戦略コンサルティング・ファームを率いて日米で活躍する梅澤高明さん。新卒で自動車メーカーに勤務していたというだけあって、大のクルマ好きでもあります。そんな梅澤さんが、乗りたい!を思うクルマに試乗する連載企画。第二回目は、スーパー・スポーツカーの代名詞であるフェラーリを代表する12気筒モデル「812 GTS」でロングドライブを敢行。800馬力を発揮する超ド級のスーパー・スポーツカーを駆ったインプレッションに加えて、梅澤さんの“スポーツカー観”について、モータージャーナリストの川端由美が訊く。
真っ赤に象徴されるフェラーリらしさ
川端 せっかくなら、しっかりと長距離を乗って、インプレッションをしたいというご希望もあって、今回は午後イチから深夜まで、食事をする時間を除けばほぼぶっ通して、「フェラーリ812 GTS」に試乗していただきました。なんといっても、スポーツカーの王道たるフェラーリについて、率直なところ、どんな感想を持たれましたか?
梅澤 めちゃくちゃ普通のことをいいますが、やっぱり、カッコいいんですよね。もう少しプロっぽく言えば(笑)、エクステリアデザインがとても洗練されていますね。プロポーションが良く、ディテールの造形も美しくて、曲面とラインのバランスも素晴らしい。インテリアデザインについても、非常にビビッドな色の組み合わせなのに、ゴテゴテした感じや、嫌味なところがない。
今回のインテリアに使われている赤い革は、昼間にみたら真っ赤だったのに、こうして夜の明かりの下で見ると、バーガンディ(ワインレッド)に映ります。確かに派手なのですが、シルバーとの組み合わせが絶妙です。自己主張が強い派手さなのに、嫌味なく、まとまりがいい。それって、フェラーリのブランドイメージにぴったりだなと思います。逆に、色味を落として渋くしたら、全然フェラーリらしくないですよ(笑)
川端 スポーツカーのど真ん中だけあって、「さすがフェラーリ!」って感じちゃうんですよね。実際、ここまで“真っ赤”な内装は、他の高級車ブランドだと、気恥ずかしく感じてしまいそうです。このモデルは12気筒エンジンをフロントミドに搭載したモデルで、エンジンを収めるボンネットの部分、いわゆるロングノーズのスタイリングだから、そこも梅澤さん好みじゃないかな、と思うんです。これはフェラーリの記者発表の受け売りですが(苦笑)、12気筒のフロントミドのオープンカーは、フェラーリとしては50年ぶりなんです。それもあって伝統的なスタイリングに寄せているのかな、と思います。
ドライバー中心の設計思想
川端 インテリアのディテールはどう感じましたか?
梅澤 運転席回りにスイッチが多くて、ここは少し子どもっぽいかなという印象ですね。ちょっとゲームっぽい。もう少し落ち着いていると、僕の好みにすごくフィットするな、と思いました。
川端 確かに、一般的な“ラグジュアリー”なプロダクトのデザインとは少し違っていますが、フェラーリとしては、運転席周りはスポーツカーの機能優先で設計しているんでしょうね。
梅澤 運転席について言えば、とにかくホールド感がいいですね。サイドサポートやランバーサポート(※)もしっかりしていて、半日、いや、ほとんど一日中、運転していても全然疲れなかったのが印象的でした。こんな感覚は初めてです。助手席も試したいなと思って運転を変わってもらったとき、助手席に座った印象は「ちょっと硬いな」と思ったんですが、それは運転席と助手席が同じ硬さだからなんです。そう考えると、本当にドライバー・オリエンテッドの設計だな、と思います。
※ランバーサポート…車の理想的な着座姿勢をサポートするコンパクトクッション
川端 その感覚って、すごく鋭いと思うんです。フェラーリって聞くと、スパルタンでスポーティなイメージで、乗っていて疲れるクルマだと思われがちなんです。でも実は、すごくドライバー中心の設計で、運転していても疲れません。実は、フェラーリのエンジニアも、すごくこだわっているところなんです。
梅澤 確かに、それは明確でした。渋滞も含めて、これだけ長距離乗ってみたからこそ、わかる良さでもありますね。
“ムダの塊”こそがスーパーカー
川端 実はですね、助手席側のフロントフェイシアに小さなディスプレイがあるんですが、ここには、G(※)の方向とか、エンジンの回転数、何速で運転しているかなどが表示されます。ハッキリ言って、助手席の人にはまったく関係ない情報なのですが(苦笑)、ユニークだし、スポーツカーらしいですよね。
※G…乗りものの加速度を表すときに使われる単位
梅澤 僕も、助手席にタコメーターがついている車は初めて見ました(笑)。
川端 ある種のパフォーマンスみたいなんですが、そういうところも含めて、フェラーリの個性だし、一般的な自動車メーカーとは設計思想そのものが違うってことなんでしょうね。
梅澤 そもそも一般的な車ではないですからね。ラグジュアリーカーやスーパーカーというのは、ある種の“ムダの塊”でいいんじゃないですかね。フェラーリらしいムダというか……(笑)。
川端 華麗にムダ遣いをするという姿勢も、フェラーリなら優雅に映りますね(笑)。
