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世界一意識低いクラシック名曲アルバム

映画「2001年宇宙の旅」のイントロを作曲。シュトラウスに学ぶ“鬼嫁”との付き合い方

author: 渋谷ゆう子date: 2022/08/14

クラシックの作曲家が女たらしでお金にだらしなく、まともな生活も送れない、鬼畜、人でなしのように書き連ねてきたこのコラム。だが、男性作曲家をこき下ろすばかりで、そろそろ本当に申し訳なく、たまには作曲家を悩ませた女性のほうにもスポットを当ててみようと思う。クセモノ作曲家に惹かれる女性たちもまた、それぞれに強力なキャラクターの持ち主が多いのだ。中でも鬼嫁として名高いリヒャルト・シュトラウスの妻パウリーネは、強烈な逸話の数々を今に伝えている──。

リヒャルト・ストラウス

1864年(0歳)
バイエルン王国のミュンヘンで生まれる

1870年(6歳)
作曲を始める

1855年(21歳)
指揮者の職を得る

1894年(30歳)
ソプラノ歌手 パウリーネと出会う

1903年(39歳)
「家庭交響曲」作曲

1941年(77歳)
最後のオペラ「カプリッチョ」完成

1949年(85歳)
ドイツで死去

指揮者兼作曲家として活躍したリヒャルト・シュトラウス

スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』の冒頭に流れるあの壮大で雄々しい楽曲、交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」で有名なリヒャルト・シュトラウスは、1864年にドイツのミュンヘンで生まれた。

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父は音楽家で母は事業家の娘という恵まれた家庭で育ち、早くから音楽教育を施された。12歳ごろに作曲した作品は今も残っているなど、その才能は早くから開花していた。21歳で、当時ドイツの名指揮者であったハンス・フォン・ビューローの後任の地位を得て、指揮者として活動するようになる。作曲家としても24歳の時の作品、交響詩「ドン・ファン」が出世作となり、音楽界でその名声が高まっていく。

ちなみにこの「ドン・ファン」はいわゆるプレイボーイ、好色男、女たらし、ダメ男の代名詞として使われるあのドンファンである。色恋に忙しい男が貴族の娘を誘うが、その際に娘の父親を殺してしまい、その亡霊にそのあと悩まされるという物語である。モーツァルトもこの話から着想を得たオペラ「ドン・ジョバンニ」を作っている。その他多くの作家がこれを元に戯曲などを作っている。この話、ほんとに好きですよね、男性諸君。プレイボーイは永遠の憧れなのか。若きリヒャルトもこの話に惹かれ、ドンファン的なものに憧れを抱いたのかもしれないが、現実はそこには連れて行ってくれなかった。悲しいかな、才能ある若き作曲家で指揮者の彼を待っていたのは、強烈なキャラを持つ鬼嫁に虐げられて生きる道だった。

鬼嫁パウリーネとの出会い

1894年30歳のリヒャルトは、バイロイト音楽祭でオペラの指揮をして、そこに出演していたソプラノ歌手のパウリーネに出会ってしまった。たちまち恋に落ちたかどうかは知らんけども、なんだかんだいって二人は音楽でも繋がりを持ち7年の師弟関係と男女交際の後、無事結婚を果たす。そんなに長く付き合って結婚したのだから、リヒャルトもパウリーネの性格も当然理解していたはずなので、鬼嫁が家にいてもそれは夫のせいなのである。

妻のパウリーネ

パウリーネは1863年生まれ、リヒャルトのひとつ年下である。厳格な軍人であった父と家庭的な母との間に生まれたらしい。ワイマールやバイエルンといった名門オペラ劇場で歌う才能豊かな歌手であった。リヒャルトもその歌唱力を評価しており、妻に歌わせることを念頭に作曲を行ったりした。「ツェツィーリエ」などの名曲を含む作品27の歌曲は、結婚の記念にパウリーネに贈った作品である。愛があるのだ。

そんな愛妻パウリーネの気性は同じ女性の私から見ても相当のものである。天気の急変を夫のせいにして当たり散らしたり、夫の新作のオペラ上演を見て、人前でその出来栄えをこき下ろして怒鳴りまくったりと、その感情の起伏の激しさと、激昂する着火点の低さは感心するレベルである。エネルギーがすごい。リヒャルトも「うちの奥さんの気分は秒で変わるし、性格ひねくれてるし、マジでやばい(意訳です)」とぼやいていたという。激昂する妻を友人が諌めようとしてくれても、リヒャルトは「そんなことしたら、怒りがますます収まらないし、かえって自分のところにさらに雷が落ちてくるので、何もしないで。嵐が過ぎるのを待つのがいいんだよ」と答えていたという。なんかもう可哀想を超えて哀れである。

痴話喧嘩もネタする天才肌

さらにパウリーネはお金にも厳しく、夫の手持ち現金を徹底的に管理、つまりお小遣いをほとんど渡さないという所業に出た。これにはリヒャルトもさすがに困っていたようで、オーケストラの奏者と賭けゲームをして小銭を稼いだ。売れっ子作曲家とは思えない。

