はじめてモンゴルを訪れたのは、2009年の夏のことだった。遊牧民のテントに泊まり、馬に乗って草原を駆ける、まさにイメージ通りのモンゴル。遊牧民のお世話になる間、食卓には常に大量の羊肉が並んでいた。そして、現地の人たちはとにかくお酒をよく飲んだ。理由を聞くと「肉や酒は、身体を温めてくれるでしょう。ここは冬の寒さがとても厳しいんだよ」と教えてくれた。
初訪問から6年後の2015年、旅のプロデュースの仕事をするようになった私は、旅行代理店さんと年越しのツアー案を練っていた。カレンダー通りにしか休みを取れない人にとって、年末年始は絶好の旅行シーズンだが、旅費の高さがネックになる。料金的に行きやすいスポットを模索するなかで挙がったのが、閑散期のモンゴルだった。
真冬のモンゴル。6年前の話が脳裏をよぎる……「めちゃくちゃ寒いんですよね」。恐る恐る聞くと、「よくご存知ですね。だから年末年始でも空いていて、フライト料金がリーズナブルなんです」とのこと。気温がマイナス30度まで下がることも珍しくないそうだ。
「そこまで寒いと、逆に旅先としては面白いかもしれません。本当に『バナナで釘は打てるのか』『濡れたタオルを回すと凍るのか』。私、一度はやってみたいですもん。同じような人がいるかもしれない」そんな想像を膨らませながら、私は再びモンゴルに行くことを決めた。
トラベルプロデューサー堀 真菜実が「人生に一度は行くべき、極寒のモンゴル旅」をご紹介する。
50人の仲間で、いざ極寒に挑む。
「一度は試してみたい、極寒体験」。そんな文句を掲げて、当時運営していた旅のSNSで仲間を募った。すると、珍しさとコストパフォーマンスの高さから、すぐに50名ほどの手が挙り、またたく間に一大ツアーとなった。
50人の旅仲間は、未知の寒さを乗り切るべく、思い思いの出で立ちで首都ウランバートルに降り立った。ある者は爆買いしたユニクロ商品で身を固め、ある者は上下ともにスノーウエア。
合言葉は、「オシャレよりも防寒」だ。肌着こそ日数分持っていくものの、スーツケースには限りがあるので、外に着込むものは着回す。結果として、毎日同じような格好になった。
スノーシューズは必須だが、撥水加工のコートや手袋がなくても問題なし。零下では、服に付いた雪は溶けないのだ。
これぞマイナス30度の実力!
私はヒートテックやフリースを4枚着込み、その上からダウンを2枚重ねた。しかし、唯一覆われていない顔が痛い。「冷たい」を通り越して肌を「刺す」のだ。
それから、自分の吐息で髪が凍る。まつ毛も凍る。鼻の奥で、鼻毛まで凍る。カメラやスマホなどの機器は低温に耐えきれず、一台、また一台とバッテリーが落ちる。カイロはあっという間に熱を失うし、20分、30分と過ごすうちに、分厚いシューズとグローブを超えて、手足の感覚が奪われる。
この辺りが賢い引き際だ。それ以上長く外にいれば、寒さとの格闘で観光どころではなくなるのだ。
とはいえ、準備さえすれば、凍てつく寒さのなかでも意外と快適に過ごせることもわかった。カラっと晴れた青い空と、べちゃべちゃしないパウダースノーを同時に味わえるのは、極寒ならではの気持ちのよさだった。
「極寒体験」の結果はいかに?
まずは、これを見てほしい。
結論。冬のモンゴルでは、バナナで釘が打てる。濡れタオルを回すと凍る。これらは紛れもない事実である。
ただ、正直に言うと、実験は不完全燃焼に終わった。
原因は、そのとき、気温がマイナス10度まで上がっていたことだ。よく晴れた日で、滞在中では一番の「暖かな陽気」だったと言える。関東人の私からすれば、それでも極限の寒さには変わりないのだが。
結果として、直前まで室温にあったバナナが固くなるには結構時間がかかったし、濡れタオルを凍らせるには何十回も回す根気が必要だった。
先のカップ麺は、夜に冷え込んでから、ホテルにあるものを使ってリベンジをした結果だ。「極寒体験は時間帯まで考慮すべき」という教訓を得たが、果たして役に立つときが来るだろうか。
真冬のモンゴル、飽きることなし
当然、ただ寒いだけではない。
歴史的なスポットは、25mもの巨大な観音像があるチベット仏教の総本山や、市街を一望できる高さにある戦勝記念碑など、どれも規格外の規模で圧巻だった。
良質なカシミアが手頃に買えることを事前にリサーチしていた私たちは、防寒用のニット帽を現地調達し現地スタイルの完全防備。年越しのカウントダウンは、モンゴルの英雄、チンギス・ハン像の前でローカルの人たちと一緒に迎えた。
現地の人たちとの交流はほかにもあり、旅のメンバーに好評だった。
民族衣装を着せてもらって乗馬を習ったり、地元の方のお宅に招いてもらって一緒に家庭料理をいただいたり。驚いたのは彼らからの“おもてなし”。お宅訪問では、小グループに分かれて複数の家にお邪魔したのだが、どのグループも泥酔してふらふらになりながらホテルに帰って来たのだ。これが「モンゴル流」のおもてなしなのだ、と身をもって学んだ。
そのほかにも、冬のモンゴル観光は、雪原での犬ぞりや星空鑑賞もできる。冬のウランバートルは大量の石炭の使用により空が曇っているので、星を見たいならやや足を伸ばす必要があるが、晴れた夜には、ハイシーズンの夏のモンゴルを超える満天の星空になるのだ。
初日の出は雪原に寝そべって
元旦の早朝、私たちは初日の出のために運行されている寝台列車に乗りこんで、郊外の雪原へ向かった。外はまだ真っ暗。案内された2名1室の客室は、真ん中にテーブル、両脇にベッドというつくりで食事をとるにも、足を伸ばして眠るにも、申し分のない広さだった。憧れの寝台列車にあちこちから歓声が聞こえる。
同時に、暖かさにほっとして眠気が押し寄せた。なにしろ大晦日は一日中観光を楽しんだあと、極寒のカウントダウンイベントに参加して、一睡もせずにここまで来ていた。浮き立ったのも束の間、発車とともに心地よい眠りに落ちた。
雪原に到着すると、すでにたくさんの人が集まっていて、暗闇のあちこちで巨大な焚き火が上がっていた。ちょっとしたお祭り騒ぎである。手足の感覚が遠のくのを感じながら、日の出を待つ……。
地平線が真っ赤に照らされる。
建物どころか、樹木ひとつない。
目の前にはただただ雪原が広がり、日が昇るにつれてオレンジ色に染まっていく。こんなシンプルな日の出をこれまで見たことがあっただろうか。この景色こそ、真冬のモンゴルの醍醐味なのかもしれない。そんなことを思いながら、凍てつく寒さも忘れて雪の上にダイブした。
青々と茂る草原のイメージが強いモンゴル。だからこそ、冬が穴場だ。50人もの参加者を惹きつけたきっかけは「極寒体験」だったけど、それ以上に心を打たれたのはどこまでも続く雪景色と、おもてなし上手なモンゴル人の「温かさ」だった。
この時期に行かずして、本当のモンゴルを知ることはできなかっただろう。あの極寒の雪原にまた飛び込めと言われたらやはり気合いがいるから、まさに本連載のテーマ「一生に一度は行くべき」という言葉がぴったりな旅先だ。