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金谷勉と巡る日本のすごい職人列伝

“装飾と補強”を兼備する無数の文様を刻む錺職人・塩澤政子

author: 金谷 勉date: 2021/05/18

――今の時代には耳慣れない……錺金具、錺仕事、錺職人という言葉。錺は“かざり”と読み、辞書によると“金属に施した細かい飾り”を意味し、“金で芳しいまでに装飾する”ことからつくられた文字だという。どういったものを指すのかというと、社寺建築やお城などの和金物——擬宝珠(*手すりや欄干につけられる飾り)、六葉(*釘を隠すもの)、破風飾り(*屋根の破風下を飾るもの)、襖の引き手金具など。はたまた、御神輿のてっぺんの鳳凰や、屋根の蕨手や吹返し巴……といったら思い浮かぶだろうか?

 錺職人とは、真鍮や銅、銀といった金属に、鏨(たがね)と呼ばれる道具を用いて、“装飾と補強”を兼ね備えた文様を刻む職人さんのこと。その技術の起源は遠く、仏教が伝来した飛鳥時代のこと。以来、建築をひそかに、かつきらびやかに支える技術は今なお脈々と受け継がれている。

 今回登場してくださるのは、東京・墨田区で81年。錺職を営む「かざり工房しおざわ」の塩澤政子さん。創業者であるお父様・塩澤幹さんの御神輿の錺金具づくりの技を継ぎ、より身近な品をつくるプロフェッショナルだ。

当連載の案内人、金谷さんが惚れ込んでオーダーした純銀製の名刺入れ。凄みある存在感だが、そっと寄り添うぬくもりが感じられる。

猛烈に欲しくなり、
その場でオーダーした錺仕事の特注品。

金谷 塩澤さんとはじめてお会いしたのは、僕ら(*セメントプロデュースデザイン)がまだ青山にいるときですよね?

塩澤 はい。「すみだモダン(*墨田区の地域ブランド戦略で認証された品物)」がスタートしたのが2010年で、金谷先生とはその4、5年後にお会いしました。

金谷 そうそう。墨田区のコラボレーション事業でですよね。とはいえ、じつは……僕らはまだコラボしていないという(笑)

塩澤 ね。でも、そこからお付き合いがはじまって。先生ご自身の品をご注文いただいています。

金谷 はい、“お誂え”させてもらいました。見てください、この名刺入れ。はじめて塩澤さんと名刺交換をしたとき、お持ちの名刺入れに一目惚れしてしまいました。

――金谷さんの名刺入れは、なんと純銀製! “青海波”が一面に広がり、ふっくらとかわいらしい“千鳥”が一羽、潜んでいる。純銀ゆえにずっしりと重く、でも金属特有の冷たさはなく、しっとりと手に馴染む……なんともいえない感触だ。青海波の文様は長く連なる形状をプレスしたのではない。波のひとつひとつを、小さな鏨で打ち込むという、それはそれは気の遠くなるような緻密な仕事が重ねられているのだ。

金谷 じつは、これはふたつめなんです。酒場で紛失してしまい……

塩澤 先生のお名刺が入っているのだから連絡があってもよさそうなのに。

金谷 たぶん、そのままお持ちになっているんでしょうね。僕の名刺を見て、おそらく僕のブログも見て「コレ、10万円するんだ!」ってね。戻って来ないので、ふたつめを注文したんです。妻には内緒ですが。

塩澤 純銀ならではの手ざわり、いかが?

金谷 はい。やわらかく、なめらかで手に馴染むんです。やわらかいゆえに、落としてしまったら凹んでしまいました。で、塩澤さんに修理をお願いしたところ、「その間、これ使って」と、代車ならぬ“代名刺入れ”が届いたという。さすが10万円の名刺入れだなーと(笑)

塩澤 直すのにお待たせしちゃうから。ないと困るでしょ?

金谷 アフターフォローもしっかりしているのがありがたいです。それに、先日はお手入れ道具をありがとうございました。

塩澤 ビックリされるかもしれませんが、お手入れはね、100円ショップの“爪磨き”で充分なの。でも、いつも使っていらしたら、手の脂がついて膜になるので特別なお手入れをしなくてもいいですけれどね。

金谷 ですね。いい味が出てきますよね。名刺入れには素材違いもあるんですよね?