梅澤 パワーだって800馬力もあるけれど、はっきり言ってムダですよね。今回は、東名高速も走りましたが、800馬力の1/4も使ってない。トランスミッションは7速までありますが、箱根の名物ワインディングロードであるターンパイクでも使うのはせいぜい3速までで、高速に乗っても4速は全然回しきれませんからね。
川端 エンジン音がグッと盛り上がるので、助手席に座っていると特に、エンジンが高回転まで回っているように感じました。
梅澤 実はね、2000回転くらいから、もういい音がするんですよ。エンジン回転数を引っ張って、4500回転くらいになると、さらに音質が澄んできて、高音域が気持ち響くんです。
驚きのフロント回頭性の優秀さ
川端 梅澤さんは音楽好きだから、エンジン音の表現が豊かですね。エンジン音は、単気筒あたりの排気量が小さいといい音がするって言われているんですが、フェラーリの12気筒エンジンは特に、乾いたいい音がする気がします。
梅澤 本気でエンジンを回すと、免許が何枚あっても足りなさそうなので(苦笑)、残念ながら、持てる能力を使い切れませんでしたが、中低速域でも十分に気持ち良いエンジンだとは思いました。特に、操舵したときのフロントの回頭性はびっくりするほど優秀です。これだけ鼻が長いのに、コーナーに差し掛かるときに、ほんの少しの操舵で、曲がるきっかけを作ってやるだけで、スムーズに鼻先が入っていって、リアが素直に着いてくるんですよ。ターンパイクであんなに気持ちよく曲がっていける感覚は、このサイズのクルマで味わったのは初めてですね。
川端 フロントは舵を切るだけ、リアにはしっかりトルクをかけて、後ろ足でアスファルトを蹴っていくって、物理の法則にのっとった、まさに走るためだけにつくったクルマってことなんでしょうね。
梅澤 コーナリング特性も高いのに、スタビリティもすごい高いんですよね。
川端 助手席に座っていても、路面をちゃんとつかんでいる印象が伝わってきて、安心して乗っていられました。
梅澤 これは意外だったんですが、クーペの方がスポーティで、オープンカーの方が軟弱っていう、従来のイメージはもうないですね。音の侵入と風切り音以外は、ルーフの開閉による差をあまり感じないのも特徴ですね。僕はなにしろ、ルーフを下ろして、オープンエアでドライブを楽しむのが好きなので、オープンカーでも十分にスポーティな走りが楽しめるのが気に入りました。
アイドル的な存在感を放つ
川端 都心に入って、ちょっと大げさなくらいのエンジン音がすると、目立つ外観と相まって、街行く人が振り向くのですが、そのとき、みんなが楽しそうに振り返っているのも印象的でした。
梅澤 大人も、スマホを構えて写真を撮ったりしていましたね(笑)。
川端 ほかのスーパーカーで、ここまで周りの人たちが写真を撮るって、あまり経験がないですね。やっぱり、フェラーリって、誰にとっても特別なクルマなんだなあ、とあらためて感心しました。
梅澤 老若男女、立ち止まってまで写真を撮りたいって思わせるのは、フェラーリやランボルギーニぐらいなのかもしれないですね。
川端 イタリアのスポーツカーは、みんなが写真を撮るような、ある種、アイドル的な存在なのかもしれません。こんなに派手なクルマなんだから、見ているほうもどんどん騒いじゃえ!という気にさせるのかな、と。乗っている人も自慢とかじゃなくて、そう見られることを楽しんでいる感じがしますよね。
梅澤 みなさん、どうぞ楽しんでくださいね、っていうノリですよね。
人車一体で走る楽しみを実感
川端 梅澤さんは移動より運転そのものを楽しみたいタイプですよね。
梅澤 移動だけならタクシーでいいと思っています。自分で運転する喜びは、走っていて楽しいと思えるかどうか。日の光や風を感じて、音を楽しんで……。
川端 自分でクルマの走りをコントロールできるのが楽しいってことですよね。
梅澤 人車一体ということは僕にとって、すごく大事なポイントです。逆に、自分がコントロールしなくてもいい車は乗っていて居心地が悪い。
川端 人車一体感という意味では、この車はしっかり担保できていると思います。
梅澤 かなり高いレベルでそうですね。個人的には、もう一回り小さい車のほうが好みですが、これだけ大きいサイズで人車一体感がここまで出せるのは、本当にすごいと驚いています。
カッコいい大人にこそふさわしい車
川端 実は、日本は世界でも有数のフェラーリ大国なんです。歴史的なモデルをコレクションしているオーナーも多いですし、サーキット走行を楽しんでいる人もいますし、目減りなんて気にせずにガンガンに長距離を乗るオーナーも多くいます。フェラーリ本社としても、日本はフェラーリというブランドをよく理解していて、オーナーの質が高いと考えているようです。
梅澤 複数所有している人も結構いるんでしょうね。僕の友人の起業家でも複数持っている人が何人かいます。
川端 これはイタリアでも同じですが、軽井沢やトスカーナのような別荘のガレージに置いている方も多いですね。立体駐車場の多い都心では、出先で停める場所にも苦労するので、郊外にドライブした方が走りやすいんだろうとは思います。梅澤さん自身は、フェラーリのオーナーになってみたいという気になりましたか?
