自分たちがカレー屋として当たり前のように使うスパイスや香辛料は、日常の味覚としてかなり浸透してきていると体感しています。10年ほど前まではカレー粉やガラムマサラのように調和がとれたブレンドが“スパイス”として認識されていましたが、今ではコリアンダーやクミン、カルダモンなど個々のスパイスへ意識が広がり、味覚も細分化して理解されています。
カレーやスパイスを使った料理の世界への認知と需要が高まる一方、飲み物とスパイスの組み合わせはまだ多様化の途中にあるように思います。チャイやコーラ、ジンジャエールなどスパイスとの組み合わせに違和感がないパッケージへのアプローチの多さを見ていると、無数のスパイスの組み合わせと調理工程で作られるはずの無数の味が、既存の枠組みに入ってしまうことの物足りなさを感じてしまう。
「なんか違う」「思ってたものと違う」そりゃそうだ、それぞれがまったく違う風味のはずなのに。それでも既存のイメージにクラフトを付けて商品にすることが王道であるというジレンマ。悲しい。
そんなクラフトのジレンマに立ち向かうべく、スパイスの新しい味覚の体験、コミュニケーションに挑戦しています。三軒茶屋の自家焙煎コーヒースタンド「HAPPYEND BEANS」店主・ゆっちさんこと岡崎裕子さんと、スパイスを使った王道じゃない飲み物への作戦会議をしたのは1年前。
それから個人商店同志で往復書簡のようなアイディアと試行錯誤のやりとりが続き、季節が巡るごとに5種類作りました。その名も「魅惑のスパイスオレ」。
スパイスをどのような形で組み合わせたら美味しくて面白くなるだろう。コーヒーと一体になるようなシロップ? スパイスを豆と共に抽出? パウダー状にして溶かす? 迷いに迷っていたところにゆっちさんの鶴の一声。
「ネグラのカレーを作るときのような感覚で!」
コーヒーと合わせる気持ちを一旦脇に置いておき、ネグラが普段大切にしている異素材の組み合わせと季節感、食感のバランスを優先し、料理をするアプローチで香辛料やハーブ、ナッツや岩塩を手に取り「マサラシュガー」という新しい調味料の感覚で調合。
ネグラからHAPPYEND BEANSへ。バトンを受け取ったゆっちさんが豆を選び、淹れ方に工夫を凝らし、特徴を汲み取った豊かな1杯に向けて試行錯誤。
ゆっち「マサラシュガーに合わせるコーヒーは、まず、マサラのみで香りを嗅いで味わって。スパイスの個性を探るところから始めます。どれも個性豊かで、かわいいんです(親戚の子のような)。
私が大事にしている事は、スパイスの個性を活かす事。ネグラらしさを殺さないこと。近い味わいで、喧嘩しない様な組み合わせ。クセにはクセを。穏やかなものには、穏やかに」
【浪漫】
ナッツやチョコレートの香りのブラジル深煎りのコーヒーで甘さと、香ばしさを。ナッツをいかすように。浪漫に大事なのはミルクのスチーム。泡ミルクの甘さと、とろける食感にスパイスが絡むように。荒めのナッツが舌に乗っかる様に。
【曲者】
ミントの爽やかさと、強いペッパーの印象。割と強いコーヒーが合いそうな単品で飲むにはクセのあるニカラグア酸味のコーヒーを合わせてみたら、ミントがうまく合わせてくれてクセモノ同士の化学反応。
【花見】
春を楽しもう。桜の時期は短く儚い。合わせて選んだコーヒーは、サクラブルボン。この時期のみしか入荷しない柔らかいコーヒーはカルダモンの香りが柔らかい花見ととてもよく合う。
ミルクに溶けていく様と色合いの変化も楽しんで頂けるように、スチームを柔らかく滑らかに。溶けていく様が、桜の花びらが落ちる湖みたいです。
【新芽】
レモングラスに合わせて、レモンの香りのするエチオピアのコーヒーを。花椒、パキスタンの岩塩を活かすために、コーヒーはスッキリサラッと。冷たいチャイの感覚で、アイスでも楽しめます。
【越冬】
味わいが柔らかく、優しい女の子のような印象。綺麗な花びらも、活かしたかったので全体の色は、淡い白に仕上がる様に。浅煎りだけど酸味も穏やかに紅茶に近いコーヒーになるように焙煎を調整しています。
季節やそのときの自分たちの感情の昂りを原点にして、お互いの知識と視点から膨らませた物語を共有して紡ぐ。とても情緒的な商品の作り方は、個人商店同士ならでは。王道は王道の、じゃないほうはじゃないほうの楽しみ方がある。楽しみ方を紐解いて考える時間も生活の香辛料だと信じています。
店舗情報
八百屋の季節野菜とエキゾチックな諸国のスパイスで作る架空のインドカレー。近所の銭湯から秘境温泉街まで神出鬼没で出張も。
三軒茶屋茶沢通りマンモスビル1階。自家焙煎のコーヒースタンド 明るく穏やかに、背中を押してくれるようなコーヒーを日々研究中。