――ちょっとでも、“きもの”が好きならば「京友禅」と聞けば、すぐになんたるか、の理解に及ぶ。けれども、まったく興味がなければ「はて? なんのこと?」となるだろう。和服が日常のものではなくなり、普段着としての役割はほぼなく(もちろん愛好家や仕事着としている方々はいらっしゃるが)、ハレの日、いやハレの日すらも「きもの」ではない場合も多々ある現在、「きもの」は、なかなかに私たちの暮らしから離れた存在だ。そのうえ、好きであればなんでもOKとはいかず、あれこれ作法もあるわけで。そう、“きもの”の世界はなにかと難しい。
前置きが長くなったが、今回、ご登場いただくのは「京友禅」の作家であり職人である池内真広さんだ。池内さんは、京都・嵐山で親子二代、父上の路一さんとともに、手描き友禅の工房「池内友禅」を切り盛りしている。
金谷さんとの対談の前に、「京友禅」について解説すると……京友禅とは、きものの染色技法のひとつで、起源は江戸・元禄年間にさかのぼる。京都の扇絵師であった宮崎友禅斎による扇子の画風を、きものの模様染めに生かし、友禅斎の名にちなんで「友禅染」と名付けられたという。
艶やかな地色で描かれた、情緒あふれる古典物語や風景、花々、さらにはそこに添えられた幽玄な墨絵……過剰な言い回しかもしれないが、友禅染は<洗練され、かつ多彩な色模様で絵画のような世界観。花鳥風月を美しく表現している>といったところだろうか。
往時からの伝統的な技法である「手描き(手染め)」と、明治初期に創案された、型を用いる「型友禅」とがあるが、どちらに手がかかるかは言わずもがな。池内さん親子は、ひとつひとつ、一色一色を手で染めてゆく手描き一筋。また、一般に京友禅は細かな工程ごとに専門の職人がいる分業制だが、池内さん親子は、納得する品をつくるため、それぞれを人に委ねず、自分たちで行う稀有な存在でもある。
脈々と受け継がれてきた伝統技法を“呉服”ではない、今様に革新。
金谷 池内さんの工房、素敵になっていますねぇ。
池内 だいぶ、雰囲気変わりましたでしょう? 金谷さん、リフォームしてからいらっしゃるのははじめてですよね。前にいらしてから三、四年経ちますか。たしか……嵐山の星のやさんの帰りに寄ってくださったかと。
金谷 その節はいきなり失礼しました。それにしても、あのときの様子からずいぶん変わりました。以前はまさに、職人さんの仕事場然としていて。それはそれで良かったのですが、せっかく歴史ある趣きある建物ですから、そういった設えにしてみたら? ギャラリーにしたら? とお話ししたことが……
池内 はい、ようやく実現しました。商品も手に取っていただけるようになりました。
金谷 ここでいう“商品”というのが、池内さんが新たに立ち上げた「SOMEA(ソメア)」です。伝統文様を色彩豊な染料で染め上げた小物で、こうしてズラリ並ぶと圧巻です。お、僕がお願いしたカードケースもありますね。なにを隠そう、池内さん。この連載の裏テーマが“僕のお誂え品の作者を訪ねる”なんです。前回は「蘇嶐窯」の涌波まどかさんで、僕がお願いした干支の香炉が……(笑)
池内 オーダーいただくことはうれしいです。「SOMEA」は友禅染の新たな一面を知っていただきたいという想いでつくったブランドで。呉服や和装小物ではなく、ふだんの生活の延長で使えるものを、自分でつくりたかったんです。
金谷 スタートは2017年ですよね。当初の素材は友禅染らしく、正絹でレザーとのコンビネーションが見事でした。いわゆる“和の小物”とは一線を画すデザインで……。
池内 そこです! これまでも、友禅染めの小物をはじめ、きものの技術を生かしたアイテムはたくさん存在していましたが、まあ、ほとんどが“いかにも”な和風小物で。
金谷 たしかに、そうしたデザインばかりですよね。その理由というのは?
