VRアーティストとして多種多様な創作活動に努めながら、国内外でVRパフォーマンスを精力的に披露し、2017年には世界初のVR個展を開催。2021年には自身のVR作品がNFTにて約1300万円で落札された、アート界に大きな新風を巻き起こしている気鋭作家・せきぐちあいみさん──そんな彼女が脳内に描いている人類未踏のヴァーチャルな世界とは、いったい……?「VR」の未来から、最近ちまたでも騒がれている「NFT」の可能性についてまで、たっぷりと語っていただいた。
子どもや高齢者にも馴染みやすいVRアートの世界
2016年某日、ひょんな偶然からVRを体験して以来、VRアーティストへの転身を即決したというせきぐちあいみさん。まずは、そのきっかけと当時のVR事情からうかがってみよう。
せきぐちさん:10代のころから舞台をやったり、お芝居をやったり……いろんなことをしながら、YouTuberになりました。
YouTuberになると、日々新しいものや面白いものに出会ったら、それを動画に撮ってアップすることがルーティンとなるわけですが、2016年のある日、たまたま取材の一環でVRを体験したとき、空間に立体が生まれていくプロセスが魔法みたいで、「なんて楽しいんだろう!」とそのままのめり込んでいったという流れです。まだ、VRに関してはほとんど素人の状態でした。
──そのころまだVRは珍しかった?
せきぐちさん:VR自体はもう何十年も前から研究されていた技術なのですが、2016年は「VR元年」と呼ばれており、市販のVRアイテムが続々と出てきた時期でした。「PSVR」とか「Oculus(オキュラス)」「HTC vive」……などが一般発売されたタイミングです。
とは言え、VRに仕事で携わっている人は、ハードやソフトウエアを開発していたり販売をしていたりしている人ばかりで、私のようにVRをツールとして使いながら仕事をしているケースはまだ珍しかったと記憶しています。
──現在はどうなのでしょう?
せきぐちさん:「これから増えていくぞ…」という空気はひしひしと伝わってきますね。VRを通じてアーティストやクリエイターを目指す人もどんどん水面下で育ってきていて……。
(ツールも)2016年のころと比べたら、日進月歩の状態で進化しています。手軽にもなっているし、画質も格段と良くなっているし……。
──次々と新しい技術やツールが世に出てくると、憶えるのも大変なのでは?
せきぐちさん:いえ、私はよく介護施設や子どもの前で実演もしているのですが、ご高齢の方々ですらメカアレルギーみたいなものはありません。
そう! VRアートって簡単なんですよ。コントローラーを使って、右手はペンやブラシ、左手はパレット……といった風で、やっていること自体はむしろアナログです。
パソコン内で3Dモデリングしたりするほうがよほど難しい。VRだと、目の前に立体が見えているため、かなり直感的に操作できるので。ご高齢の方々は一番最初の「ユーザー登録」をして「メールアドレスを入れる」……という部分が苦手なだけ(笑)。そこさえこちらでセッティングしてクリアすれば皆さん、意欲的に取り組んでくださいます。
この11月末にもクラウドファンディングで資金を集め、介護施設でご高齢の方々と障害のある方々による「VRアート展」を開催したばかりです。
──せきぐちさんは幼少期から絵心があったのですか?
せきぐちさん:「お絵描き大好き」な子どもで、素人レベルでの絵心(笑)は昔からありました。でも、美大やデザイン系の専門学校に通っていたわけではないので、独学でここまで来ました。アートに関する専門的な知識や技術は日々勉強中です。
単なるオンラインでのコミュニケーションとVRは似て非なるもの?
たった一度の体験で瞬時にのめり込んでしまった……という「VR」の魅力とは、はたして……? せきぐちさんは熱い口調で、こう主張する。
せきぐちさん:「VRアート」にかぎって言うなら、やはりキャンバスが360度にわたって3Dの三次元空間になる──これに尽きると思います。現実とは別の世界を創っていくといった感覚で。新しい空間を創って、そこに誰かを招待したり……「鑑賞」というよりは未知の「体験」を多くの人たちにお届けできる──そんな、これまでにはない表現手段に魅力を感じます。何時間やっても飽きない。身体は疲れてきたとしても、とにかく楽しい!
