職業の数だけ“つい目がいく”光景あり。
「クリエイティブさんぽ」は、クリエイターや職人、研究者など、さまざまな専門分野を持つ人が好きなエリアを散策し、独自の視点で気になった場所を紹介してもらう連載企画。読んだ後にちょっとだけ視野が広がるかもしれない、未知の仕事への理解が深まるかもしれない、そんなレポートをお楽しみあれ。
4回目にさんぽしてくれたのは、イラストレーターのanri yamadaさん。
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anri yamada
東京都在住のイラストレーター。美大卒業後、デザインの仕事をする傍で、雑誌の挿絵やファッションブランドのイラストなどを手がける。温かみのあるデッサンのような画風が特長。
Instagram:@ymdanri
WEB:https://ymdanri.tumblr.com/
バス、看板、ビル群……。無機質な喧騒の中で普遍的な美しさを探す
銀座に行くはずが、間違ってよくわからない駅にきてしまったけど歩ける距離だし歩いていくか、みたいなのん気な観光客の気分で。初めて訪れた国でたまたま見つけた気になるものを写真に撮る感覚で散歩をしてみた。
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霞ヶ関が今回のスタート地点。霞ヶ関駅のC4出口から地上へと向かう。暗い地下からエスカレーターが昇るにつれ、日差しと共に桜の木、道路の奥に日比谷公園の木々が徐々に見えてくる。視界の上下に映る無機質なエスカレーターがフレームになり、緑がよりドラマチックに見える。
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日比谷方面へと向かう道の右手に現れる、建物からドカンと突き出す半円に堂々と「NIPPON PRESS CENTER」と書かれたビル。壁面は、白いレンガ(名はフランスの「ボソン氷河」が由来のボソンホワイト!)でできているらしい。少しずつ汚れながら時代を経て味わいを含めたテクスチャーを持ってくれたら、という想いで白いレンガを採用したらしい。50年経った今、汚れをも味方につけ独特な風格を放つ日本プレスセンタービルにかっこいい大人の色気を感じる。
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ビルと緑をバックに走り抜けるアルソックの車
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何をメンテナンスしているのかわからない人の足元に転がる、何をやってくれるのかわからない機材やバケツ。おじさんも機材も流行を一切感じない、徹底した機能的な雰囲気に惹かれる。
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信号を渡ると、のんびりとした日比谷公園へと続く。大型バスは渋くて匿名性が高いデザインが多くて面白い。
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日比谷公園には鳥の名前の噴水がいくつか存在する。写真だとわかりづらいが、この鶴の噴水はGLAYのTERUのごとく翼を広げた鶴が天を仰ぎ、気前よく口からジャージャーと水を吐き出し続けている。なんだかめでたい気分になる。緑からはみ出す後方のビルも面白い。
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こちらはペリカン噴水。なんて間抜けな水分量。擬音にしたらぴちょちょちょちょ。しょんべん小僧以下の勢いだ。先程の鶴の勇ましい姿とのコントラストもあって、とても愛おしい。やる気なく黙々と業務をこなしているペリカンの顔も絶妙。
日比谷公園を抜けて晴海通りをまっすぐ進む。トラックやバスなど大きな乗り物が気になって写真に撮る。
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銀座手前、ハトバスが通る。派手だ。もう少しハトバスには硬派でいて欲しいと思いつつ、オープンバスである陽気さがでている気もする。乗っている人も陽気そうに見えてくる。乗っている人たちがいい東京観光となることを勝手に願いながら進む。
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山手線高架下、信号機の上の色褪せて哀愁漂う標語。その下には「東京」「銀座」「新橋」の文字だけが宙に浮いてミステリアスな雰囲気を醸し出している。赤信号が煌々と光る中、その後ろに佇む標語や駅名に何人の人が注意を払っただろうか。
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新しくできたソニーのビルも隣のエルメスのビルも数寄屋橋交差点も、目の前に写るほとんどが幾何学的でグレーな風景。なんか、銀座っぽい。
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道の端で話す大きな体をちょっと丸めうなだれている男性と、ピンクの鮮やかなスカートをまとうしゃきっとした小柄な女性。なんの話をしているのか気になる。
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銀座のシンボル、和光ビルの時計台。ベタな観光名所すぎて、改めてまじまじと見たことがなかった。懐の広そうなかっこいい建物だ。今の建築は2代目で、2008年に1年間くらいかけて補修工事をしたらしい。古いものを壊して新しくするより、古くていいものを未来に残す作業はきっと大変な労力だけど、その分愛しい建物になっている気がする。
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その隣にあるのはあんぱんで有名な木村屋のビル。今回の散歩で初めて大きなあんぱんの写真がビルのてっぺんにあることに気がついた。まあるくて、こんがりふっくら美味しそうなあんぱんの写真がポコっと銀座の街の上に浮かんでいる風景は、ちょっと間抜けでかわいい。
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銀座を抜けてさらに晴海通りをまっすぐ進むと、だんだんと観光客は減り、落ち着いた雰囲気の東銀座へ。歌舞伎座横のサンドイッチで有名なAMERICAN。グリーンの看板と赤い絨毯がかわいい。
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コロッケで有名な昭和2年創業のチョウシ屋へ。店内は長く大切に使い続けていそうなアイテムがあちこちに散らばっている。写真を撮っていいかお店の方に尋ねると、ノールックで「どーぞ」と軽快に承諾してくれた。
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チョウシ屋で購入したコロッケパン。青い包み紙には、リアルな牛とポップな豚がためらいなく同居している。「懐かしい」とかでくくりたくない実直な美味しさがある。このお店の大らかな雰囲気と100年近く同じことを続けている凄みがより一層美味しさを追加してくれているような気がする。
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晴海通りからちょっと外れて新富町方面へと歩いていくと、中央区役所が見えてくる。チョコレート色のぺったりとした建物に「中央区役所」と書かれた文字。シンプルなのになんともいえない迫力がある。壁面は有田焼きでできているらしい。かっこいい建物は、誰かの強くて清らかなこだわりが詰まってできているのだな、と思った。
今回散歩した東京の中心地は駅の間隔が異様に短く、たいして歩いていないのに4駅も歩いたという事実が普段運動をほとんどしない私に「健康的なことをした気がする」という満足感を与えてくれた。
場所柄もあるが、写真を振り返ると古くからあるものに目が行きがちになった。別に私は古いものだから好きというわけではない。時代が変わるごとにふるいにかけられ、それでもなお残っている素晴らしいものの輝きに惹かれたのだと思う。
季節外れの9月の暑さに溶けそうになりながら面白いものを逃すまいと目を光らせ歩く散歩は、2時間程度の短い旅をしたような気持ちになれた。
Text:anri yamada
Edit:山梨幸輝