池内 われわれ友禅染め職人は、染めはできますが加工はできず。そして、お付き合いしている縫製の職人さんは、きものや和小物専門の方々です。もっと違うカタチにしたくとも……どうしても……呉服売り場にしか置けないモノになってしまうんです。
金谷 仕上がりが皆似ているというか、とくに名刺ケースは、生地が違うだけでほぼ同じ印象ですものね。
池内 はい。そこを払拭したくて。また、新しいことにトライしたくて、いろいろと試してきました。使う素材もシルクだけではなくレザーと組み合わせて、よそにはない仕様に。それに、あるバイヤーさんに「小さい財布をつくってみたら」と言われて……。
金谷 表面が正絹の友禅染、裏面がスムースレザーの「SOMEA」が誕生したんですね。
池内 でも、すぐに「SOMEA」に至ったのではなく。金谷さんのゼミ(「京と今の和プロジェクト」)での学びが生かされています。
金谷 池内さんはゼミの初回からずっと、「着物以外のアイテムをつくりたい」と、おっしゃっておられて。
池内 ビジネス書を読み漁り、独学でなにか新しいことをやろうとしていましたが、どう動いていいのか模索していて。ですから、金谷さんからの、「なりたいイメージ」をつくる、競合となるメーカーやブランド、ショップをリサーチするという課題には大いに納得でした。具体的なリサーチの仕方など知らなかったですから、とても面白かった。
金谷 僕、フィーリング指導はしたくないので。池内さんのレポートは詳細で、ご自分がどういう視点で捉えられたのがかが明確でレベルが高かった。
池内 レポートを書くことで、ビジョンがぶれず、つくるべきものが明確になりました。最初から目指していたのは、“和”ではありませんでしたけれど。
金谷 いよいよ実践となりますが、試作の段階で、柄とお色のパターンは相当数、つくられていましたね。
池内 さすがに、すべてを正絹で試すワケには行かないので、紙に何パターンも描き、そこから絞ることにしましたが、第三者の意見を聞くことができてよかった。自分ひとりでは、甲乙つけがたく選び切れませんから(笑)
金谷 素材は駒塩瀬という新潟の正絹で。柄は「彩雲縞」「くずし鱗」「重ね立涌」という縁起のいい伝統文様です。池内さんらしいポップで淡い色遣いが特徴で、まさに今様の伝統技術を“手のひら”で持つことができるという。ですが、僕はそこをさらに欲張って……ネイビー系、僕が名付けたセメントブルーをお願いしたんです。
池内 金谷さんのイメージカラーを仰せ付かりました。これは意外にも好評で(笑)、オールレザーのモデルにも採用しています。
金谷 そしてついに、正絹の友禅染×レザーに加え、友禅染めレザーが誕生するという。オールレザーはシルクとはまた違う雰囲気で、じつにかっこいい。僕がお誂えでお願いした「ネイビー×ブラック」もあって。このカラーリングが「SOMEA」のメンズラインとして定着したようでうれしいです。
池内 こちらこそありがとうございます。僕自身、もともとレザーが大好きで、伝統技法を革に取り入れたかった。新しい友禅染の可能性が広がったと思います。
金谷 “革を染める”というのは難しい技術だと思いますし、友禅染めに適した革を選ぶのも大変でしょう? ヌメ革ですと、これほどまでに美しい色彩は出ないのでは?