そして、これからVRがどんどんと進化していけば、人類ももっとたくさんの新しい体験と出会うことができる。クリエイターにだってなれるし、農業や飲食業だって疑似体験できる……。そうなると、自分にとってベストなモノを見つけていって、自分の道を開けるきっかけにすることも可能になります。
──人類の価値観を根元から変えてくれる“希望”をも秘めるテクノロジーだということですね?
せきぐちさん:一つしかない人生なのに、簡単に複数の経験をヴァーチャルで体感できるって、素晴らしいじゃないですか。たとえ身体的な障害があったり、病気で部屋から出られない状況であっても、簡単に世界とつながることができるのは、人生において、とても豊かなこと──ビジネス的な期待以前に「人類や社会の為になる」ことがVRの魅力の源だと私は考えています。
──「ヴァーチャルな空間で人と会うだけなら別にzoomとかのオンラインでもかまわないのではないか?」という声も一部にはありますが?
せきぐちさん:(二次元の)画面を見ていて、そこに人がいるのが従来のオンライン会議。対して、ヴァーチャルの世界に入り、すぐとなりに相手の姿があって……その方向から声がするという感覚は、似て非なるものです。
もちろんミーティングならば、どうしてもVRである必要もありませんが、たとえば、美容師さんのカットや医療の手術……などの実演は、VRであらゆる角度から見ることができれば、全然変わってきます。VRは、自分がそこに参加しているかのごとく、何ミリかの違いだとかデリケートな手捌きとかが直近で、まさにリアルに確認することができる──そういうことがあらゆるジャンルで起きているのがVRなんです。
──なるほど。多少飛躍した例を挙げると、近ごろはミュージシャンの技術が著しく進歩しているのですが、前世紀だと、お手本のミュージシャンの音が収録されているカセットテープを無理やりスロー再生して耳コピーしていたのに対し、昨今はYouTubeなどで気軽に目でコピーできる。それがVRになれば、もっとリアルに演奏の手順も学べるようになるのかもしれませんね?
せきぐちさん:たしかに! 私がVRをはじめたころでも、すでに航空機の運転のシミュレーションなどでは実用化されていました。一昔前は、とてつもない高い予算を使って機材をつくり、パイロットの教育をしていたのが、VRによってより低予算でできるようになりました。
建築の分野でも、まだ完成していない物件の内観をシミュレーションしてみたり……モデルルームを建てるのもけっこうな費用がかかりますから。SDGsやサスティナブルという見地でも、貢献度は高いのではないでしょうか。
新しいテクノロジーとじつは好相性なアダルト業界
じゃあ、せきぐちさんの作品をヴァーチャルの世界で愛でるにはどうすればいいのか?──“VR超初心者”として、こんな素朴な疑問をぶつけてみた。
せきぐちさん:VR関連のシステム機器さえ最低限購入していただいたら、私がヴァーチャル上に建てた美術館などに招待することができます。その中で360度、絵を鑑賞しているような体感が得られるわけです。絵を鑑賞するだけではなく、「額縁の中に入る」こともできます。
──「VR関連の最低限のシステム機器」…とは?
せきぐちさん:「Meta Quest(メタクエスト)」というヴァーチャル・リアリティヘッドセットが一番手軽でハイスペックなのでおすすめです。ゴーグルとコントロ―ラーがセットになっているからパソコンに繋ぐ必要もありません。
これだけでいろんなことが一通りできます。VRアートもゲームも、世界中の人たちが一同に会って話すVRチャットも……。価格は「Meta Quest2」で5~6万円あたりでしょうか。
──それだけで大丈夫なんですか? この名前をビックカメラとかで言って購入すれば、それだけでせきぐちさんのアートをヴァーチャルで共有できるんですか?
