僕のスタイリスト人生をともに伴走してくれているのが、この「三菱ジープJ36」。修理が多くて燃費が悪いし、重ステでかなり手のかかる奴だ。でも僕が絶対にこのクルマを乗り換えないのは「好きだから」、これひと言に尽きる。
不便だし、運転しづらいけど
憎めない
クルマ好きの方なら分かっていただけると思うが、「三菱ジープJ36」はとにかく手がかかる。ガソリンもエンジンオイルも大食いだし、エアコンが故障したり、オイル漏れしたり、とにかくお金がかかるうえ、重ステ(パワーステアリングが標準装備されておらず、車の補助機能なしで人力のみでハンドルを回さないといけない)で、内輪差も狭く運転するには技術が必要だ。
スタイリストという仕事柄、移動はほぼクルマなのでこれまでさまざまな車種に乗ってきたが、ダントツで運転が難しい。しかし、「三菱ジープ」と連れ添って8年になるが、絶対に乗り換えないと決めている。
出会いは2012年、クルマを購入したという友人が手にしたのがこの「三菱ジープJ36」(通称、“デリバリワゴン”)だった。この無骨さと可愛さに彼も僕もひと目で気に入ったが、あまりの聞かん坊さに彼はわずか10ヶ月で手放すという決断を下した。当時、僕はスタイリストとして独立して5年以上経っていたが、一刻も早く自家用車が欲しい! というわけではなかったが、彼が手放す「三菱ジープJ36」を迷わずに引き取ることにした。
地元・山形で、僕は父に譲ってもらった「BMW 525I」に乗っていた。上京してスタイリスト下積み時代も、バイトやリース、ロケ地に向けてハンドルを切っていたので運転には自信があったが、初めて運転する「三菱ジープJ36」にはかなり手を焼いた。
普段なら一度で切り返せるところを何度も切り返し、重たいハンドルは力いっぱい切る必要があるので、分からない人からしてみれば、運転が下手な人に見えたと思う。乗り始めてすぐは故障を繰り返し、アコーディオン式のアクセルペダルが折れたこともあったし、ワイヤーが切れてアクセルが上がらなくなったこともあった。そんなエピソードを仕事仲間や友人たちに話すたびに、「なんで買い替えないの?」と問い詰められるのだが、そのたびに「絶対に乗り換える気はない」と答えている。
新車にはない
「運転している」感覚が味わえる
戦後、三菱のジープはアメリカのウィリス・オーバーランド社が軍用から民間用に転換するにあたり、国産メーカーでの入札競争の結果、現在の三菱重工業が受注。部品を輸入し、日本国内で組み立てるノックダウン方式で生産が始まった。僕の「三菱ジープJ36」は1982年式。1987年まで生産されていたそうだ。
当時は自衛隊や林業などの役所関連の仕事で需要があったみたいだが、一般層にも展開するために三菱ジープが販売されるようになった。そのときの写真を見て驚いたのが、後部座席のベンチシートを倒してスノーモービルを積んでいたこと。今でこそ、トランクには自作の棚をDIYしてぎっしりアウトドアギアを詰め込んでいるが、自家用車でスノーモービルを格納できるクルマはほかにないだろう。
そんなこんなで乗り続けている「三菱ジープJ36」だが、仕事で新車のジープに乗らせてもらったり、最新車種のハンドルを握るたびに、愛車の良さに気付かされる。なによりも「運転している感じ」がこのクルマにはある。最近のクルマは、ギアを入れれば走り出すし、スイッチひとつでコンピューターが駆動し、ハンドルを握らなくても自走してくれる。
そんなクルマを運転すると、『マリオカート』や『リッジレーサー』を思い出す。ゲームのように誰でも簡単に安全に運転できる利便性はあるが、そこに「運転している感じ」があるかと言われればそうではない。あくまで好みの話になってしまうが、この「運転者を選び、車体を“操縦”している感覚」は、今のところ「三菱ジープJ36」以外で感じられることは稀だ。
このジープには何か宿っている
とにかく手がかかる聞かん坊だが、長く付き合ってきたからこそ燃費の悪さも運転のしにくさも今ではかえってこのクルマの好きなところでもある。ほかにも、観音開きのハッチバックや、三連ワイパー、前後のベンチシートにフェンダーと、このクルマの個性はデメリットを差し置いても十分に愛着がある。
これまでの度重なる故障も不思議なことに、ほとんどの場合ひと仕事を終えたあとに起こっている。フリーランスという立場上、仕事を受けて依頼された業務を遂行するには必ずリスクヘッジをして、自分で責任を取れなければやっていくことができない。そのうえで、リスクを最小限に抑えることが前提になるが、これまで故障をともなったのは、リースした商品の返却後であったり、自宅に帰って車庫に入れてからだ。
愛車を手にした当時はチャイルドシートを積んでいたが、そのときに生まれた長女は8歳になる。そしてジープも妻も82年式。やっぱり、この「三菱ジープJ36」には運命的なものを感じる。
写真:下城英悟 文・聞き手:山田卓立