池内 そうですね。革の選定はなかなかに難しいです。また、思った通りの色に染め上げられるのかも懸念でした。いい革に出会えて、革のための染料も自分でつくり、いいデキになりました。まあ、詳細は企業秘密ですけれど(笑)
金谷 この技術、本当にすごいんですから。さて、現在のラインナップは、僕もイチオシでうちの「コトモノミチ」でも取り扱っているマルチカードホルダーをはじめ、コイン&カードケース、コンパクトな二つ折り財布、長財布、名刺ケースの5モデルでしょうか。
池内 ですね。それぞれ正絹とレザーモデルがあり、さらに柄は先程の「彩雲縞」「くずし鱗」「重ね立涌」という3種類、カラーバリエーションも揃えています。
金谷 いろいろ見比べると、どれにしようかと悩まされます。いずれも京友禅ならではの美しい発色で、しかも池内さんらしい淡くポップな色づかいでもある。まさに、伝統の技術を今様に魅せる小粋なアイテムに仕上がっています。もうひとつ、素敵なのがパッケージで。きれいな青色でSOMEAのロゴデザインもナイスです。
池内 このブルーは嵐山の桂川をイメージし、ロゴはうちの家紋である“抱き茗荷”をアレンジしたもの。そうそう、SOMEAの名は「染める=SOME」と、透明感を意味する「CLEAR」を合わせた新しい言葉です。“透明な心で明るく彩りあるものをお届けしたい”という想いを込めて名付けました。
一色一色を手で挿す。染色技術の真髄ここにあり。
金谷 せっかくの機会ですから、池内さんの技術を見せていただきましょう。
池内 では、今取り掛かっている訪問着を。色を入れる「友禅挿し」という工程です。
――反物には、図案の通りに「糸目糊」が置かれている。糸目糊こそ、手描き友禅の証で、色を差すときに、色のハミ出しやほかの色と混ざり合うのを防ぐ役目を持つ。染め上がったときに模様の輪郭に“線”となって現れ、これが手描き友禅の大きな特徴のひとつでもある。
生地に伸子(しんし)を張り、模様部分に筆で色を挿す。伸子とは布のたるみを取って生地を均一にする竹製の道具で両端に針が備わっている。生地の端に針を刺し、竹の弾力で生地に張りを持たせるのだ。
金谷 非常に合理的な作業机ですよね。言葉で伝えるのは難しいんですが、反物を部屋の端から端からに吊るし、こう輪っかのような状態なんですね。で、机には電気コンロが仕込まれていて。これ、どう使うんですか?
池内 染色したらコンロで炙り、乾かします。そして位置をズラしては、また染色してコンロで炙り乾かす──を繰り返しています。僕は、結構臆病なので、小型のコンロを使いますが、もっと大きなコンロでなさる方もいらっしゃいますよ。
金谷 なるほど。電気コンロがなかった時代は、炭ですか?
池内 でしょうね。火の粉が飛び散って、大穴が空いてしまったという事態もあったそうですよ。ま、すぐにそこを修復する技術も持っていたでしょうが。
金谷 間近でお仕事を拝見すると、この技術が革にいかされていることの尊さ。さらには手頃な価格で自分のモノにできるということのありがたさがわかります。同時に、いつかは、池内さんに“着物の誂え”をお願いしたい、という欲望が沸き上がってきました!
――きものは安いものではなく、そのお手入れなどを考えると、なかなか手を出しにくいもの。また、コロナ禍という状況もあって、観劇やお茶会など、きものを着る機会も少ないだろう。また、昨今はポリエステルなどにインクジェットでプリントする“なんちゃって友禅染め”が幅をきかせており、“本物”を手にするチャンスがないかもしれない。さわればわかる、使えばわかる……そんな池内さんの「SOMEA」をきっかけに、手描き友禅の技にふれてみてほしい。
池内真広(いけうちまさひろ/写真左)
1981年京都・京都市生まれ。大学在学中、父の作品と仕事への姿勢、お客様との対話を見て、自身も「手描き友禅」の道に進むことを決意。在学中は型絵染作家・澁谷和子氏にデザインを学び、大学卒業後、父に師事し現在に至る。
◎池内友禅
京都府京都市右京区嵯峨五島町37
TEL:075-882-9768
https://www.ikeuchi-yuzen.com
*ギャラリースペースは土曜・日曜のみオープン
Text&Photo:山﨑真由子