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世界一意識低いクラシック名曲アルバム

女は男の何に惹かれるのか? 型破りな作曲家シェーンベルクの生き様から考える

author: 渋谷ゆう子date: 2024/04/22

「月に憑かれたピエロ」や「浄められた夜」など、心の奥底の引き出しにしまっている黒歴史的思春期衝動をこじ開けられそうな秀逸なタイトルの曲を作ったアルノルト・シェーンベルク。それまでのクラシック音楽とは全く違う、新時代の音楽を作った作曲家です。そんな彼には別の芸術家と不倫して出て行き、結局戻ってきた妻がいました。彼の生き様から、女は男の何に惹かれるのかを考えるというのが今回のテーマです。

アルノルト・シェーンベルク

1874年(0歳)
ウィーンに生まれる

1899年(25歳)
「浄められた夜」作曲

1901年(27歳)
マティルデと結婚

1908年(33歳)
妻が家出・「弦楽四重奏曲第2番 嬰ヘ短調」作曲

1951年(75歳)
ロサンゼルスで死去

作曲だけでなく絵画の才能も

1874年、シェーンベルクは職人の父、ピアノ教師の母との間に長男としてウィーンで生まれました。8歳頃にヴァイオリンを始め、その後チェロを弾くように。また子供の頃から作曲もするなど音楽的才能は早くから開花していたようです。父親が亡くなって経済的に苦しくなった一家のため、17歳からは銀行で働き始めます。しかし音楽への関心は尽きず、アマチュアとして音楽を続けていました。そして、21歳からは本格的に作曲家として生きていくようになります。

その後、音楽の師である作曲家アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキーの妹マティルデと結婚。夫婦の間には可愛い子供ふたりにも恵まれて、シェーンベルクの作曲家としての評価も上がり、幸せな時期を過ごします。

ちなみにこのツェムリンスキーの元恋人が、のちに作曲家マーラーの妻となってあれやこれやの恋愛悲喜劇を繰り返した女の中の女、あのアルマです(『交響曲の大家「マーラー」に学ぶ、年下妻を手懐ける難しさ』参照)。アルマはツェムリンスキーの音楽の弟子でもあったわけで、妹のマティルデと影響を与え合っていてもおかしくはありません。いいですね、こういう女同士が生き様を影響し合うのは。生きづらい男社会の中での共存共生互助作用です。ともあれ、こうしてシェーンベルクはまぁまぁ、いろんな意味で革新的で奔放な妻を得ていたわけでした。

時は19世紀末、ウィーンでも新しい芸術の時代が花開き始めた時期にも重なります。シェーンベルクは元々、ブラームスを大変尊敬していて、作曲家になった当初はそれまでの作曲方法に倣った調性のあるクラシック音楽を作っていました。クラシック音楽といえば、楽曲タイトルが長くて番号ついていて、意味不明なイ長調だのホ短調だのという種類までご丁寧付いています。これがまず「クラシックはわからん」ということになりがちなのですが、シェーンベルクはこの○○調という考え方を取っ払って、めちゃカッコいい(個人の感想です)楽曲を作り始めました。

また、シェーンベルクは音楽家としてだけでなく、この新しい風が吹き始めたウィーンの新進気鋭画家たちとも交流を持ち、自分でも絵を描き始めるのでした。シェーンベルクの才能はそのどちらにも開花し、一流芸術家としてその名前を大きくしていきます。

妻が若き芸術家と不倫

なんていうと、めちゃめちゃ順風満帆な感じですが人生はままならず、我らが作曲家界隈はそんな平凡な人生を送らせてくれるほど甘くないのです。仕事が順調なら家庭に問題。シェーンベルクの友人のひとりで画家のリヒャルト・ゲルストルとシェーンベルクの妻マティルデが不倫関係になってしまうのです。

ゲルストルが描いたシェーンベルクの肖像画

ゲルストルは素行不良なところもあり、当時の政治に迎合しない反骨精神もあったり、美術を学ぶ学校から退学処分になったこともあったりという、まぁ若い時にありがちな、反抗的な悪さが魅力の男です。実家も裕福なユダヤ人商人とあって、食うには困らず、好きな音楽と美術をとことん追求してしまう若いイケメン(かどうかは不明確。筆者調べ)で、同じく芸術に囲まれて生きていたマティルデもすっかりのぼせ上がってしまいます。ついに2人は恋の炎にバンバン燃料をぶちこんで、家庭を捨てて駆け落ちまでしてしまうのでした。このへんの勢いがマーラーの妻のアルマにも通じますね。

とはいえ、やっぱりこの画家と作曲家妻の燃え上がる恋は長続きせず、たった数ヶ月の家出でマティルデは夫シェーンベルクの元に戻りました。いくら周囲からその恋を反対され、シェーンベルクの元に戻るように説得されたからといって、恋を捨てるにはそれなりに理由が必要です。

