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家電メーカーから総合電機企業へ

「脱家電」が叫ばれる家電市場で、韓国の雄・サムスンはどこへ向かうのか?

author: 田中 謙太朗date: 2023/11/15

世界で最も注目される家電メーカーのひとつである韓国のサムスン電子(以下、サムスン)が今年もIFA(ベルリン国際家電ショー)に参加した。IFA2023から、「脱家電」化が求められる現在の家電市場において、新たな在り方を示さんとするグローバルリーダーの動きをユース世代の現役大学生がレポートする。

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昨年のIFAと比較すると、今年の各社の発表は実行フェーズを強調する内容が多かったようだった。その中でも、昨年発表した取り組みをしっかりと実行に移していることを示したのがサムスンだろう。

昨年宣言した「エネルギー効率世界一を目指す」という目標に向かうべく、同社のコネクテッド機器をつなぐソフトウェアである「SmartThings」の普及をはじめとして着々とコーポレート・アイデンティティの確立に関するプロジェクトが進行している印象だ。

サムスンは2022年9月に新たな環境戦略を発表している。この際に説明された目標に触れて、気候変動に対して有効なソリューションの提供を優先する同社の継続的な取り組みを強調した。2030年までのDX(デジタル・エクスペリエンス)部門にて、2050年までに全社にて二酸化炭素排出量正味ゼロを実現すると発表している。

現在、90万トンの二酸化炭素排出量を削減し、事業において消費するエネルギーの31%が再生可能エネルギーへと移行し、これは2021年から比較して11.6ポイント向上していることに触れた。

また、現在の欧州の人口における21%が65歳以上であり、2050年には30%がその年齢に達すると予測されるなど、市場環境の緩やかな変化を指摘しながら、同社が得意とするエネルギー効率性の高い製品やコネクテッド製品導入の必要性や可能性を訴えかけた。

サムスンのエネルギー施策や今後の取り組みについて触れる、ビジネス・デベロップメント・マネージャーのエイミー・ホロラン氏

コネクテッド製品におけるデータの収集と利活用

サムスンUKのCMO(最高マーケティング責任者)のベンジャミン・ブラウン氏は、サムスンが次に目指すゴールについてコメントした。

「ゼロ・エミッション住宅の実現、次世代通信網の実現など、私たちの社会にとって重要な開発への取り組みに限らず、世界はすべての人とあらゆるものごとをつなぐことができる可能性に満ちていると、私たちは認識しています」

サムスンは2014年にコネクテッド家電のシステムとアプリケーションを提供する「SmartThings」を買収し、同社の提供するコネクテッド機器をつなぐアプリケーションとして運用している。

それ以来、家電の中でもコネクテッド分野に力を入れており、現在の同社のヘッドラインである“Do the SmartThings”は「SmartThings」システムを用いたライフスタイルを表している。

「SmartThings」が家電をつなぐイメージ

現在の家電分野におけるコネクテッド機器と、そのシステムの目的は三つに分類される。スマートフォンなどへのコントロール機能の集約、センサーによる自動化や最適化、そしてデータの収集と利活用だ。例えば、サムスンの「SmartThings」アプリケーションはコントロール機能の集約にあたるだろう。

このような機能分類の中でも、サムスンのような巨大電機メーカーはコネクテッド製品におけるデータの収集と、その利活用に力を入れる傾向にあるようだ。製品レベルでは、サムスンのラインナップする「Bespoke」シリーズ(日本語:オーダーメイドの意)の提供するエコモードにあたる「AIエナジーモード」の実装や、サムスン独自の「BespokeAI」の機械学習により最適化されたワークサイクル、データの可視化によるユーザーへのインセンティブの付加などが挙げられる。

あえて“製品レベル”としたのは、サムスンの目指すコネクテッドの世界は製品そのものが提供する体験にとどまらないからだ。コネクテッド家電と「SmartThings」をユーザーとの接触点として据える、包括的なエネルギー管理ソリューションの提供を目指すサムスン。同社は、スイスのエンジニアリング企業であるABBとドイツのソーラーシステム企業であるSMAとの技術提携により、サムスン家電を接触ポイントとして新たなエネルギー・システムを構築する。

