劇場の暗闇で、物語が光っていく。現実とはちょっと違う空気になる。俳優も音楽も小道具も、全部が生きている。今は配信で観られる作品も多いけれど、演劇はやっぱり劇場で観てほしい。帰り道、心が鳴っているのを感じられるはずだ。
三浦直之さんが主宰する劇団・ロロは、ボーイミーツガールや家族をモチーフにまっすぐな愛情を演劇で描いてきた。昨年は歌人の上坂あゆ美さんをキャスティングした『飽きてから』も話題に。さらに高校演劇をフォーマットにした「いつ高」シリーズは、10年の時を経て今年再演するほど人気がある作品。三浦さんが大事にしてきたポップカルチャーを混ぜながら、とびきりの魔法を観客にかけてくれる。ロロ結成16年目、新作を発表し続け三浦さんに起きている変化、演劇に対する考え方を聞いてみた。

三浦直之
ロロ主宰・劇作家・演出家。宮城県出身。2009年、主宰として劇団ロロを立ち上げ、全作品の脚本・演出を務める。自身が摂取してきた多様なカルチャーへの純粋な思いをパッチワークのように紡ぎ、「出会い」の瞬間を立ち上げている。脚本提供、歌詞提供、ワークショップ講師など、演劇の枠にとらわれず幅広く活動。脚本を担当した映画『トリツカレ男』が11/7より全国の映画館で公開中。
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HP:http://loloweb.jp/
失踪から上演へロロ旗揚げのきっかけ

――2009年に結成されたロロですが、その旗揚げのきっかけは?
日本大学芸術学部演劇学科の同期や先輩後輩で結成したのがロロになります。具体的なきっかけは、現在のメンバーである亀島一徳くん。同期で、結成前から僕のことを面白がってくれていたんです。今は役者として活動していますが、当時亀島くんは演出家志望だったので「僕が演出するから三浦くん何か戯曲を書いてみてよ」と言ってくれて。
――それで戯曲を書いてみたのですか?
劇場も押さえていたのですが、僕、失踪するんですよ……。
――えっ、失踪!?
はい。友人の劇団を制作として手伝っていたのですが、事務作業が苦手で「わー!」ってなって誰とも連絡を取らず東京から逃げました。3ヶ月ほど地元の宮城にいましたが、実家にいても「いつ大学へ戻るんだ?」となり、友人の家を転々としたような……。朧げな記憶があります。

――3ヶ月後、東京へ戻られたのですね。
大学へ行っても人間関係は終わっているだろうなと思っていたのですが、戻ったその日に亀島くんに偶然会って。「三浦くんはクズでクソだけど、やっぱり面白いからまた何か書けたらやろう」って声をかけてくれました。
――救われる言葉ですね。
すごくありがたくて、そこまで言ってくれるなら一度ちゃんと戯曲を書いてみようと思いました。それで書き上げたのが2009年のロロ旗揚げ公演『家族のこと、その他のたくさんのこと』です。
――書き上げてすぐ上演したのですか?
いや、書き上げるのがモチベーションだったので、上演までは考えていませんでした。ただ、戯曲を書いているときにメンバーの篠崎大悟が近くに住んでいたので、読み合わせを手伝ってもらっていて。書き上がると大悟が「三浦くん、これ面白いからやったほうがいいよ」と言ってくれました。でも学生演劇として上演はしたくなかった。

――それはどうしてですか?
友達ばかりで客席が埋まる印象があって、それはやってもなあ……と。そのとき、王子小劇場で「筆に覚えあり戯曲募集」という審査に通ると劇場費が無料になるシステムがありました。何か箔が付いたら一般のお客さんも見に来てくれるかなと思って応募したら入選して。
――それで初作品は王子小劇場で上演されたのですね。
当時の館長・玉山さんが若手のフックアップに熱心な人で。「三浦くんはすごく面白いよ」と自分のことをまったく知らない人が戯曲を読んで面白いと褒めてくれた初めての経験で。じゃあ上演しようと決めました。