これだけ虐げられたら逃げ出したくならないのかと思うのだが、そこは夫婦の面白さであり摩訶不思議な部分であるが、周りが心配するほどには家庭は崩壊しておらず、ふたりの間には子供も二人生まれた。さらには、なんとリヒャルトは自分のこの騒々しい家庭生活をネタにして、「家庭交響曲」という作品を生み出した。これが名作なのだ。

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この「家庭交響曲」はオーケストラで演奏される40分にもなる大作である。冒頭は穏やかで平和そうな雰囲気ではじまり、子供が遊んでいるような優しい箇所もあり、母親の子守唄もある。ところが後半は子供が泣いたり、夫婦が喧嘩したり、またなんとか落ち着きを取り戻したりと、目まぐるしく気分が上下する様が表現される。最後はヒステリックに怒鳴り散らすような高音域ヴァイオリンがひっぱり、管楽器が大音量で鳴り響き、これでもかというほど熾烈で緊張感のあるクライマックスを用意した。とはいえ、最後にはこの夫婦喧嘩と家庭騒動もなんとか落ち着いてめでたしめでたし、かどうかはわからないが、とにかく今日の嵐はとりあえず過ぎ去ったかのように終わる楽曲である。個人的な感想を素直にいうならば、私は他人のプライバシーのなにを聞かされたのか、と思わなくもない。しかしこれがまた素晴らしい出来栄えの楽曲で、こんな痴話喧嘩を壮大な音楽にできるなんてやっぱリヒャルト天才とも思う。

青年期のシュトラウス

この作品に対して、夫から妻への悪意ある仕返しという評論もあるが、私はそうは思わない。本当に心から妻を憎んでいたら、まずもって自分が精魂込めて作品にまで昇華させる気にもならないのではないかと思う。ネタにできる程度には客観視していたわけだし、さらには妻のほうも、とりあえず作品として認めているわけで、夫婦仲の良さを見せつけられているような気さえする。本当に妻に悪意があったとしたら、無視するか距離を置くか、自分の作曲活動に本当に邪魔になるからといって、妻を遠ざけることはできたはずだ。離婚が難しいとしても。でもリヒャルトは違った。どれほど気分屋の妻に怒鳴られ八つ当たりされ、ヒステリックに叫ばれたとしても、「あれで女性らしいところもあるんです」と庇い、「そんな妻でも私には必要なんです」と周囲に言い訳のように言ったという。なんだこの大きな愛は。

鬼嫁の存在が数々の偉業を後押し!?

確かにパウリーネはお金に厳しく、夫の作品を貶したかもしれない。しかし一方で、リヒャルトは第一次世界大戦、第二次大戦という激動の時代を作曲家として生き抜き、今でも何度も上演される名作「エレクトラ」や「サロメ」といった新しい作風のオペラ、そして「薔薇の騎士」というクラシカルな王道オペラも残した。さらには作曲家の著作権収入を取り続けるシステムを社会で構築し、作曲家がしっかり作品で稼いで生きていける道筋を現代につなげた。しっかり稼げと喚き散らす妻が後ろにいたからこそ、これだけの偉業が達成できたのではないか。

1945年に撮影された、オペラの台本を読むシュトラウス

パウリーネはなんと幸せな女性だろうと思う。自分に素直に感情のまま生きて、夫に愛された。自分をよく見せて取り繕って生活することなく、気分で夫をなじって喚いても、そんな側面も凌駕する何かの魅力が彼女にはあった。普通なら、彼氏や恋人に嫌われたくなく、夫婦関係をなんとか穏やかに過ごさなければと、妻の側も我慢や妥協を強いられる。しかしパウリーネは全くそんな忖度もなく、つねに自然体で夫を乗りこなし、地位と名誉と財力を得た。う〜ん。なんだか同じ女性としてうらやましすぎて納得できない。好き勝手してもこんなに愛されるとか、前世でどれだけ徳を積んだのかパウリーネ。リヒャルトの今世は多分修行なんだな、うん。そうに違いない。そうでも思わないとやりきれない感がこの夫婦にはある。 さて、今回は壮大な夫婦喧嘩でありながら、なんだか他人の惚気を見せつけられるという腑に落ちない話でございました。作曲家界隈には、そんな夫婦もいましたよ、ということで、読者諸氏の何か生きる上での参考になれば幸いです。

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音楽プロデューサー
渋谷ゆう子

株式会社ノモス代表取締役。音楽プロデューサー。執筆家。オーケストラ録音などクラシック音楽のコンテンツ製作を手掛ける。日本オーディオ協会監修「音のリファレンスシリーズ」や360Reality Audio技術検証リファレンス音源など新しい技術を用いた高品質な製作に定評がある。アーティストブランディングコンサルティングも行う。経済産業省が選ぶ「はばたく中小企業300選2017」を受賞。好きなオーケストラはウィーンフィル。お気に入りの作曲家はブルックナーで、しつこい繰り返しの構築美に快感を覚える。カメラを持って散歩にでかけるのが好き。オペラを聴きながらじゃがいも料理を探究する毎日。
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