塩澤 真鍮製があります。銀古美(ぎんふるび)仕上げをしていましてね。古美というのは銀をいぶしたような、わざと経年変化させたようにしています。

こちらが真鍮製。古美とは伝統的な加工技術のひとつ。“いぶし銀のような”という形容詞そのものの姿をしている。湾曲した形状(*ここがスキットルのよう)で、お尻のポケットに入れても違和感なくおさまる。

金谷 これもかっこいいなぁ。ウイスキーを携帯するスキットルのような形状も手馴染みよく、いいですね。買おうかどうか悩みます。触ればさわるほど物欲が刺激される。

塩澤 お渡しまでに、どのくらいかかるかなぁ。こういうのを“あわせもの”というんですが、すぐにうまくあわさるときもあれば、何回やってもうまくいかないときがあるのよね。

金谷 蝶番部分も、機械じゃなく、手仕事で曲げてはる。すごいなぁ。それにね、僕のは“波に千鳥”、こちらは“七宝つなぎ”と、どちらも縁起のいい吉祥文様です。御神輿や神社を基とした錺金具ならではの意匠ですよね。鏨で連続して打ち込み、この姿になる。根気のいる仕事です。

――錺金具に欠かせない吉祥文様。“波に千鳥”の波は“青海波”で、扇型の線を交互に重ねて波を表現し「どこまでもいつまでも穏やかに波が続いている」ことから、未来永劫の平安を祈るもの。“七宝つなぎ”は、平安時代以来、お公家様の衣装や調度に用いられた有職文様である“七宝”をつなげたもの。七宝とは仏教の宝である金・銀・瑠璃(*青い石)・玻璃(*水晶)・しゃこ貝・珊瑚・瑪瑙(*縞状の鉱物)を指す。七つの宝で七宝だが、子孫繁栄や円満を祈願して“四方”が転じて“七宝”とされたとかされないとか。

金谷 この七宝ですが、すでに七宝柄になった鏨じゃないんですよね。細長い楕円がふたつ……葉っぱ(双葉)のような鏨を組み合わせて“円状”になさっている。

塩澤 そう。つなげて叩くと“円”になります。ちょっと叩いてみましょう。

塩澤さんの仕事を、一瞬たりとも見逃さないぞ、という気迫で見つめる金谷さん。
扇型の鏨を連続して打つことで“波”を表し、また、葉っぱ状の鏨を丸く連ねると“七宝つなぎ”となる。その中央にはまた別の文様を打ってくださった。
つぶさに技術のあれこれを説明してくださりながら、一刻一刻を丁寧に打つ。「集中しなきゃできないのよ。今、ちょっと下手かも(笑)」と塩澤さん。

金谷 ハー、すごい。打ったところは凹み、その横はふくらむ。けれども平らにしなければならないですから均等に打つというか、鏨を打ち分けていくんですね。集中力がいります。

塩澤 だから、夜がいいんですよ。人もこないし電話もかかってこない、誰にも邪魔されないから。

金谷 下書きなどガイドラインはないんですね。

塩澤 そう。ゆっくりやらないとできないの。だから遅いのよ(笑)

金谷 僕の名刺入れ、三カ月待ちましたもの(笑)。やるときは一気に、じゃないとダメですか?

塩澤 いっぺんに、この面積をやらないと手が狂います。失敗したら……新しい板で最初からやり直し。本当、集中しないとできません。ちょっとでも曲がると気に入らないもの。

金谷 根気のいる作業ですよね。鏨の使い分けも緻密ですしね。いくつか見たいなぁ。おお、大きさ違いの“千鳥”、かわいらしい。

塩澤 はい、どうぞ。昔つくった“千鳥”はふっくらしているのだけれど、新しいのはそうでもない(笑)。

数百、いや数千もある鏨のなかから、頻度の高いものを見せていただく。左写真は七宝つなぎにつかう“葉っぱ状”とお気に入りの“千鳥”。右写真は“千鳥”をいくつか。「鏨もね、金型でつくるのか、職人さんが手仕事でつくるのかによって、印象が変わるでしょ?」

塩澤 鏨はうちの財産ですから、使わなくなったものでもずっと取っておいてあります。昔は御神輿の仕事も多かったので、大きい鏨もたくさんありましたが、今は小さいものばかり。そうだ、先生、これ、なんだかわかります?

