同じ地域に何度も訪れる「帰る旅」が注目を浴び始めている。会いたい人がいるから、好きな景色があるからーー「帰る」理由はさまざまだが、パンデミックで繋がりが分断され、暮らしが多様化するなか、日常から離れて羽を伸ばせる「第2のふるさと」の存在は、よりニーズが高まるだろう。
一方で「知り合いもいない旅先では、住む人たちと関わりを持ったり、カルチャーを知ったりするとっかかりがない」という声が多いのも当然のこと。そこで今回は、トラベルプロデューサー堀 真菜実の「島根県への帰る旅」を通して、第2のふるさとを見つけるヒントを探る。
日本海に面した小さな温泉街、「温泉津(ゆのつ)」と、そこから車で5分の限界集落、「日祖(ひそ)」。名前の通り、温泉と津(海)に恵まれた地域だ。3年ぶりだった温泉津エリアには、あえて予定を組まずに2泊した。
泊まったのは、山と海に囲まれた限界集落、日祖。誰もいないビーチまで徒歩3分。
まずは地元のお母さん、臼井さんへご挨拶。日祖にある一棟貸しの宿「HÏSOM」に泊まる旅行者を温かく迎えてくれるご近所さんで、遊びに来る度にお世話になっている。
開口一番に「おかえりなさい!」と言ってもらえるのはやはりうれしいもの。一気に自分の居場所に戻ってきた感覚がした。事前に「秋らしい日祖の遊びをしたい」とお願いしておいたところ、山の野花だけを使ったフラワーアレンジメントの準備をしてくれていたので、草花の香りを目一杯かぎながら、お互いの近況報告もする。
日祖の宿「HÏSOM」では、希望すればこのような地域の人との関わりをサポートしてくれる。土地のことを知りたい旅人にはぴったりだ。
「ここではお花なんて買わなくたっていいんです、四季折々のお花が手に入りますからね」と臼井さん。また「天気がよかったらお父さんと一緒にカニ釣りもしたかったんですよ」とのこと。カニ釣り、やってみたかった!
コロナ禍の温泉津エリアには意外な変化が
この3年間で、温泉津エリアには新しい風が吹いていた。
GoogleMapにさえ載らない秘境だった日祖へは、ナビで行けるようになった。全長800メートルほどの小さな温泉津の町には、ゲストハウス、バー、サウナ、レストラン、コインランドリーなど、新しい施設が次々にオープン。2021年に誕生した「旅するレストランWATOWA」には、なんと全国から来たシェフが月替りでキッチンに立っている。
最寄りのコンビニまで車で20分という立地のレトロな温泉街に、なぜこれほどの変化が生まれたのだろう。仕掛け人である近江雅子さんに疑問をぶつけてみた。
「温泉で知られる温泉津には、ほとんどの方が1泊や日帰りで観光に来ます。もっと長くいてもらうためには何が必要なのか考えて、形にしてきたんです。泊まるところ、食べるところはもちろん、長期間ならランドリーも必須ですからね」
そもそも、どうして中長期滞在を促そうと思ったのだろうか。
7歳の息子さんの存在がきっかけで、町と外の架け橋に
「きっかけは、息子の存在でした」と近江さん。今年小学生になった息子さんは、町全体で同級生がたった7人なのだそう。
「温泉津には、豊かな自然も良質な温泉もあるけれど、生かす人がいなくなってしまえば宝の持ち腐れ。このままだと、子どもたちが大人になった頃にはどうなってしまうのかと…」
いち早く危機感を持った近江さんは、かねてより外から人が移り住んでくれるための町づくりに奮闘してきた。
夜の温泉津は静寂そのもの。
「一度長く滞在してもらえれば、“ここの生活”を好きになってもらえる自信があったんです」
「ここの生活」とは具体的に?
「良質な温泉に好きなときに浸かれること。それから海が近いから仕事の合間に泳いでリフレッシュできたり、歩いているだけでお魚や野菜をもらえたりすること。私自身が東京から引っ越してきてわかった良さなんです」
温泉津は、全国の泉質リサーチで日本有数の評価を受けたほどの名湯の地だ。ワークライフバランスが取りやすく、漁師町なので食材にも恵まれる。さらに、人とのほどよい繋がりが残る暮らしに魅力を感じる人は少なくない。
実際に、お試しステイを経て移住や2拠点生活を始める人が現れ、古民家の再活用も少しずつ進んでいる。
先述の「WATOWA」のシェアリングキッチンも同様。
「最初こそ苦労しました。全国のシェフにInstagramからスパムのようにメッセージしたんです。そうすると興味を持ってくれる方はいて。コロナ対策で、都会でのレストラン営業が厳しかったのも、後押しになったのかもしれません。ものは試しと、しばらくWATOWAで営業をするうちに、ここを気に入ってリピートしてもらえるようになったんです」
今では、キッチンの予約は何ヶ月も先まで埋まっている。シェフたちは地域の人から魚や野菜を仕入れて地元の人に料理をふるまい、温泉津ライフを満喫していくそうだ。
港では、ノドグロやイカの水揚げに遭遇することも。
私たち家族も、2日間「観光」ではなく「ここの生活」を疑似体験した。思い立ったときに海まで散歩して、夜は静かに満天の星を見上げた。ここでの暮らしは、家と家、人と人との境界線が緩やかだ。
「使い終わったらウチの玄関に置いておいて」と、子どもたちにお砂遊びセットを持ってきてくれるご近所さん。夕暮れどきに町を歩けば、顔見知りになった人たちが手を振ってくれて、外出から戻ると庭のテーブルにお花が生けられていることもあった。
地域の内と外をつなぐ地盤ができつつある温泉津エリア。海辺の温泉街でゆったり過ごし、「ただいま!」と帰れる場所を増やしてみてはいかがだろう。
取材協力:島根県観光連盟