示している?
毎年大きな注目を集めるロレックスのブースは、ショーウィンドウに過去モデルから新作までがズラリ。いち早くその目で確かめようと多くの人が詰めかけていたが、これはブースというより店舗レベルの大きさだ。
さらに各ブランド、さまざまな意匠を凝らした展示物を披露しており、なかでもフランスのハイジュエリーブランド「ヴァンクリーフ&アーペル」は、このW&Wのために天体を模した立体時計を作るなど、そのレベルの高さに度肝を抜かれる。
また50近い参加ブランドのなかに日本からは「グランドセイコー」が出展。昨年、2022年度ジュネーブ時計グランプリ「クロノメトリー」賞受賞をするなど格式高いスイス時計文化において、着実に存在感を高めているのが見て取れる。
日本らしい和の空間でおもてなしするのがグランドセイコーのブース
今回のW&Wで特徴的だったのは、コロナ禍が明けたことによる一般来場者の開放だ。プレス関係、販売業者だけでなく、世界の時計愛好家が押し寄せることが予想された。残念ながら筆者は一般来場の前日に帰国したが、想定を超える来場者が訪れたとのこと。
1万枚用意されていた入場券は、週末の開幕前に完売。しかも、数字の内訳を見るとW&Wが若い世代から大きな注目を集めていた。入場券購入者の25%は 25 歳以下、入場券購入者の平均年齢は35歳というから驚きだ。
国内において、若者の腕時計への興味は減少しているとよく聞くが、この有り様を見ると、いずれそうした世界の潮流が日本にも到来しそうだ。その一端を見られるのが、日本の時計市場だ。
2022年の日本の市場規模は約3兆円で、特に高級時計の需要が伸びていることが特徴。また同年のスイス時計の各市場への輸出はアメリカ、中国、香港に次いで日本が4位と重要なマーケットであるのは明白だ。(※スイス時計協会調べ)
100年以上にわたり、時計業界は技術革新とともに歩みを進めてきたが、その基本的な価値、つまり時間を正確に計るという原点は変わらない。ただ時計は単なる道具ではなく、文化、芸術、歴史を体現した存在であり、次世代へと繋げていく役割を果たすものでもある。
めくるめく高級時計の世界、その価値をどう考えるか――。
本特集が時計選びの一助になれば幸いだ。