プロスポーツ界の最前線で戦うスポーツジムが作った中学野球チームは、はたして令和の“がんばれベアーズ”のような、ドラマティックな結末を迎えることはできるのだろうか? この物語はこれからどちらに転ぶともわからない、現在進行形で進んでいる完全ドキュメントな“野球の未来”にかかわるお話である。野球作家としてお馴染みの村瀬秀信氏が、表に見えるこどもたちのストーリーと、それを裏で支える大人たちの動きや考えを、それぞれ野球の表裏の攻撃守備ように交互に綴っていく。
弱小野球チームに掛けられた声
『強くなりたくはないかい』の意味
どこにでもいる14人の野球少年たちが、どこにでもある海沿いの町の少年野球チームで、勝ったり負けたり、負けたり、負けたり……やっぱり負けたりで、それでも楽しく、元気に野球をやっていました。2020年の夏。新型コロナで甲子園が中止になった緊急事態の中でも、なんとか開催された小学生最後の大会は、思うような結果を残せずあっけなく敗退。あまりにもあっけなくて、涙を流す感傷すら忘れていたぐらいだ。
「終わっちまったな」。
なぜか1人だけ号泣していたキャプテンのキズナがそう呟いた。11人は考えていた。中学生になってからも野球を続けようか、どうしようか。全員が進学する予定の中学校の野球部は、部員が9人も揃わないレベルだというし、かと言って上手いやつらが集まるシニアやボーイズなどのクラブチームに入るほどの度胸もない。いちばん近くの名門チームなんて部員が100人以上いるというし、球拾いすらやらせてもらえるかわからないだろう。
秋になり、兄貴がシニアリーグ出身で県内の強豪校で活躍していたテッペイが何人か連れだって、シニアリーグの体験会に参加もした。中学生はやっぱりレベルが高い。やっていけるのだろうか。そんな不安が沸き立つ一方で、となりの少年野球チームの中心メンバーたちは名門クラブに入るという話が耳に入り、近隣で一番野球が上手いと評判のあいつも、新しくできるチームにスカウトされたという話を聞いた。
なんとなく。そう、これからどんなに野球を頑張ったところで、甲子園やプロ野球に行くようなやつらとは生まれつきの才能が違うということは、なんとなくわかってしまっている。それならば、野球は諦めて、勉強や遊びや、ほかのことに時間を費やした方がよっぽど建設的なのかもしれない。野球は好きなんだけど、好きとやれるはまた別の話なのかもしれない。
『君たち、強くなりたくはないかい』
冬になる。クリスマスの日。茅ヶ崎の市営球場に6年生のぼくたちは集められた。ピッチャーをやっていたユウギのオヤジが野球教室をやってくれるというのだ。
ユウギのオヤジは、東京でスポーツジムを経営しているらしいが、詳しいことはわからない謎の多い人だ。たまに少年野球の試合を観に来ることもあったが、黒ずくめの服に筋肉隆々で明らかに見た目が恐いので、みんなどこか一歩引いて見ていた。そんなユウギのオヤジが、はじめて僕たちに声を掛けてきたのだ。
単純に少年野球を終えた僕たちに、卒団の記念野球を市営球場でさせてくれると思っていたのだが、球場へ行くと、どこかで見たことのあるお兄さんがいることに気がついた。フカイが呆気に取られたようにつぶやいた。
「ねえ、あの人。マリーンズの唐川投手じゃない?」
「うそだろ。なんで茅ヶ崎にいるんだよ」
「そっくりさんじゃないの?」
その人は、正真正銘、本物の唐川投手だった。驚いた。唐川投手はユウギのオヤジのジムに通っているらしく、シーズンオフの合間である今日、特別に僕らに野球を教えにはるばる茅ヶ崎まで来てくれたのだ。
「野球は何よりも楽しんでやることが重要だよ」
唐川選手がそう言っていたように、そこから半日は夢のように楽しい時間だった。本物のプロ野球選手が目の前にいて、打って走って投げて。唐川選手のボールを間近で見ることもできた。やっぱり、プロはすごい。これからどんなに頑張っても、こんな球を投げられるようになるとは思えない。そんなことを感じつつ、唐川投手にお礼を言って、最後の円陣になったとき。ユウギのオヤジが急にこんなことを言い出した。
『君たちに強くなりたい気持ちがあるならば、新しくチームをつくるよ』。14人は顔を見合わせた。強くなれるのであればやってみたい。だけど、どうすれば強くなれるのだろうか。
「世の中には、サラブレッドのように遺伝的なスポーツエリートというものが存在することはなんとなくわかっているよね。だけど君たちのようなフツーの子が彼らに敵わないのかというとそうじゃない。大事なのは環境だ。君たちひとりひとりの成長を見極め、能力に応じた良い環境を与えることによって、実力を飛躍的にアップさせることができる。エリートの集団にジャイアントキリングを起こすことだって可能だろう」
ユウギのオヤジが言っている意味はよくわからなかった。だけど、とにかくすごい自信と大胸筋に心が踊っていたことだけは覚えている。2021年3月。11人に加え、隣のチームから来た3人を加えた14人の野球少年たちが中学生にあがる頃、茅ヶ崎に新しいクラブチームが誕生した。
“茅ヶ崎ブラックキャップス”
茅ヶ崎の象徴、えぼし岩を名に冠したクラブチームは硬式野球の老舗ポニーリーグに所属する。オーナーは東京・西麻布DeportareClub。今年100mで日本記録を出した山縣亮太をはじめ、サッカー五輪代表主将吉田麻也、バスケの田渡凌、現役プロ野球選手では千葉ロッテ唐川侑己や石川歩ほか、スポーツの第一線で活躍するアスリートをサポートしている。特に高校時代に111本塁打の日本記録を作った日ハム清宮幸太郎は、中学生の頃からトレーニングを見てきたなど、成長期のアスリートを育てた実例もある。
それら一流のアスリートが実践している現代における最先端トレーニングメソッドとプロフェッショナルの経験を、エリートではない中学生に注ぎ込んだとしたならば。スポーツであり、世の中の常識はどれほどに変わるのだろうか。これまでの常識に対するジャイアントキリングをも目指し、雑草軍団の壮大な社会実験がはじまる。