「そろそろ次はEVかな」。そう考えているクルマ好きも少なくないのではないでしょうか。欧州では多くの国が2030年代までに“脱ガソリン車”を掲げていて、日本も先だってその姿勢を示したばかり。クルマを長く楽しみたいと考えている人なら、EVでその楽しさを味わうことができるのか、気になっていることでしょう。
そんな風に感じている人にとって、プジョーの「e-208」は格好の素材。ガソリン車である「208」と同時に開発され、ともに2020年の「インポートカーオブザイヤー」を受賞している評価の高いクルマでもあります。その「e-208」を一般道から高速道路、ワインディングまで乗り回し、クルマとしての楽しさを味わってみました。
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プジョーの「208」は、同ブランドのエントリーグレードであり、中核を担う存在。そして、旧くからのクルマファンなら、コンパクトながら走り楽しさで1980~90年代に名を馳せた「205」を記憶していることも多いことでしょう。その後継に当たる「e-208」は、「208」の現行モデルと同時に開発され、プラットフォームを共有する双子のような存在です。ガソリンエンジンを搭載する車両と、大容量のバッテリーを積むEVで共有できるプラットフォームを開発している点からも、欧州メーカーのEVにかける本気度が伝わってきます。
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「e-208」には「GT」と「Allure」の2グレードが存在し、今回試乗したのはGTのほう。こちらは価格が432万8000円となっています。この2種類のグレードはガソリン車である「208」にも存在し、Allureが267万1000円~、GTが303万8000円~。イニシャルコストはEVのほうが約100万円高くなりますが、ランニングコストを含めて月々の支払額にならすと、大きな差がない設定となっています(3年で3万6000kmを走り、プジョーパスポートローンを使った場合の試算)。これは「ライフスタイルに合わせてパワートレインを選んでもらいたい」というプジョーの考え方を表しています。
スタイリングを見ても、「208」と「e-208」に大きな違いはありません。エンブレムやフロントグリルにブルーの差し色がされている点と(欧州ではブルーがエコを表すカラー)、ホイールのデザインが異なるくらいで、よほど詳しい人でなければ、見た目でこのクルマがEVであることを判別するのは難しいでしょう。逆に“わかる人だけがわかる”意匠が施されているのが、オーナーにはグッと来るポイントかもしれません。
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搭載されるモーターは100kW(136PS)の最高出力と260Nmの最大トルクを発揮。バッテリー容量は50kWhで、フル充電での航続距離はWLTCモードで380km、JC08モードで403kmとなっています。急速充電を利用すれば、バッテリー容量の約80%まで50分で充電することが可能です。
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ドライバーズシートに乗り込むと、最近流行りのSUVにはない低い着座位置に心がときめきます。先の見通しが効く高いアイポイントも、渋滞する都市部ではいいのですが、クルマを操る歓びを感じたいならやはり重心位置は低いほうがいい。「GT」グレードのホールド性の高いシートがさらに気持ちを高ぶらせてくれます。
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眼の前に広がるのはプジョー独自の「3D i-Cockpit」。スポーツマインドを掻き立てる小径ステアリングの向こうに3D表示のインストルメントパネルが配置され、少ない視線の移動でドライビング中に必要な情報を得ることができます。
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アクセルペダルを軽く踏み込むと、車体は機敏に反応。この加速感こそ、EVの一番の魅力です。音もなく、それでいて強力なゴムにでも引っ張られているかのように約1500kgの車体を加速させます。ガソリンエンジン車に比べると300kg以上重いのですが、重量物であるバッテリーが床下に収納されているため、重心は低く、より高級感のある乗り味に感じられました。
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そして、この重心の低さと、「ネコ足」と呼ばれるしなやかな足回りの組み合わせは、コーナーリング時にその本領を発揮します。車体の中央、それも低い位置にバッテリーが積まれているため、ハンドリングはまるでミッドシップ。ブレーキをかけると、まるで車体が下に沈むように重心が安定し、ステアリングを切るとサスペンションがしなやかに路面を捉えたままノーズがクイックにインを向きます。
前輪駆動なので、フロントから引っ張られるような挙動なのが、ミッドシップ的な安定感との組み合わせに最初は少しだけ脳が混乱しましたが、慣れるとこれが楽しい。ハイペースで走るワインディングだけでなく、街中の交差点まで気持ち良く曲がれます。
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大容量のバッテリーを積みながら、車内の居住空間はガソリン車とほぼ変わらないのも、このモデルの美点。電動化を前提に設計されたプラットフォームを採用していることが効いてくる部分です。クーペのようなシルエットのハッチバックのため、身長175cmの筆者が座ると後席はややヘッドスペースが窮屈に感じますが、開放感のあるサンルーフがそんな気分を吹き飛ばしてくれます。
走行モードはノーマルとスポーツの2種類が用意されていますが、加速感が楽しくて渋滞以外はほとんどスポーツに入れっぱなしで走行してしまいました。
そのため、バッテリーの消費も早かったのですが、高速道路のSAなどによくあるCHAdeMOの急速充電器に繋げば、30分で半分以上充電することが可能。航続距離を約300kmと見積もって、バッテリー残量が半分を切ったら充電器を探すような走り方で十分でした。充電時間はやや手持ち無沙汰なところはありますが、自宅に普通充電器を備えておけば、だいたい一晩で満充電にできますから1日300km以下の走行距離であれば、それで事足ります。
静かで俊敏な加速、そして低重心で安定したコーナーリングはクルマ好きにこそ味わってほしいもの。EVとガソリン車を、本気で同列で選ぶ時代が到来していることを実感できるマシンです。
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