英国を代表するラグジュアリー・ホテルを所有する人物が、自らのプライベート・コレクションのひとつとして、プロヴァンスのヴィラ・ラ・コストに続いて、世界で二番目に手がけたブティック・ラグジュアリー・ホテル。そのホスピタリティを、梅澤高明さんが体験リポートする。
鴨川から東山をつなぐ白川の流れは、祇園のひとびとの暮らしに四季の美しさを運んでくれる。春は目に青く、夏は涼やかに、秋は艶やかに、冬は静謐に。そんな京の四季が移ろう川沿いの小道を散策していると、ふと、粋な出格子が目に留まる。
よく見ると、真新しい建物にもかかわらず、祇園の街並みに溶け込んでいるから不思議だ。そう、かねてから世界の富裕層の間でオープンが噂されていた、わずか9室、全室スイートという、贅沢なブティック・ラグジュアリー・ホテル「THE SHINMONZEN」である。
エントランスに掲げられた「S」の文字を白く抜いた紺染の暖簾を潜ると、モダーンでありながら、自然の素材を生かしたインテリアに圧倒される。建物の設計を手がけたのは安藤忠雄氏だと聞いて、妙に納得した。
ドイツのヴァイル・アム・ラインにある「ヴィトラ・デザイン・ミュージアム」の中に建つ安藤忠雄氏の欧州初の建築物である研修センターを思い出したからだ。自然に生育していた桜の木を生かしつつ、細いアプローチが玄関まで続く設計は、安藤らしいコンクリート打ちっぱなしの外観にもかかわらず、自然との融合や日本建築らしさを感じる。
「THE SHINMONZEN」にも、安藤らしい手法がちりばめられている。祇園の白川沿いという立地と、京都の中でも、最も風情があるエリアに、新築でありながら、まるで昔からここにあったかのように周囲に溶けこむ様は、さすが安藤である。ファサード・デザインは祇園の街並みとの調和を重視して、木材の質感を生かした格子を採用し、室内に足を踏み入れると、日本建築らしい長いアプローチがゲストを迎えてくれる。
それでいて、パブリックスペースや個々の居室には、安藤らしいモダーンかつ開放感のある空間が演出されている。加えて、レミ・テシエをはじめとするアーティストたちが、インテリアを設計しているのだ。
ラウンジにはシャルロット・ペリアンが手がけたデスクが鎮座し、ルイーズ・ブルジョワ、ジェラール・リヒター、ダミアン・ハースト、杉本博司、大舩真言など、名だたる近現代アートの巨匠によるコレクションが館内を彩っている。個々の居室も、それぞれにテーマが用意されており、ひとつとして同じものはない。
「クラリッジス」をはじめ、英国でも有数のホテルを複数所有するオーナーだが、あえてプライベート・コレクションを立ち上げたのは、なぜだろう。
「大きなチェーンとは違って、プライベートコレクションではCIがありませんから、白いキャンバスから自由に組み立てることができます。ただし、単に自由なのではなく、そこにはヴィジョンが存在します。ゲスト向けにはもちろん、共に働くひとびとや周囲のステークホルダーに向けても、そのヴィジョンが生かされています」と語るのは、総支配人を務めるカトリーナ・ウイ(Katrina Uy)さんだ。
下世話な話だが、いくらラグジュアリー・クラスであっても、ホテルという事業は設備投資に対して、稼働率を高め、より高級なサービスを提供することで、利益を追求する必要がある。しかしながら、「THE SHINMONZEN」では、総支配人であるカトリーナさんが自由に運営できる。いくらオーナーからの信頼が厚いとはいえ、ホテル業界では大変稀有なことであり、プライベート・コレクションに対するオーナーの情熱の現れでもある。
梅澤高明氏がみる「THE SHINMONZEN」
京都でも最高級のロケーションに、安藤忠雄氏が手がけた建築、そして全室スイートということであれば、体験していただくゲストもやはり、ラグジュアリー・ホテルの経験を重ねた人物にお願いすべきだろう。米・戦略コンサルティング・ファーム「A.T.カーニー」の会長であり、マーケティングを得意とし、かつ観光庁の有識者委員でもある梅澤高明さんに、「THE SHINMONZEN」のホスピタリティを体験していただいた。
「ひと目見た外観から、安藤さんの建築かな? と思ったものの、細長いアプローチや風合いのある外壁や格子の使い方など、細部に安藤さんらしい心遣いが感じられます。祇園の観光名所から徒歩圏内であり、京都の古い街並みの中に存在するため、周囲と溶け込むように、実際は四階建なのにまるで二階建ての町屋ように見えるように配慮されています。旅行者向けではなく、まるで住んでいる町に溶け込むような印象です」(梅澤高明氏)
京都は、いまも地域の結びつきが強く、ひとびとの暮らしも、商売も、近隣との共助の上に成り立っている。「THE SHINMONZEN」も、その点に最も重きをおいている。もうひとつ、重要なのは、自然へのリスペクトだ。白川に沿って、四季が移ろう。そんな自然を守り、持続可能なホスピタリティを提供したいと、カトリーナさんは語った。
「レストランはまだオープンしていなかったこともあって、お夕飯はお茶屋さんから取り寄せていただきました。歩ける範囲にも食事をするレストランが豊富で、ホテルだけに閉じずに、このエリア全体を楽しむのが正解ですね」(カトリーナ・ウイ氏)
最大のスイートルームである「KIKU」には、ベットルームの他に、リビングルーム、クローゼット、バスルーム、そしてバルコニーが備わる。広々としたテラスを重視した設計の「SUISHO」、川面を眺めるバルコニーと和風の室内空間を持つ「TAKE」など、各部屋それぞれに個性的なインテリアが施されている。
あいにくこの日はまだ準備中だったが、年内には、ミシュランのスターシェフであるジャン・ジョルジュが手がける関西では初めてのレストランがオープンすることになっている。もちろん、大原、丹波など、ローカルの季節の素材をふんだんに使って、ファーム・トゥ・テーブルを行う予定だ。
36席と、ほどよい規模なのもいい。「THE SHINMONZEN」では、近隣との共助を重視しており、地域のレストランの予約もお願いできるし、お茶屋やレストランからのケータリングも可能だ。この地域には、いわゆる一見さんお断りのお店も多く、その辺りの流儀もしっかり抑えている。
実は、祇園というと歴史ある町並みのイメージが先行するが、実際に訪れてみると、アルチザンの雰囲気に溢れており、新たなアートが生まれるエリアでもある。質の高いアート・コミュニティがあり、若い世代の人に支持されているという。
「宿泊者のみがアクセスできるラウンジには、趣味の良いアートが彩られていて、落ち着く空間ですね。インテリアは自然で木の質感を生かしつつ、モダーンでコンテンポラリーという、バランスの良いものです。日本らしさを感じつつも、近代的な快適さを享受できる、つまり快適に日本に滞在したい外国の方には特におすすめだと思います」(梅澤高明氏)
「THE SHINMONZEN」に滞在すると、その居心地の良さに、どうしても部屋に長く滞在したくなってしまう。しかしながら、京都を、祇園を楽しんでほしいというメッセージも、このホテルにはあふれている。旅人でも、まるで祇園の住民かのように迎えてくれるホスピタリティこそが、「THE SHINMONZEN」の魅力に違いない。
TEXT:川端由美 PHOTO:タナカヒデヒロ