――上演にあたって、劇団名が付いたのでしょうか?
続けるつもりがなかったので、そんなに深く考えずに付けました。記号っぽくて、四角2つで覚えやすいかな、と思い「ロロ」にしましたね。
――初演のメンバーは現メンバーとほぼ同じですよね。
そうです。亀島くん、大悟、望月綾乃さんが同期です。島田桃子と森本華、制作の坂本ももが後輩です。
――現在制作に入っている奥山さんは?
奥山くんは観客としてロロを観に来てくれていました。2015年に制作のももちゃんが他の劇団も抱えているから、制作を増やそうという話になったんです。募集をかけたら奥山くんが応募してくれて。本当に仕事がよくできるので今はメインで制作をしてくれています。奥山くんがいなかったら、ロロは続いてなかったんじゃないかなあ。
作品を終えるたびに宿題が生まれる感覚
――結成16年目のロロについて、その変遷をお聞きできればと思います。私が見始めた10年前は、出会うことや離れることについての物語が印象強いかもしれません。
初期はボーイミーツガールを銘打ってやることが多かったですね。それこそ少年少女の恋の物語でストレートに「好きだ」と伝えるもの。ロロが初めから注目していただけたのは、そういう恋のストレートな物語が演劇で少なかったからかもしれません。

――初期作品はどこまでのことを指しますか?
2012年の『LOVE02』ですね。ボーイミーツガールは一回区切ろうと思った作品です。続けて上演した『父母姉僕弟君』も、自分の中で大事な家族というモチーフを書きました。擬似家族や血縁にとらわれないコミュニティに興味があったので、納得のいく作品が作れたかなと思います。でも作品を終えてからは、何を書けばいいのだろうと悩んでいましたね。

――悩みの先で、何が契機となり書き始められたのですか?
10代のころ憧れていた、長い時間の物語が大きかったかもしれません。ジョン・アーヴィングやガルシア・マルケスという作家のような、スケールの大きな作品を自分も書いてみたいと思って2015年に『ハンサムな大悟』で一代記を書き上げました。こういう書き方が自分に合っているのかもと見つけられた作品でもあります。
――『ハンサムな大悟』を観た日のことはよく覚えています。2016年に上演された『あなたがいなかった頃の物語と、いなくなってからの物語』も好きでした。
その作品は、当時の能力でベストな台詞が書けたと思っています。2020年の『四角い2つのさみしい窓』もロロのメンバーだけで上演できてよかったですね。昨年上演した『飽きてから』も、昔より演劇に飽きてきている自分を受け止めて、それと一緒に生きていくつもりで書きました。

――三浦さんは上演が終わるたびにどんな感覚になるのでしょうか?
作品を発表するたびに、宿題が生まれる感覚があって。次の作品ではその問題を解決しようと書いて、そしてまた宿題が生まれて。めっちゃへこむし、しんどくなりますよ。
――苦しくても、演劇にこだわり続ける理由が知りたいです。
人が集まって、1ヶ月ほど一緒に過ごして、散り散りになるという、その状況がすごく好きなんだろうなと思います。このコミュニティってなんだろう? と感じていますね。それに演劇って、準備をし続ける芸術だと思うんですよ。

――準備が続くとはどういうことでしょうか?
例えばあるシーンをやっていて、次のシーンではまったく違う場所に小道具が置いてなければならない、ということがあります。特に僕の演劇は段取りが多い。今ここであるシーンが起きているけれど、そこには次のシーンの準備が含まれていて。観客は未来の準備を見続けている、というわけなんです。
――未来の準備を私たちは見ているのですね。
みんなが今この瞬間を生きながら、同時に未来の準備をし続けている、ものすごく尊いことだと思います。僕は演劇のそういうところが好きですね。
キャラクターの名付けはバラバラな人がこの世界に存在している証

――2015年から2021年までシリーズとして上演された「いつだって可笑しいほど誰もが誰かに愛し愛されて第三高等学校」略して「いつ高」シリーズもロロといえば! と浮かびます。いつ高シリーズの誕生は?
2つ理由があります。まずは10代のころ、青春小説や青春映画という“青春“というコピーが付くものは片っ端から読んだり観たりしていて、いつか自分もそういう題材で書きたいなと思っていました。
――もうひとつはなんでしょう?
高校演劇の審査員をやらせてもらうようになり、その面白みを感じました。高校生がさまざまな制約(上演時間60分、仕込みは10分であることなど)のなかで作っていることを知り、自分も同じルールで高校生たちと同じくらい面白いものが作れるのだろうかと興味が湧きました。
それに僕はテレビっ子で、ドラマが好きだったからシリーズものもやってみたかったのもあり、そういう要素が集まって「いつ高」シリーズが生まれました。
――「いつ高」シリーズの面白さはありましたか?制約のなかで書くのは大変だったのでしょうか?
むしろ僕は制約がないと書けなくて、最初から高校演劇と相性がいいだろうと思っていました。このシリーズに限らず、どの戯曲でも自分ルールを設定します。大変さより面白さの方が大きかったですね。