その頃のシェーンベルクといえば、これまでの弦楽四重奏曲の概念を一新させた「弦楽四重奏曲第2番」を作っていました。

ヴァイオリン2本と、ヴィオラ、チェロの弦楽四重奏にソプラノの独唱を加えた全く新しい編成で、現在でも人気も評価も高い名曲です。シェーンベルクはこの曲に、「妻へ」と賛辞をつけました。なんやかんや言っても許しちゃえるくらい、シェーンベルクもマティルデを妻、そして自分の子供達の母として必要としていたんだなという、簡単にいえば“元サヤ”な良い話です。

女を魅了するのは才能と作品

しかし一方で、恋人に去られた可哀想な若きゲルストルは、絵画界でも自分の才能をなかなか認めてもらえず、さらにシェーンベルクの妻と逃げたことで孤立し、芸術的にも成功の道筋が見えてこないことに絶望します。マティルデに去られてすぐ、燃え上がる恋の手紙を物理的に燃やし、ついでに自分の作品の多くにも火をつけました。そしてさらに悪いことには、鏡の前で首を吊って、それでも死に切れず最後は自分を刺し殺すに至るのでした。若干25歳のエキセントリックな芸術家の性格が、最期にこうした結末をつけてしまうのはなんとも悲しいことです。

そんな悲劇がありつつも、シェーンベルクはこの後もしっかりとさらに新しい作曲手法を生み出し、今に続くいわゆる“現代音楽”のカテゴリを作り出すひとりになります。調性のない、つまり無調といわれる分野、不協和音、メロディがどこだかもわからない無旋律っぽい曲、複雑怪奇な変拍子。難解が故に人を強烈に惹きつける魔力的な楽曲の数々を、人生のさまざまな出来事の中で生み出し続けたのです。

シェーンベルクと妻マティルデ

一旦は作曲バカ(褒めています)に見切りをつけて、才能溢れたちょっと偏屈な若い画家の沼に溺れてみたけど、結果、夫の元に帰ったマティルデ。彼女からしてみたら、自分のそばでせっせと新しく素晴らしい音楽が生み出される環境は飽きることなく、好奇心を心底満たしてくれる生活だったに違いありません。芸術に関心の高い女が惹かれるのはその人自身だけでなく、その才能とその“優れた”作品です。その点シェーンベルクは最高でした。なぜなら彼の作る音楽は他の誰とも違う、全く聞いたことがない種類のものなのですから。

絶望の中で、自分のせいで亡くなってしまったかつての恋人について、マティルデの中にももちろん一定の心の痛みはあったに違いありません。しかし数年、数十年たったらきっとマティルデも「そんなに私を好きでいてくれた恋人がいたのよ。自分の命を投げ出すほど」なんて言っていた気がします。既視感ありますね。そうです。映画『タイタニック』の生き残ったあの老女と同じシチュエーションです。こうした女の怖さは、愛と芸術のそばにあったりするわけです。

眩しい芸術のそばいたら、他のことは記憶にも残らない

筆者も若かりし頃、初めて訪れたウィーンで、最初に行った名所が金ピカの楽友協会でもなければ、シェーンブルン宮殿でもなければ、シェーンベルクの住居跡の博物館「シェーンベルク・センター」でした。当時のボーイフレンドが芸術熱の高い人で私をそこに連れて行きたかったということなのですが。その時見たシェーンベルクの工作部屋のような一風変わった作曲部屋も、えげつないほど眼力が強すぎる自画像も忘れることができません。

シェーンベルク「青い自画像(1910)」

でもその時一緒に行ったボーイフレンドのことはもうほとんど覚えていません。っていうか、このコラム書こうと思うまで忘れていました。マティルデの例でいえば、シェーンべルクほどの眩しい芸術のそばにあったら、他のことは記憶にも残らない、ということに尽きるのかもしれません。女って怖いですね。

そんな生き様のシェーンベルク、今年は生誕150年のアニバーサリーイヤーです。世界中でさまざまな曲が演奏されますので、ぜひ一度コンサート会場に足を運んで聞いてみたくださいね。

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音楽プロデューサー
渋谷ゆう子

株式会社ノモス代表取締役。音楽プロデューサー。執筆家。オーケストラ録音などクラシック音楽のコンテンツ製作を手掛ける。日本オーディオ協会監修「音のリファレンスシリーズ」や360Reality Audio技術検証リファレンス音源など新しい技術を用いた高品質な製作に定評がある。アーティストブランディングコンサルティングも行う。経済産業省が選ぶ「はばたく中小企業300選2017」を受賞。好きなオーケストラはウィーンフィル。お気に入りの作曲家はブルックナーで、しつこい繰り返しの構築美に快感を覚える。カメラを持って散歩にでかけるのが好き。オペラを聴きながらじゃがいも料理を探究する毎日。
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