塩澤家の歴史を物語る大切な道具。すぐに手にすることができる場所に置いてある。

金谷 もちろん鏨ですよね? ずいぶん年季が入っているというか、表面が……

塩澤 空襲で焼けちゃったの。疎開しようとまとめていたものが全部、真っ赤になって焼けただれちゃった。近所の方が拾ってくれて。お米と交換しました。

金谷 歴史の重みを感じます。そういえば塩澤さん、何歳のときからやっていらっしゃるんですか?

塩澤 子どものときから。昔はみんなそう。職人仕事ができなくたって、なにかしらのお手伝いがあってね。小さいときはもっぱら工場のお掃除です。うちは三人姉妹なんですが、全員、小さいときからやっているので、錺仕事ができる。

金谷 工房はお父さんがはじめられたんですよね?

塩澤 はい。父が田舎から出てきて。この近くに親方がいらして修業をしました。昭和3年(1928年)のことです。父は絵が上手で手先も器用だったから、すぐにできるようになったそう。修業中、親方が脳梗塞で倒れて。親方が請けた仕事を父がやりました。でも、昔の人はすごいよねぇ。父と親方と四分六(しぶろく*売り上げを四対六で分けること)で。で、年季が開けたあと名古屋と金沢、神戸でさらに修業を積んで、昭和15年(1940年)に独立したんです。

金谷 神戸にもいらしたとは。

塩澤 李朝家具というのかな、金具をつかった家具の工房にいたそうです。ようはね、うちの仕事は、鏨があればなんでもできちゃうんですよ。

金谷 物心ついたときにはすでにお手伝いしていたということは、将来、家業を継ごうと思っていらしたんですか。

塩澤 いいえ。高校生のときは、お勤めして秘書になろうと勉強していました。でも、「自分を必要している会社で働きなさい」とう校長先生の言葉に目覚めて。だって、どこかの会社で働く人は私でなくてもいいけれど、うちの仕事をできるのは私以外にはいない! と気付いたんです。

金谷 お父上の塩澤 幹さんは、浅草の三社様をはじめさまざまな御神輿、成田山や川崎大師など数々の社寺の錺金具を手がけていらっしゃったんですよね。

塩澤 はい。そうそう、ふと思い出したんですが、前の東京オリンピック(1964年)の表彰楯の五輪マークも父の仕事なんです。奇しくも……私、今回のオリンピックのためにと、墨田区で開催されるボクシングのグローブをイメージしたキーホルダーをつくったところ公式に認定されました。

金谷 親子二代で関わっておいでとは。

塩澤 父から受け継いだ錺仕事の技術を、私は、私らしく、私にできることをやればいい、といつもがんばって来たことが認められたような気がします。

この形状から扉や筐体の角を補強し装飾する役目を持つことがわかる。たんに金属プレートを嵌めるのではなく、そこに緻密な技を施すこと。そこに日本人の美学が見て取れる。

堅牢、かつ優美な技術を
暮らしのなかに。

――社寺や御神輿の錺金具は、残念ながら現在のわれわれにはいささか縁遠い。社寺巡りやお祭り好きであっても、それらを個人で所有するのは非現実的だ。でも、この素晴らしき技術を身近に感じたい、できれば自分のモノにしたい。そんな欲求を叶えてくれるのが塩澤さんだ。名刺入れを<鏨のいぶき>と名付けられたように、塩澤さんの品には、見事な技のひとつひとつが生き生きとみなぎっている。「手づくりのぬくもりを感じてほしい」という思いのもと、日常で愛用できる品がいくつもある。

金谷 最近の塩澤さん、アクセサリー系が多いですね。

塩澤 「かわいい!」って思うと、ついつくっちゃうんです。これはね、牛嶋様(*墨田区向島の牛嶋神社)の紋、剣片喰を。ペンダントにしてもいいかな、って。こっちは大黒様の巾着……あ、これもちょっと見てください。

金谷 時計のブレスレットだ。

塩澤 時計のベルトって革製が多いでしょ。とくに女性ものは細いから、夏場、汗をかくとすぐボロボロになっちゃうの。だったら自分でつくればいいかな、と。名刺入れの蝶番の加工を応用すれば、時計のバネ棒もちょうどうまく入るようにできました。

「思いついたら、すぐカタチにする」を体現している塩澤さんによる腕時計のブレス。銀のしなやかさとクールな質感。商品化はされていないが、展示会や実演会などで塩澤さんに会うチャンスがあれば、ぜひ現物を見て。

金谷 いつもながら行動力がすばらしいですよね。閃くと、すぐつくってしまわれる。

塩澤 でも、なかなか商品になってないんだけれどね(笑)

金谷 今、いちばん売れているのはなんですか。マグネット? ゴルフのマーカー?

