あり余るお金があったら何に使いたいですか? 高級車を買う、豪邸を建てる、高級腕時計やブランド物のバックをしこたま集める……。さまざまな妄想が広がりますが、私が中高生ぐらいの頃に欲しかったのは「ビル」です。いまだその夢は果たせていませんが、私財でビルを建てたい人、会社の業務で建築に携わる人にとって、今後注目すべきキーワードが「ZEB(ゼブ)」です。おそらく8割以上の人はまだ知らないZEBについて、今回は沖縄で実際に見学できる機会があったのでレポートします。
「なんくるないさー」では何ともならないエネルギー問題と地球温暖化
日本各地で気温40℃に達する地点が多発していた6月末、沖縄にやってまいりました。那覇は気温30℃。全国のどこが南国なのか分かりません。海風の涼しさが気持ちよく、やはりリゾート地だなと実感します。
さて、「ZEB(ゼブ)」とは何でしょう。もちろん沖縄に生息する毒蛇ハブとは無関係。Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略称で、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物のことです。
ZEBの背景にあるのは、もちろん地球温暖化対策。2008年の北海道洞爺湖サミットを契機に、国際エネルギー機関(IEA)が、先進各国にZEBへの取り組み加速を勧告。2020年10月に日本政府が、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。
また「第4次エネルギー基本計画(2014年4月閣議決定)」において、「2030年までに新築建築物の平均でZEBの実現を目指す」という目標が掲げられています。
そして、ZEBの実現・普及を進めるために設けられた制度が「ZEBプランナー」です。ZEBプランナーは建築主等の依頼に基づき、建築や設備の設計、設計施工・コンサルティングなどZEPプランニングに係る業務を受注します。登録者は法人に限られており、現在は、大手の建設事務所やゼネコンなど、約300社が登録されています。
その内の1社がパナソニック(エレクトリックワークス社)で、今回は同社がZEBプランナーとして最初に手がけた物件を見に来たのです。
さっそく現場をご紹介しましょう。こちらが沖縄県名護市にある特別養護老人ホーム「久辺の里(くべのさと)」。ご覧の通り3階建ての建物で、1階は主にクルマで送迎して入浴や食事、レクリエーション・サービスを提供する「デイサービス」、2階は全29床の「特別養護老人ホーム」、3階は数日から1週間程度の期間、介護や機能訓練を受けながら宿泊できる「ショートステイ」として使用されています。
2匹のシーサーが入り口の屋根からお出迎え。新型コロナウイルス感染症の関係もあって入居者に直接お話を聞くことができませんでしたが、設備や施設を見学しながらZEBについて解説していきましょう。
建物の省エネ性能は断熱性×設備で決まる
建物で消費するエネルギーをゼロにする第一歩は、建物の断熱性能です。この久辺の里では、窓に遮熱性の高いLow-E複層ガラスを、天井部に高性能な断熱材を使用することで、基準値の83%にエネルギー消費量を抑えることができています。
ちなみに、沖縄の住宅は台風の強風に耐えるため80%がコンクリート造りで、断熱性ではもともと有利です。上の写真にある、模様の付いたブロックは、沖縄の建物の外壁で代表的な「花ブロック」で、久辺の里では、エアコン室外機の目隠し、台風対策として使われています。
そして、建物自体の断熱性より大きいのは、設備のエネルギー効率です。ZEBで規定されている設備とは、空調、換気、照明、給湯、昇降機(一般的にエレベーターを指す)の5種類。パソコンやコピー機といったOA機器はビルの設計図に表されないため対象外となります。
パナソニックがZEBプランナーとして有利なのは、空調や照明などの商材を持っていることです。もちろんパナソニック製にこだわっているわけではありません。例えば、久辺の里の給湯器はガス給湯を採用しています。本来であれば省エネ効率に優れたエコキュートにしたいところですが、老人ホームではお風呂の給湯を欠くことができないため、湯切れの心配がないガス給湯になっています。
災害時でも24時間以上エネルギーを自給できる
屋上にのぼるとソーラーパネルが設置されています。施設で消費する全ての電力をまかなうほどの量ではありませんが、1階に設置された蓄電設備とディーゼル発電機により、災害などの停電時でも24時間以上電力を確保可能。久辺の里は名護市と防災協定を締結しており、いざという時は地域の避難場所としても利用できるのです。
と、ここまでZEB物件の久辺の里を見てきましたが、ZEBは3つのカテゴリーに分けて定義されています(※10,000平方メートル以下の建築物の場合)。従来の建物に必要なエネルギー(平成28年省エネルギー基準)から50%以下まで削減できれば「ZEB Ready(ゼブ レディ)」、太陽光発電など省エネと創エネを合わせて25%以下まで削減できれば「Nearly ZEB(ニアリー ゼブ)」、省エネと創エネを合わせて0%以下まで削減できれば「ZEB(ゼブ)」となります。
久辺の里は、基準値の半分以下(0.48)にエネルギー使用量を抑えた「ZEB Ready」です。
ちなみにZEB案件として多いのは、久辺の里のような老人施設、本社ビルの建て替え、工場の事務所棟がトップ3。特に老人施設は、高齢者の身の安全にも関わるため、快適性を損なうことができません。しかしながら光熱費を抑えたい需要が強く、引き合いが多いといいます。
ロシアによるウクライナ侵攻もあってエネルギー価格が上昇しています。自分が高齢者となり施設に入った時、「電気代が高いからエアコンを切りますね」と言われてしまうのはツラすぎるので、ぜひZEBの物件が増えてほしい。いや、今後確実に増えていくはずです。
※延べ面積が10,000平方メートル以上の建築物において、ZEB Readyを見据えた建築物として、外皮の高性能化及び高効率な省エネルギー設備に加え、更なる省エネルギーの実現に向けた措置を講じた建築物のことは「ZEB Oriented(ゼブ オリエンテッド)」という。
取材協力:パナソニック