「私たちのミッションはそれぞれの製品がつながる可能性を現実のものとすることにあり、そのためにシステムを構築します。そのシステムの構築のために、私たちはホームオートメーションの電気自動車用充電器メーカーABBと、住宅用インバーターのトップブランドであるSMAと提携し、たとえ購入する前であってもスマートテクノロジーを住宅に組み込むことができるようなシステムの構築を目指します」と、ブラウン氏。

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 ABB、SMAとサムスンの提携を発表するブラウン氏

今回のIFAでは、SMAの住宅ソリューション、システム、デバイスを統括するヤン・ファン・ラエテム氏と、ABBのビルディング・ホームオートメーションシステムを統括するルーシー・ハン氏が壇上に上がった。

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 ヤン・ファン・ラエテム氏(左)とルーシー・ハン氏(右)

「SMAがサムスンと連携し、ゼロ・エミッション・ホームを目指す理由はまさに、家という環境がただの個人の住環境という意味合いにとどまらなくなってきたことにあります。人々をエネルギーの管理に関わる重要なポイントにアクセスできるように設計し、彼ら自身がエネルギー・プロバイダーとなる手助けをします。

SMAの家庭用蓄電池と家庭用エネルギー管理ソフトウェアなど、ホーム・エナジー・ソリューションにより、エネルギーの変換と貯留、管理を行うためのシステムを(サムスンの提供する“SmartThings”を基軸として)ユーザー自身の利用体験に基づいた構築します」と、ラエテム氏はサムスンの提供するコネクテッド製品とSMAの提供する家庭用蓄電池、エネルギー管理ソフトウェアとの連携を示した。

「例えば、冷暖房管理について話しましょう。これらの製品によって収集されたデータをABBのシステムとSMAの製品と共有することで、より効率的で安全に制御することが可能になります。基礎的なオートメーションの構築というミッションから、ユーザーごとに異なる利用パターンをもとにした完全自律型の住環境整備をどこからでも管理することが可能になります」と、ハン氏はコメントした。

ABBの提供するエネルギーマネジメントシステムにより、効率的な製品利用をビル単位などのより広い範囲で実現しながらSMAの提供するソーラーシステムと、EV充電システムによるエネルギー生産・利用の選択肢を広げることになるだろう。サムスンの抱える2億8000万のコネクテッド製品と「SmartThings」により、データ収集と集約がそのエコシステムを強化するのだ。

SMAの提供するEV充電システムと「SmartThings」の連携についての展示

家電業界に限らず、今後の欧州における製品展開の上では製品の部品ごとのライフサイクルにおけるトレーサビリティの確保が進み、コストに加えてライフサイクル全体にわたるサスティナビリティ性能が要求されるようになるといわれている。そういった市場の規制の変化に対応することを念頭に置き、多くの企業がエネルギー効率性やサスティナビリティ・ブランドとしての立場を築こうとしているのだ。

その際には、製品そのもののエネルギー効率性とともに温室効果ガス排出量を削減することは求められるが、その目標を達成する際に最大の課題として立ちはだかるのが使用段階の二酸化炭素排出量の削減というミッションだ。

驚くべきことに、家電製品のライフサイクルにおける二酸化炭素排出量はスコープ3の11、ユーザーによる使用段階が最も多く、約8割ほどにのぼる。製品製造や流通などのコントロールについて言及するメーカー、ブランドはあるのだけれど、そういったメーカーやブランドでも使用段階における削減の方法については暗中模索という状態にあることが欧州の産業界における現状である。

どこのメーカーもブランドも、この課題に対して取り組んでいるのだけれど、サムスンのやり方はある意味で最も合理的なものかもしれない。欧州における来るべき市場変化に対する対応の布石を打ったのが今回の提携といえるだろう。「BespokeAI」の機能を活用して最適化されたワークフローの実現に加えて、解析・マネジメントシステム事業を展開するSMAとの提携とエネルギー関連事業を営むABBとの提携により、使用段階におけるエネルギー管理という最重要かつ最難関の課題に挑むシステムを構築しようとしているのが、今回の提携の真の目的なのである。

パタゴニア、オーシャンワイズとの協働プロジェクトで海ごみ問題の解決を!