梅澤 アリだな、と思います。運転してこれだけ気持ちがいいんだと、今回、実感したので。公道では馬力を出しきれないから、サーキットで走ってみたいなと思いました。そんな風に思ったのは、初めてかもしれません。
川端 梅澤さんを、そんな熱い気持ちにさせるのがフェラーリのすごいところですね(笑)。自分の感情に訴えるクルマを手に入れるのって、実は究極の贅沢なんですよね。ドイツの雑誌の調査によれば、実は、世の中の6割くらいの人は、一番欲しいクルマに乗っているわけではなく、なんらかの事情で選んだクルマに乗っているそうですから。
梅澤 感情に訴えないクルマなら意味がないし、気に入らないクルマに乗るくらいなら、タクシーに乗るほうがいいですね(笑)。フェラーリは、乗る人を選ぶクルマでもあるから、やっぱり、カッコいい人に乗って欲しいって思っちゃいます。川端さんみたいなカッコいい女性がシャキっと乗っていると、すごくいいなと思いますよ。
川端 本当ですか(笑)。なんだか、照れちゃいますが、めちゃくちゃ嬉しいです! 真面目な話、こういうクルマをカッコよく乗れる自動車文化のレベルまで、ようやく日本も到達してきたんだと思います。特に今の40代、50代の人たちは、すごくクルマ好きとか、マニアではなくて、クルマもファッションも食も、ライフスタイル全般を楽しむという人たちが増えてきています。昔の成金ではなくて、今の起業家たちは、成熟したカルチャーを理解できる人が増えていて、そういう人たちが一点豪華主義ではなく、自らのライフスタイルに合わせてフェラーリのようなクルマを買うようになってきています。
梅澤 成功した起業家たちが、ライフスタイルの一部として余裕を持ってクルマを楽しむようになったのは、比較的最近のことなんでしょうね。だいたいフェラーリのようなクルマは、究極の文化商品ですから、そういうふうに楽しんでもらわないともったいないと思うなあ。
豊かな文化というのは、趣味の多様化から生まれるものです。みんなが「いつかはフェラーリ」と考える必要はないんですよ。僕はフェラーリがいいけど、君はランボルギーニ、また別の誰かはクラシックカーというように、いろいろな人がいることで文化が広がっていくと思います。
子どもや孫の代まで満足してもらえるクオリティを
川端 フェラーリというクルマは一度手にすると、みんな、なかなか手放さないんです。ラグジュアリカーといっても、一度手放すとなかなかもう一度とならないものも多いんですが、フェラーリは“ヤメた”というのをあまり聞かないんですよね。
梅澤 なるほど、そうなんですね。ところで、兼ねてから気になっていたことを聞いていいですか(笑)。 フェラーリにおいて、8気筒モデルと12気筒モデルというのは、どのような位置づけなのでしょうか。
川端 F1のような最高峰のレースで勝利を収めることを目的に設立されたフェラーリとしては、やはり、レーシングエンジンに搭載する12気筒エンジンが正統派という雰囲気はあるのですが、一方で、8気筒エンジンをミドに積むモデルは、レースではなく、ロードゴーイング版の中でもハンドリングマシンという位置づけです。製造ラインも、12気筒と8気筒はまったく別の組み方です。12気筒はエンジンの組み立ては職人芸の域で、フェラーリとしては12気筒にこそ自分たちの魂と誇りがあると考えているところがありますね。
フェラーリって、年間1万台以下しか生産していないので、モデルによっては1年半くらい待つのが普通なのですが、いくら需要が多くても、自分たちのこだわりのクオリティを維持しようと思うと、急速に生産台数を増やすなんてことをしようとは思わないんでしょうね。
梅澤 それはラグジュアリーブランドとして賢い選択ですね。キャパシティを増やして無理に売ろうとする必要はまったくないと思います。真のラグジュアリーを目指すなら、台数を稼ぐより、クオリティを保って、ブランドをつむぎ続けることのほうが断然重要ですから。
川端 お客さまとの約束を守る、そこが一番大事だと考えているんだと思います。5年、10年、場合によっては50年たっても、フェラーリを買ってよかったと思って欲しいという気持ちが製品にも、アフターサービスにも、現れています。
梅澤 子どもや孫の代になっても、そのポジションを守り続けているって、工業製品としては稀有で、素晴らしいことですね。今日、こうして長時間乗ってみたことで、フェラーリじゃないと生み出せない世界観があることを感じ取れて、非常に有意義でした。また近々、フェラーリの別の車種の試乗をリクエストしてもいいですか?
川端 もちろん、どこまででもお供します(笑)
Text:工藤千秋 Photo:下城英悟