せきぐちさん:はい。これだけで大丈夫です(笑)。お手軽にVRへ入門するツールとしてはベストだと思います。現時点では、パソコンやスマートフォンでの2D画面で観てもらうケースがメインになっているのですが……やはり、まずはVRの空間に入ってきてほしい。
高いレベルでデジタルに特化している人でも、パソコンやスマホの画面の平面に慣れてしまっているため、それが360度の立体に広がるということになると、意識する場所も違ってきます。これまでは確認できなかった床や天井や裏側なんかも意識するようになる。慣れるまでには多少の時間を要するかもしれません。
ただ、慣れてくると、アバターの手が触っている風の仕草をしただけで、ふわっとした感触の錯覚が生じることがあります。「VR感覚」だとか「ファントムセンス」などと呼ばれているのですが、こうしてヴァーチャルを通じて人間の感覚も変化していく可能性もVRには秘められているのです。
──VRをいち早く取り入れたのは、じつのところアダルト業界だったという話を聞いたことがあります。風俗の無料案内所では5年くらい前から、段ボール性の安価なゴーグルが置いてあったりして……。
せきぐちさん:身近で切実なニーズからテクノロジーが浸透していくというのはよくある実例です。アダルトはテクノロジーの進化を確実に加速させますから。相性は抜群なのでしょう。
──アダルトビデオのおかげで、家庭用ビデオデッキが爆発的に売れたようですしね(笑)。そのような背景も踏まえると、これからはもっと“ゴーグル”の所有率も上がってくるのでは?
せきぐちさん:でしょうね。スピルバーグの映画『レディ・プレイヤー1』みたいに、誰もがヴァーチャルで過ごすような世界は、まだずっと先の話でしょうが、当たり前のごとく「現実は現実で楽しみながら、VRはVRでカジュアルに利用する」という状況は、わりと近い将来に来ると予想しています。
──そのためにはゴーグルがもっと「オシャレで軽くなる」ことが大事だと個人的には思うのですが、いかがでしょう?
せきぐちさん:おっしゃるとおりです。いずれはウェアラブルなサングラス型のゴーグルも市場にどんどんと流れてくるはず……。すでにNreal(エンリアル)社や(元Facebook社の)Meta(メタ)社がサングラスタイプのスマートグラスを発売していますし。「レイバン」とコラボしたりもしているようです。
今のところ「かっこよさを追求すると機能が削ぎ落とされてしまう」のも否定できませんが、「カッコよく機能も優れたアイテム」が世に出てくるのも、もはや時間の問題です。
「転売」にもロイヤリティが発生するNFT
2021年3月に自身の作品が、NFTを通じ約1300万円で落札されたせきぐちさん。彼女のようなデジタルのアートを創作する者たちにとって、只今話題の「NFT」は避けることができない黒船的なシステムだという。だが、大半の人々にとってはまだ「いきなり日常に登場」した“得体の知れないモノ”としか捉えられていないのが正直なところだ。
──誤解を恐れずに申してしまえば、せきぐちさんは「NFTでVRアートを販売し、そこから収益の一部を上げている」──そういった認識で大丈夫なのでしょうか?
せきぐちさん:大雑把には間違っていないと思います(笑)。NFTによって私の作品が売れたのは事実ですし、それがけっこうな高額で、バンとニュースにもなりました……。
──とりあえずは「NFT」を知らない人にもわかるように解説してください
せきぐちさん:デジタルは基本、簡単にコピーできてしまうので、どれが本物なのかを判別するのが困難。こうした状況下で「これが本物です」「本人が発行したモノで本人が持参しています」という証明を「ハンコを押す」ようなかたちで担保してくれるのがNFTです。そして、その「ハンコのようなもの」は世界中誰でも確認することができ、絶対に改ざんすることもできません。だから信頼度も高くなるわけです。
──たとえば、自分のデジタル作品を売る場合は……?
せきぐちさん:最初に、ウォレットというWEB上で暗号資産の財布のようなものをつくれば、誰にも簡単にできます。そのウォレットから「NFTを発行する」ことができるのです。
プラットフォームは、日本発のNFTマーケットプライスの「nanakusa(ナナクサ)」や世界的なシェアを誇る「OpenSea(オープンシー)」あたりが有名。そのブロックチェーン上にアートなら自分の作品にNFT上の証明書をデータ化したものを付けてアップ(=登録)する。手数料(※=「ガス代」と呼ばれる。価格は変動的)はかかりますが、そうすれば世界中に自分の作品が“展示”されます。
──もし自分の作品が売れたら、どういう風にお金は入ってくるんですか?