海洋プラスチック問題へのアプローチとして、サムスンと衣類メーカーのパタゴニア、海洋調査機関のオーシャン・ワイズとの協働にも注目したい。

地球環境変動のアイコンとしての地球温暖化が人類の共通課題として認識され、COP会議などの実動が始まってから25年以上経つ。この25年間に私たちが学んだことは、地球の生態系とはかくも絶妙なバランスで成立している、ということだ。

海洋プラスチック問題はそのような課題の最右翼のひとつだといってもいいだろう。現在、すでに海洋に流出しているプラスチックごみの量は1億5000万トンともいわれており、毎年800万トン(ジェット機5万機相当)が新たに流入していると推定されている。

2050年にはプラスチック生産量は現在の4倍、重量ベースでは海洋プラスチックごみが魚の量を上回ると予測されるなど、直接・間接、多岐にわたる影響が拡大し続けることになる。

現在でも、700種類以上の海洋生物が海ごみによって生死に関わるダメージを受け、そのうちの92%がプラスチックごみによる影響だと言われている。また、アジア太平洋地域の観光業と漁業・養殖業にそれぞれ6.2億ドル/年、3.6億ドル/年の経済損失を受けていると試算された。

サムスンでもこの課題に取り組むべく、再生樹脂を使用したプラスチックの使用量は2021年から現在において3倍に増加しており、それに伴い梱包の簡素化などの取り組みも進められている。

サムスンの提供する製品梱包の変遷。簡素化しながらもスタイリッシュなデザインに

そして、今回サムスンが取り組むマイクロプラスチックに関する問題は、プラスチックごみ問題の中でも“遅効性”かつ解決のために長期間を要する分野として位置付けられている。

マイクロプラスチックとは、直径5mm以下のプラスチックのことだ。中でも直径0.01mm以下のものはマイクロビーズと呼ばれている。発生源により大別され、磨き剤などの生産時から細かいプラスチックを使うことで発生するものを一次、ポリ袋などのプラスチックごみが劣化や作用により徐々に細かく分解されていく際に発生するものを二次と分類されている。

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衣類洗濯により発生するマイクロプラスチックは二次マイクロプラスチックにあたるもので、劣化や作用による影響を受ける前であれば製品の生産以降も削減可能であるためマイクロプラスチック問題においては削減対象として挙がる部類にあたる。

サムスンが発表した資料によれば、海底だけでも現在1400万トン(全海洋プラスチックごみ量の約10%ほど)のマイクロプラスチックが存在し、それらのうちの約35%が合成繊維製の衣類の洗濯に由来することが今回の共同プロジェクトにより判明した。

合成繊維製の衣類、というのはまさにパタゴニアが提供する合成素材のフリースが該当する類のもの。今回のプロジェクトは合成繊維からの脱却を狙いながら、短期的な対策案を必要としていた同社からのアプローチによって始まったことだった。

衣類メーカーとして歴史と知見のあるパタゴニアが、世界的に広大な市場を持ちコネクテッド製品の収集した層の厚いデータを保有するサムスンに協力を依頼し、世界的な海洋調査機関であるオーシャン・ワイズの研究所、オーシャン・ワイズ・プラスティックス・ラボを含めて共同プロジェクトの成立に至った。

オーシャン・ワイズにおいて、マイクロプラスチック・ソリューション・マネージャーのチャーリー・コックスは語る。

「環境問題はすでに、海洋の健康だけではなく人間の健康への影響も及ぼすリスクになっています。日常生活のさまざまな段階で発生するプラスチックにからマイクロプラスチックは発生しています。オーシャンワイズは北アメリカだけでも毎年900トンのマイクロプラスチックが流出していると予測しており、海洋だけではなく飲み水、食料、そして人体の中にもマイクロプラスチックが混入しています」

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サムスンの持つ家電製品の利用データと洗濯機の機構に関する知見を活用するべく、パタゴニアから衣類や素材に関する情報が提供された。それらをもとにサムスンはマイクロプラスチックの流出量やそのメカニズムについてさまざまな仮説を立て、それらの検証のための実証実験をオーシャン・ワイズの協力を得て実現したのである。

