金谷さんが(株)インターナショナルシューズと共同プロデュースして製作した新作スニーカーが3月11日、クラウドファンディング『Makuake(マクアケ)』から先行販売された。「靴下でアレンジできること」を“売り”とする、オリジナリティに溢れる革新的なデザインのスニーカーであるらしい。
(株)インターナショナルシューズの若き3代目・上田誠一郎さんとは、金谷さんが講師とアドバイザーを務める大阪府主催の商品開発プロジェクト『大阪商品計画』で偶然知り合って以来、意気投合した仲──今回は、その誕生秘話から上田さんが靴づくりに注ぐ愛情、業界の今後……まで、お二人にたっぷりと対談していただいた。
(株)インターナショナルシューズは、1954年に上田さんの祖父が創業した、「婦人靴のOEM(※1)」「自社スニーカーブランド『brightway』製造・販売」「他工場からの外注加工」の3つを主要業務とする、大阪市浪速区に本社を置く従業員9人の企業である。一見では従来の靴メーカーと変わらぬ業務内容のようだが、工程がまったく異なってくるため、メンズにも向けたスニーカーとレディースのパンプス両方を一つの工場がつくっているケースはじつのところ、かなり稀なのだという。
※1=納入先商標による受託製造。他社ブランドを製造する業務、もしくは企業のこと
金谷:2019年に『大阪商品計画』で開催された講演の途中で、上田さんから「本格的にメンズ展開をしていきたい」と言われたときは、内心「むずかしいだろうな…」と危惧していました。「インターナショナルシューズさんは婦人靴の会社」だと伺っていたし、長年、婦人靴のリソースでやってきたメーカーが、次の違うものづくりへと移行した前例は僕が知るかぎり、ほとんどないからです。
上田:私が入社した2015年は、まだ弊社は婦人靴のOEM業務が100%でした。しかし、2013年ごろから女性のあいだで「ガウチョパンツとニューバランス(もしくはスタン・スミス)」が大ブームになりまして、一気に婦人靴業界が落ち込んでしまい……。それまでは「女性の足元にスニーカーを合わせるのはダサい」という風潮もあったのですが、このトレンドによって「スニーカー=オシャレ」と女性のマインドがスイッチし、パンプスのイメージも変わってきたという経緯があるんです。
上田:さらに、コロナ禍によって、女性が着飾って出歩く機会が圧倒的に少なくなったという状況も重なって……。2016年には、2社あったメインクライアント様の1社が倒産してしまい、さらなるボディブローを食らいました。そこをきっかけに「自社の商品を開発しなければ、会社が持たない」という考えに至りまして、2017年に『ファクトリエ』という「日本の工場とお客さまをつなぐD to C」のブランドと組んで、弊社でははじめて自社の名前が出る商品を世に出すことになりました。それがインターナショナルシューズの自社ブランド『brightway』の礎(いしずえ)となったわけです。
金谷:上田さんが家業に戻ってきたばかりのころは、どんな状況だったんですか?
上田:正直申して、非常に厳しかったですね(笑)。私が入社したのは秋冬のオーダーが入る時期でしたが、注文は前年の売上の半分以下で、社内はぐちゃぐちゃの状態でした。父も精神的にまいって離脱してしまい、入社1ヶ月でいきなり経営を任されてしまいまして……。
金谷:うわ~、大変だ! でも、そんななかでよく自社ブランドを立ち上げる、しかも「メンズ向けのスニーカーに進出しよう」という英断をなされたのが信じられない(笑)!
上田:自社ブランドを立ち上げるにあたって、当初はレディースを考えていたんですけど、次第に「自分たちが本当に欲しいものをつくりたい」という願望が強くなり、メンズにチャレンジしてみようってことになりました。
金谷:はじめて『brightway』さんが開発したスニーカーを見たときは心底驚きました。「ええっ! これどうやってつくったの?」って。非常に興奮したのを覚えています。
たとえば、コンバースなど大手のメーカーは、バルカナイズ製法(※2)でスニーカーをつくっているのですが、それに必要となる設備を揃えるには途轍もないお金がかかり、小ロットでの製作は不可能ですから。こうした実状下で、インターナショナルシューズさんは靴の本体とソールを一足ずつ接着するという、まったく違ったアプローチの手法でスニーカーづくりを実現させたわけです。
※2=もっとも基本的なスニーカーのつくり方。アッパーとソールを定位置にセットしたのち、その間に固まる前の生ゴムを流し込んで接着。大量のスニーカーを硫黄で満たした釜で熱と圧力をかけることでアッパーとソールを隙間なく圧着せさる製法
上田:私どもがスニーカづくりに採用しているのは「セメンテッド製法」と呼ばれるもので、パンプスにも使われている接着法です。
木型(きがた)、またはラストという靴の原型に「中底(なかぞこ)」というボードを当てて、被せたものを引っ張って密着させます。そのあとに靴本体とソールを接着します。それだけだと補強が弱いので、飾りという面も加えてステッチで止めていく製法です。さまざまな試行錯誤を重ねたうえで、これなら私どもの工場でもつくることができる…と確信できました。
金谷:近年は、日本でもセメンテッド製法を採用する企業はぼちぼちと出てきたけど、インターナショナルシューズさんのように一からやっている工場は、せいぜい10社あるかないか……。なので、なおさらびっくりしてしまいました。
上田:たしかに、ヨーロッパのほうでは徐々に増えてきていますけど、(日本だと)まだそう多くはありませんね。ただ、バルカナイズ製法にも欠点はあります。200度くらいの釜にスニーカーを入れ、ゴムを膨らませるため、レザーは高温にも耐えられる特殊なものしか使えない。対するセメンテッド製法は素材を選びません。どんな素材にも対応できる。
金谷:『brightway』さんが最初に開発したスニーカーは、消費税込みで2万8600円……でしたっけ?