――瑠璃色、シュウマイ、朝など、役名にときめいてしまいます。名付けはどうやって生まれるのでしょうか?
最初にキャラクターの名前をしっかり決めます。全員の並びが、なるべくバラバラなトーンになるようにしていて。異なる人たちがこの世界に存在していることが感じられたらいいなと思います。舞台上では文字ではなく音で届くから、呼び捨てなのか、名前なのか苗字なのかなどどういう音で呼び合うか、それがいいと思えたら決まります。
――2025年6月にはキャストを一新して再演がありました。初演との変化はありましたか?
キャストは、一緒に悩んで考えて作っていた初演より距離感を大事にしました。距離感を保つことで、彼らが自分達の能力を発揮できる環境にしたいなというのは、大きく変わりましたね。
演劇は同じ時間を安心して過ごせる空間ロロが演劇の玄関になれたら

演劇は同じ時間を安心して過ごせる空間ロロが演劇の玄関になれたら
――今回『TRAIN TRAIN TRAIN』という作品の脚本を手掛けていますが、自主公演ではない作品において楽しさや難しさはありますか?
最近は昨年上演した『飽きてから』や10月上演の『まれな人』など会話劇ばかり書いていたのですが、この作品は詩なんです。久々に詩の引き出しを開けた感覚があって面白かったですね。
――演劇をどんな人に届けたいですか?
『TRAIN TRAIN TRAIN』はアクセシビリティの部分でさまざまな工夫がされています。なかなかこれまで劇場に足を運びにくかった方へ、どうやったら客席に来てもらえるだろうと思っています。

――そういったことを考えるなかで、これから三浦さんとして、ロロとして、どういう演劇を目指しますか?
僕としては、10代のころに感動したような、スケールの大きな作品を書いてみたいです。30代初めは死ぬまでに書けないかもと自信を無くしたのですが、去年あたりから書きたいなら書いたらいいじゃんと思えるようになって。物語としてはそういうところを目指しています。

――ロロとしてはいかがでしょうか?
演劇という大きなジャンルの総体があるとして、ロロはその玄関を作る役割になったらいいなって思っています。どういう玄関なら入りやすいかな? 段差を無くしたらいいかな? 扉の形がこれくらいの大きさだと目に留まってくれるかな? など考えています。
――どんな方に観にきてほしいですか?
なるべくさまざまな人に来てほしいですね。作品が出来上がる以上に、客席の光景にとても感動しています。演劇は、どんな人でもこの時間安心して一緒に過ごせたということに感動があるから。

――最後に、これがなくちゃ創作できないと思うものはありますか?
あんまりいい話はしたくないですけど、ロロかなあ。ロロがなかったら演劇やめていたかもしれません。もしくは長い休養とか。どんなに苦しくてもしんどくても、メンバーが待っているから、ロロがあるから、やってきた感覚がありますね。

舞台 TOKYO FORWORD 2025 文化プログラム
『TRAIN TRAIN TRAIN』
振付・演出:森山開次
音楽:蓮沼執太
テキスト:三浦直之(ロロ)
出演:和合由依 岡山天音 坂本美雨 KAZUKI はるな愛 森山開次
大前光市 浅沼圭 岡部莉奈 岡山ゆづか 小川香織
小川莉伯 梶田留以 梶本瑞希 篠塚俊介
Jane 田中結夏 水島晃太郎 南帆乃佳
演奏:蓮沼執太 イトケン 三浦千明 宮坂遼太郎
日程:2025年11月26日(水)〜30日(日) 東京芸術劇場 プレイハウス
主催:東京都/東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
企画製作:東京芸術劇場
公式サイト:https://www.train-train-train.com






