ハワイ島のオフグリッドな宿「MAKOA」の存在を偶然知ったのは、料理体験ができるところをリサーチしていたときだった。オフグリッドとは、オフ(=外れた)、グリッド(=線)、すなわち、電線や水道管などの線が通っていないことを言う。電気、水、ガスなどのライフラインを、公共施設に頼らずに自給自足するスタイル。私は、リゾートホテルとは違う選択肢にツアーを企画する前から早くもときめいていた。
MAKOAは、市街地から離れた自然のなかにぽつんとあるコテージだ。気になるキャパシティは「ベッドルーム以外も活用すればなんとか15名まで泊まれる」とのこと。早速15名限定のツアーを組んで、自身が運営する旅のSNSで仲間を募ってみた。エコな宿なので「ドライヤーはNG、シャワーは1人3分。それでもOKな人」と条件を絞ったが、意外にもメンバーは即日集まった。
トラベルプロデューサー堀 真菜実が「人生に一度は行くべきハワイ島のオフグリッドな宿MAKOA」を紹介する。
地図にない!電波もない!
MAKOAのホストは意外にも日本人で、オーナーの「いくこさん」と、名物ガイドの「昌平さん」の2名。出発の数日前にいくこさんからメールが届いた。文面は、挨拶と予約確認を終えてこう続いた。
「MAKOAはオフグリッドにあり、グーグルマップで住所を入れてもちゃんと出てきません」
「周りの道の名前も間違っていますし、うちの住所である道の名前は表示されていません」
「電波が繋がりませんので、ナビも入らないです」
空港から宿までの道順がていねいに書かれた道案内とお手製の地図が添付されている。15名のメンバーは4台のレンタカーに分かれて向かうのだが、電波が入らないということは互いに連絡も取れなくなる。各車が孤立無援になるので、MAKOAまではいくこさんから案内状だけが頼りだ。
「道路脇にあるマイルマーカーの表示が唯一、目印になるものです」
「右手に牧場、左手に開けた草原地帯に家が1、2軒建っているところを通り過ぎると」
「『Do Not Cross When Flooded』と書いた黄色い注意板があり」
1人がこれらの目印を読み上げ、みんなで目を凝らしながら進む。MAKOAに着くまでの車内の一体感と緊張感は、謎解きゲームさながらであった。
電線もない!水道管もない!
森を通り抜け、小川を越え、開けた場所に出ると、広大な草原に赤い屋根のコテージが見えた。草原の先には大海原が広がっている。そんな場所なので、もちろん電線もないし、公共の水道やガスも通っていない。電気はソーラー発電、水は雨水を貯めて濾過したもの、ガスはプロパンガスのタンクを使っているそうだ。
今回は15人と大所帯の共同生活である。停電を起こさないように、ドライヤーは禁止、スマホやカメラの充電は午前中などとルールを決めて節電した。観光をしながら数日宿泊するだけなら、思ったほど不便はない。
シャワーは2箇所。人数が多いため、短時間の交代制にした。それでも同時に使おうとすると水圧が弱まったり、最後の人はちょろちょろとしか出なかったりする。観光でしっかり汗をかいてくるので、毎晩のシャワー順じゃんけんは真剣勝負だった。
決まったメニューがない!
「オフグリッド」に並ぶMAKOAの魅力は、完全オーダーメイドの体験だ。
移住するほどハワイを愛するホストたちは守備範囲がかなり広く、観光地へのプライベートツアーはもちろん、他にはないディープなハワイアン体験を提案してくれる。たとえば、ハワイアンの主食であるタロイモ畑を耕したり、伝統的なカヌー作りを手伝ったり。
ハワイ文化に触れたいと、私たちがリクエストしたのは「レイ作り」「フラ」「料理」の3つ。
「できますよ、当日準備しておきますね」と快く返ってきたので、内容はおまかせで当日を迎えた。
レイ作りをするよ、とガイドの昌平さんに呼ばれた先には、緑の葉っぱが積み上げられていた。
てっきり色鮮やかな花の首飾りを作るのだと思っていた私たちは、「レイ? これで作るんですか?」と面食らったが、「そう、これで作るんですよ」当然とばかりの昌平さん。
聞けば、レイの素材は、花だけでなく、草、貝、さらには羽などさまざまだそう。目の前の葉は「キーリーフ」といって、魔除けや祭事に使われる神聖なもの。もっともポピュラーなレイの材料でもあるそうだ。とはいえ、私たちにはまだ、細長い葉がどうやって、どんなレイになるのかまったく想像ができなかった。
まずはお手本。昌平さんが葉を更に細長く割いて足の指に絡め、手際よく編んで見せてくれた。
見る分には簡単そうだったが、葉を均等に割くのも、ちぎれないように編むのもコツがいる。不器用な私は「もうこの長さでいっか」と輪っかになる前に諦めかけたが、「最後まで自分でがんばれ、ほら完成させるよ」と昌平さんのエールがあり、どうにか腕輪サイズを完成させることができた。
続いて「フラ」。女の人が優雅に揺れるダンスのイメージとは違い、昌平さんが見せてくれたのは、低音の詠唱「チャント」と、それに合わせた中腰の力強い動きだった。「チャント」とは、古代から脈々と伝わる自然の摂理や祈りをリズムに乗せたもの。真剣な顔つきからは、ただのダンスではなくもっと精神的なものだということが伝わってくる。私たちも昌平さんに続いて、大きな声で復唱した。
オーナーのいくこさんに教わるクッキング体験は、ハワイの素材をふんだんに使った伝統料理だ。日本のハワイアンカフェに並ぶ、パンケーキやエッグベネティクトなどのメニューはひとつもない。キッチンにはさまざまな葉っぱが並び、調理やお皿に使われていた。葉に包んだ食材を蒸す料理は、まるでトトロのお土産のようで、目にも口にも楽しい。煮魚やタロイモを柔らかく蒸したものなど、家庭料理を口にするのも、思えばこのときが初めてだった。
MAKOAの体験は、観光客の想像通りにはいかない。ここでは、私たちの知るハワイよりも、もっと根幹に触れることになるからだ。
“引き算の贅沢”がある
町から離れたコテージには、リゾートホテルのような花火やフラダンスショーはない。突然ジュースを飲みたいと思っても、もちろん買いに行くことはできない。
その代わり、都市の光が届かないから、星の光が冴え渡る。庭には雨水をためた五右衛門風呂があって、お風呂に浸かりながら、人目を気にすることなく満天の星を眺められる。
モーニングコールはないが、ニワトリの声と動物のざわめきで自然と目が覚める。ジャングルのような庭を散歩してバナナを取り、葉っぱのお皿にごはんを盛り付ける。
窓の外にはいつでも緑と海が見えて、深呼吸をすると満たされた。
滞在前は、オフグリッドな宿=「さまざまなものが潤沢にない」と捉えて、「その環境下でどう過ごすか」という視点でいた。だが滞在してみると、不思議と「足りない」「不便」と感じることはなく、逆に「ある」ものに目が向くようになった。あるものをある分だけ使う。この当然のような感覚が、日本での日常に欠けていたことに気がついた。
「人は自然と繋がっていないと孤独を感じる」とハワイアンは考えるそうだ。MAKOAの滞在は、まさに自然との繋がりを取り戻す時間である。