塩澤 どちらも海外の方へのお土産として人気がありますね。葛飾北斎や鳥獣戯画をモチーフにしていて、「日本お持ち帰り」というセット名にしたの。あとは……今、結構売れるのは箸置きかな。

こちらはマグネット。意匠は葛飾北斎にちなんだ“和繋ぎうさぎ”をはじめ、「かわいらしい」と思わされるものばかり。ちょっとした贈り物に最適なアイテムだ。
箸置きは蝶・桜・波に千鳥・梅・七宝の5つセット。左写真が表で、右写真が裏面だ。あえて未完成にするというゲン担ぎが心憎い。

金谷 これも「すみだモダン」ですか?

塩澤 はい。これ、錫100%なんです。箸置きは箸先が当たるでしょ? 口に入るものだから安全性ある素材にしました。表と裏の両面に模様があるんですが、5個セットのうち、ひとつだけ裏に模様を入れてないんです。

金谷 どうしてですか?

塩澤 神社の金物もそうなんだけれど、わざとつけなかったり、逆さにすることで「まだ途中」だとか「終わっていない」という意味をね。完成しちゃうとそこまででしょ。

金谷 ああ! 続いている、発展していく、まだまだ伸びしろがある、ということですね。

塩澤 そうそう。それにね、全部に入れたら息苦しいというか。これがね、「江戸の粋」。

金谷 ほぉぉ、なるほど、かっこいい。それにしても、塩澤さん、好奇心旺盛ですよね。

塩澤 そうかな。だって、ずっと“昨日の続き”だもの。つねに前を見てやっていくしかないの。

金谷 そうか、未来しか見ていない! 展示会にもいつもご自分で立っていらっしゃいますしね。そういうところに、弟子志望の若者が訪ねてきたりしないんですか?

塩澤 いらっしゃいますよ。でもね、弟子はとらない。だって、お給料払えないもの。お金入ると、次の材料代や金型になっちゃうから(笑)。

だから、教えてほしいと言われたら、なんでも教えます。芸大とか出ている人も多くいらっしゃるから、まずは自分でやってごらんなさいって。好きだったら、人の仕事を見て、できると思うのよ。

金谷 なるほど。では、この錺職に向いているタイプは?

塩澤 前の伝統工芸の会長さんがおっしゃっていたのだけれど、器用である必要はないんですって。器用な人は抜け道を探しちゃう。ちょっとダメなぐらいが一所懸命努力していいと。わたしもね、夜、何時までもやっていられる。ヘタクソぐらいがちょうどいいのよ。

金谷 なにをおっしゃいますか。ヘタクソで77歳までやれないでしょ(笑)。ホント、塩澤さん、バイタリティがありますよねぇ。ああ……名刺入れ、どうしよう。真鍮の、これ、お誂え、お願いいたします。

塩澤政子(しおざわまさこ/写真右)

1944年東京・墨田区生まれ。高校卒業後、家業に就き「かざり工房しおざわ」を守り続けている。すみだマイスター。東京スカイツリー・ソラマチの「すみだ まち処」での実演・展示販売を行っている。

◎かざり工房しおざわ

東京都墨田区石原1-41-15 
TEL:03-3621-7983
https://tagane.jp/

Text&Photo:山﨑真由子

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クリエイティブディレクター
金谷 勉

1971年大阪生まれ。セメントプロデュースデザイン代表取締役社長。全国各地の町工場や職人との協業プロジェクト「みんなの地域産業協業活動」では、600を超える工場や職人たちとの情報連携を推進。年間200日は地方を廻り、京都精華大学、金沢美術工芸大学で講師を務める。自著に『小さな企業が生き残る』(日経BP)がある。
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