上田:はい。私どもがこの価格に設定した理由は、大きくは2つありまして……。一つは、自分たちが戦うマーケットは海外──「イタリアあたりから入ってくる5~6万円の高級スニーカーと勝負したい」という想いがあったこと。もう一つは、靴業界に古くからある「2万円以上の靴は(一部の層にしか)売れない」という、謎の「2万円の壁」(苦笑)にあえて挑戦してみたかった。
阪急や伊勢丹のメンズ館に行けば10万円クラスの海外ブランドスニーカーもたくさん置いていますし、いい商品であれば、この価格帯でも十分戦えるのではないか……と。
また、弊社は自社での一貫生産なので、ワンストップの生産で余計なコストを抑えられます。そのため、品質は高いけど価格を抑えたスニーカを提供できているという自信があります。そうすることによって、靴づくりのプロセスにおいてかかわってくださっているいろんなサプライヤー様とともに成長できるのはないか……とも考えております。
金谷:他の工場は「分業」が基本ですしね。あと、3万円を切るくらいの価格帯にあるレザースニーカーって、案外ありそうでないですから。スタンスミスなどの1~2万円あたりか高級スニーカーの6~7万円か……その中間帯の層は品薄だという事情も好材料の一つなのかもしれない。
ちなみに、サイズ展開は? 0.5センチ刻みでつくらなければならないから、型もいっぱい必要になってくるでしょ?
上田:現在は、レディースとメンズ合わせて11サイズに絞っています。
金谷:それって、少なくない(笑)?
上田:いや、これだけでほとんどのお客さまに対応できます。前職である『かねまつ』様時代の接客を通じて培ってきた「要最低限なサイズ」なので……。
金谷:なるほど! そこらへんの課題点も「MAXのサイズだけに限定して刻むこと」で解決し、出口を見つけたのか……。職人さん一筋の人だと、そういう発想はなかなかできない。販売の経験がここで活きてきているわけですね。そこもひっくるめてすごい!
靴下でアレンジできる、新作スニーカー
──今回の新作スニーカーは、金谷さんとインターナショナルシューズさんの共同製作とのことですが、「これをつくろう!」となった経緯を教えてください。
金谷:何度かの機会を経て、上田さんと知り合ったころ、ちょうど新型コロナショックが来まして……。2020年、某ビジネス番組にぼくが出演したとき、エゴサーチついでにツイッターを軽い気持ちでチェックしていたら……たまたま「桑沢デザイン研究所(専門学校)の卒展が中止になった」というツイートを見つけたんです。しかも、準備も設営も終わっていたにもかかわらずの、急な中止だったみたいで……。
学生さんにとって「卒展」は集大成なわけで、相当落ち込んだり荒れてしまった子もいたみたいなんですけど、「せめて卒展の作品を自分たちでSNSに投稿しよう」という動きになって、「#桑沢2020」のハッシュタグで一気にその作品群のデータが拡散したんです。そして、そのうちでバズっていたいくつかのうちの一つが「靴下でアレンジできるスニーカー」でした。
上田:そんな奇跡的な「出会い」だったんですね(笑)?