実験をもとに、サムスンは新たな洗濯機のソフトウェアとしてのワークサイクルとサムスン製品以外でも利用可能な標準仕様のフィルターを開発した。それがサムスン洗濯機に特有なエコバブル・テクノロジーを用いた「レス・マイクロファイバー・サイクル」、そして「レス・マイクロファイバー・フィルター」だ。

多くの洗濯機はドラム内で洗剤と水を混合するのだけれど、エコバブル・テクノロジーではドラムに流入する前に洗剤と水、空気を混合する。発生した泡が衣類に浸透することで高温のお湯やエネルギーを必要とせずに汚れを落とせるようになる。

消費エネルギーの削減を目的とした技術だったが、この技術を基盤としたワークサイクルを形成することで衣類にかかる摩擦などの負担を軽減し、このワークスサイクルを採用した際のマイクロプラスチックの発生量を、通常時と比較して最大54%抑制する。フィルターを併用した場合は最大98%のマイクロプラスチックの流出を防ぐことで、週4回利用する場合は1台あたり年間で4Lほどの削減に寄与することになる。

「レス・マイクロファイバー・サイクル」はマイクロプラスチックの排出量を最大で54%削減
取り付け式の「レス・マイクロファイバー・フィルター」

「レス・マイクロファイバー・サイクル」はあくまでもワークサイクルとして実装されるため、エコバブル・テクノロジーを持つ洗濯機のソフトウェア機能としてアップデートの際に実装されるものだ。加えて、「レス・マイクロファイバー・フィルター」も他社製品との親和性を確保した標準仕様のものであり、決して新製品を機能やブランドへの囲い込みを目的とした研究開発であろうという視点も記しておきたい。

ふとした展示に目をやりたくなるサムスンの魅せ方

今年のサムスンの出展ブースの中で最も印象的だったのは、ディスプレイ製品に関する展示だ。今回の出展では最新型有機ELディスプレイの「QD-OLED」がフィーチャーされたが、この製品の魅せ方にこそ、サムスンのブランド構築の強みが表れていた。

ディスプレイ製品の展示自体は大型量販店でも見慣れたものだから、そう珍しいものではないのだけれど、ディスプレイに映すコンテンツに対する工夫が違いを生んでいる。アラスカのオーロラや派手なゲーム画面、スポーツのワンシーンなどが映されるコンテンツとしては「あるある」だ。

それに対して、サムスンがディスプレイに映したのは「錯覚ビデオ」だった。たとえば精巧に作られたバッグに刃を通すと、実は中身の構造はケーキになっている、という人間の認識を逆手に取ったビデオだ。数秒前の予測と異なる事実が画面に映し出されることで、足を止め、次は騙されまい、とアラを探そうとする。そんなときにふと、細かい描写に対応するディスプレイの描画性能を認識する、というよくできた仕組みになっている。

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 バッグに刃を通すと、中身はケーキに

“綺麗で大きなディスプレイ”というこれまでのサムスンの十八番が珍しいものではなくなった現在、その違いをどのようにわからせるか、どのように示すかということ、具体的にいえば商品展示のコンテンツの選び方という細やかな話題にもそのアンテナが貼られているということこそがサムスンが世界的なブランドリーダーとして君臨し続けている理由のひとつなのだ。

サムスンを指して「家電メーカー」というのはもはやナンセンスな呼び方かもしれない。より生活の近くへ。そしてよりダイレクトに。人間らしいライフスタイルのパートナーとしてのサムスン・ブランドは進化を続けている。技術を磨くだけでは到達できないブランドとしての価値を上げることこそ、「家電メーカー」というポジションから脱却し、新たなステージへと挑戦する切符を手に入れることができるのだろう。

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ライター
田中 謙太朗

2001年東京生まれ。早稲田大学在学中。共同通信社主催の学生記者プログラムに参加したことをきっかけに執筆を開始。その後、パナソニックのイベントへの登壇など、記者としての活動と並行して、英自動車雑誌『Octane』の日本版にて翻訳に携わる。主専攻である土木工学に関連したまちづくりやモビリティに加えて、副専攻に関係するサスティナビリティに関する話題など、これからの時代を動かすトピックにアンテナを張る。
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