せきぐちさん:手数料以外はすべて「イーサリアム(ETH)」(※人の手を介さずに契約内容を自動実行できるスマートコントラクトや、契約内容の改ざんを防ぐブロックチェーン技術などが備わったプラットフォームのこと)で入ってきます。
「OpenSe」だと手数料は(現時点で)2.5%(※比較的優しい部類の手数料額)です。そのまま「イーサリアム」にお金を入れていたらレートが上がったり下がったりするので、私の場合は、落札していただいたお金はすぐ円に変えました。
NFTは、その後に転売のロイヤリティも自由にパーセンテージを設定できるので、私は10%に設定しています。なので、私のアートを購入した方がそれをまたネット上で転売すると、私に10%のロイヤリティが入ってくる仕組みになります。転売によって儲けようと「投資」目的でNFTを利用される人も増えてきていますね。
──「転売」にもロイヤリティが発生するんですか!?
せきぐちさん:そうなんですよ。従来の絵画や小説などにはなかったシステムなので、とくにデジタルでなにかをやりたい私のようなアーティストにとってはありがたい、革新的なシステムなんです。
──クリエイターの皆さんにもいろいろと活用法がありそうですね?
せきぐちさん:あります! 私に関しては、ほとんどが一点モノですが、たとえば、AIでつくったすべてが違ったアイコンのようなものを1万個バンとアップする。日本だと「ギャルバース」という草野絵美さんによるプロジェクトである8888個のコレクタブルNFTコレクションが有名です。
あと、アメリカ発の「Bored Ape Yacht Club(=BAYC/ボアード・エイプ・ヨット・クラブ)」というサルのアイコンを使ったNFTプロジェクトは、そのアイコンを持っていることが「セレブリティの証」のようにもなっています。高級な時計やスポーツカーなどでは、一部の人にしかそれを見せることができませんが、アイコンだったらインターネット上で世界に発信でき、承認欲求も満たされやすいのが魅力です。
──現状におけるNFTの問題点は?
せきぐちさん:まだまだ法整備ができていないので、なにが正解なのかがわかりづらいのが(現状での)一番の問題点だと思います。私は個人レベルで利用しているので、弁護士さんや税理士さんとともに「こうあるべきなのかな?」……と試行錯誤しながら取り組んでいますが、企業や大きなIPキャラクターを持っている方々は、やはり手を出しにくい──様子見の状況なのではないでしょうか。
NFTはメタバースともよくセットで語られがちなんですけど、じつは全然別の技術です。しかし、VRが流行ればデジタルの世界への入り口ももっと広くなって、そこにNFTが絡んでくる……と、相乗効果が生じるのは間違いありません。なので、VRアートもNFTという新しい経済圏が発展していけば、おのずとより身近に接することができるようになるはずです。
──ありがとうございます! では、最後に。Beyond世代の読者に向けてメッセージをお願いします。
せきぐちさん:VRもNFTも過去にはない、自分たちでこれから切り開くことができる世界──「こうなっていくよ」というような情報に付いていくのではなく、「自分から新しい世界を創っていく」「一緒になにか楽しいことをしましょう」という感覚で、積極的にチャッレンジしてもらえたらうれしいですね。
お金目的だとしばらくは不安定で危険なのかもしれませんが、Z世代の人たちって、お金目的の人って案外少なく、「やりがい」や「楽しさ」に重心を置く人が多い気がする。そして、そういう気持ちで入ってきた人たちが、本当に新しくて面白いモノを生み出していくのではないでしょうか。
せきぐちあいみ
クリーク・アンド・リバー社所属。滋慶学園COMグループ VR教育顧問、Withingsアンバサダー、福島県南相馬市「みなみそうま 未来えがき大使」一般社団法人Metaverse Japanアドバイザーを務める。VRアーティストとして多種多様なアート作品を制作しながら、国内外でVRパフォーマンスを披露。2017年にはVRアート普及に努め、世界初のVR個展を開催。2021年3月に自身の作品が約1300万円で落札された。Forbes Japanが選ぶ2021年の顔100人「2021 Forbes JAPAN 100」にも選出。
Photo:佐山順丸