金谷:そうなんですよ(笑)。とにかく、それを見て面白いとぼくは思った。「これ商品化したら?」みたいなリプライも多く、大人(=企業)からもそういう声がいくつか上がっていました。
でも、それは早い話「学生さんがお金さえ払ってくだされば、ウチが受注しますよ」ってことで、「そんなん出せるわけないやろ!」とスマホに向かって突っ込んでいたら、ふと上田さんのことを思い出して、なにか一緒にできたらいいな……と。ロットが少なくても大丈夫ともおっしゃっていましたから。
さっそく、その話を持っていき、そのデザイナーである学生さんとの仲介役をやってみたら、上田さんも二つ返事で乗ってくださって……。
ぼくも、自分が教えている学生さんならまだしも、ツイッターで知り合った学生さんと一緒にコラボするのは初体験だったんですけど……まあ、いろんな意味でタイミングがばっちりとハマったのでしょう。
上田:少なくとも私には絶対に思いつかない斬新なアイデアだとワクワクしました。こういういきさつで金谷さんとご縁をいただいたというのもありましたし、靴屋としての固定観念に縛られることなく、積極的にトライしてみよう……と。デザインを見て、意表は突かれましたが、はなっから「できない」という感覚ではなかった。
金谷:ぼくは「ああ、この人とこの人は合うだろうな」と感じたら、俄然くっつけたくなるんです。おせっかい焼きのおばちゃんみたいな……(笑)。そういうポジションがぼくには向いているのかも?
上田:そこで私どもにお声掛けいただけたのは、まことに光栄です(笑)。
金谷:(遠くを見つめながら)でも……いくつかの試行錯誤もありましたね?
上田:ですね。とっかかりはわりと早かったんですけど、いざやってみると、もっとも苦労したのが素材の問題。靴下が透ける部分に、どのPVC(=ポリ塩化ビニールの一種)を使うのか……を選ぶのが大変でした。
まずは、ツヤツヤの完全透明なものを使ったのですが、どうもカジュアルすぎる……。次に、高級感のあるマットな素材もいくつか試してみたのですが、薄すぎてちぎれてしまったり、逆に分厚すぎてミシンの針が通らなかったり……と、程よい厚みで適度に屈曲してくれる素材になかなか辿り着けなくて……。
「実際にスニーカーパーツを組み合わせ、製造ラインに入れたときに問題がなく、なおかつ商品として一番美しいたたずまいとなること」を考えるのが私どもメーカーサイドの仕事ですから。
金谷:靴下が見えつつも、シューズとしての美観を保ちながら、「歩く」という機能もしっかりと果たす──このバランスを高次な地点で成立させるのは並大抵の努力ではできない。シンプルなんだけど突き詰めれば突き詰めるほど……スニーカーって、奥が深い!
上田:さらに、細かい部分なんですけど、今回の新作だけではなく、『brightway』のスニーカーには靴紐の「ハトメ」(=紐を通す穴についている補強用のリング状金具)が付いていないんです。
ハトメを付けると一気にカジュアルテイストになってしまい、私どもが目指す「大人が履きたい上質なスニーカー」とは少々かけ離れてしまいます。ですから、靴紐でぐいぐい引っ張っても破れない特殊なコーティングを施しております。
金谷:へえ~、ハトメ一つでもそこまで見え方が変わってくるんだ! ぼくも常に勉強させてもらってます!
上田:新作スニーカーはハスさんや金谷さんとのコラボレーションブランドで、ブランド名は『Day Frame(デイ・フレーム)』です。定価は2万7000円。3月11日からクラウドファンディング『Makuake』で先行発売をさせていただきました。
金谷:クラウドファンディングを積極的に活用するあたりも、老舗のメーカーにはない「フットワークの軽さ」だなぁ……。
上田:私どもがスニーカーづくりに参入したばかりの2~3年ほど前と現在とでは、かなり販売のメカニズムが変わってきておりまして……。『brightway』は「先行予約販売」をメインとしております。いきなり100足の在庫をつくって新商品販売の告知をするのではなく、わかりやすい表現をすれば「こういう商品をつくってみました。欲しい人は手をあげてください」と試着サンプルだけを用意して、実際に履いていただいてから発注をいただく「受注生産」です。
これまでの靴業界の商いは「つくったものを売る」のが通常だったのですが、『brightway』では「売れたものをつくる」という商売形態を、思い切って採用してみました。
──今回の新作スニーカーを、お客さまにはどう手に取ってもらいたいですか?
上田:ファーストインプレッションでデザインを気に入ってもらい、「かわいいな」「かっこいいな」と感じてくだされば……。できれば、外見に加えて『DayFRAME』の背景やストーリーにも共感してもらえたら、よりうれしいですね。
金谷:このたび、いろいろと上田さんとご一緒させていただき、あらためて「靴に込められたあくなき職人魂」を実感しました。その“愛情”をじっくりと味わいながらそのオシャレさと履き心地を堪能してもらいたいですね。
上田誠一郎(うえだせいいちろう/写真右)
1987年大阪府・大阪市浪速区生まれ。東京の大学を卒業後、日本の高級婦人靴ブランド「銀座かねまつ」を展開する株式会社かねまつに入社し、約5年間販売と店舗運営に携わる。同社を退社して2015年、父が代表取締役社長を務める株式会社インタナショナルシューズに入社し、家業を継ぐことに。2020年3月にはスニーカーブランド『brightway』を立ち上げる。現在は専務取締役・兼brightwayブランドディレクター。
Text:山田ゴメス
Photo:佐坂和也