モフモフとした長い毛足、2次元的なのに生命感を感じる目。絶妙な色合い、そしてシルキーな触り心地。
『夜行』はイエティやネズミ、バク、ツチノコといった少し変わった動物をモチーフに、ユニークなぬいぐるみやシールなどの雑貨をラインナップしている。出合ってしまったら触れずにはいられない、いつの間にか連れて帰ってしまう“夜行生物”たちは、誰の手によって、どんな想いのもとで作られているのか。
ぬいぐるみたちが生まれる工房を訪れると、穏やかな笑みをたたえた製作者の佐藤穂波さんが出迎えてくれた。
佐藤穂波
青森県弘前市出身、神奈川県在住。イラストレーター・ぬいぐるみ作家。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、社会人経験を経て2016年独立。フリーランスのイラストレーターとして企業の広報漫画や挿絵・ポスター・CDジャケットなどのイラスト、キャラクター制作などを手がける。2017年からぬいぐるみブランド『夜行』を開始。
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原点は『おにぎり大魔神』。美大で培われた「物語」と「世界観」を描く力
――まず、ものづくりを始めた経緯から聞かせてください。佐藤さんは武蔵野美術大学で建築学を学んでいらっしゃったんですよね。美大に進もうと思ったのはなぜだったのですか?
小さいころ絵を描くのが好きで。これはあるあるだと思うのですが、周りの大人から「上手だね!」と褒められることが多かったので、わりと早い段階から「美大に行って絵を学びたい」と思うようになりました。
余談なのですが私は画家の奈良美智さんと同じ街の出身で、保育園から大学まで学歴がまったく同じなんです。そのことを知って、軽率に「私も画家になりたい!」と思っていました。『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ / 集英社)も夢中で読んでいたし、美大は「憧れ」でした。
――建築学科に入ったのはどうしてだったのですか?
当時、デッサンを教えてくださっていた先生が「建築を学んでみてもいいんじゃない?」とアドバイスをくれたんです。私の高校は進学校だったので、美大の中では理系の学力が必要だけど手に職がつく建築を勧めてくれて。
建築学科では与えられた条件の中で建物を設計して、模型を使ってプレゼンします。そのために、「ここに来る人にはこんな人生があるはず」といった物語を考えるのが楽しくて。でも、実物の建物を建てるビジネスの中に自分が入っていくのは、どうしても想像ができませんでした。「まだ空想の中にいたいな」って思っていました。
卒業後は舞台美術の仕事に就きましたが、体力面で付いていけずに体調を崩し退職、そこからは会社員をしながらイラストレーター·ぬいぐるみ作家として活動を始めました。
――個人での創作や販売の活動は、どのようにして始めたのですか?
大学3年生の時に始めた『おにぎり大魔神』というプロジェクトが最初でした。
友人と「大学の文化祭に何か作品を出そう」という話になったのですが、参加申請の締め切りが文化祭当日の半年前とか、かなり早くて。申請の時に出す書類に作品の内容やコンセプトを書かなくてはいけなかったのですが全然決められていませんでした。
だから、その場のテンションで「みんなにお米をいっぱい食べさせる!」「お米の魅力を知らしめる!」みたいな感じで書いて提出したのですが、「よく考えたらこれっておもしろくなるんじゃない?」となり、おにぎり大魔神をアーティストとして立てて曲やPVを作ったり、イラスト、ぬいぐるみを作ったりするようになったんです。
それを卒業後もずっと続けていて、じつは今も辞めたつもりはないんです。ただ、『おにぎり大魔神』で培った「自分が考えた世界観を形にする」という軸を活かして、2017年ごろから『夜行』を始めました。最初はふたつとも同じくらいやっていて、だんだん『夜行』に軸足を移していきました。
「すこし不思議」とか「ちょっと怖い」こそが「かわいい」。『夜行』のイエティが生まれた背景とは
――『夜行』はどんなきっかけで生まれたプロジェクトなのですか?
『おにぎり大魔神』をやる中で、「もっと自分自身が好きな世界観を反映したものを作りたい」と思うようになったのが一番大きいです。
私はポップなものよりも「すこし不思議」とか「ちょっと怖い」、「けどかわいい」みたいなモチーフに親しみを感じるんです。たとえば妖怪とか、UMA(未確認動物)とか、SFに出てくるAIやアンドロイドとか。一般的には不思議·奇妙と言われる存在のほうが、私には近い存在に思えて。
『おにぎり大魔神』では、私が出したい「かわいさ」に対して、周囲から求められているのはもっと純粋にポップでキュートな「かわいさ」で、ギャップを感じていたんです。それで、新しいプロジェクトのコンセプトをいろいろと考えていきました。
その中で、「夜って暗くて寒くて悲しくなるけど、魅力的でもある。だから、夜のように静かで少し怖いけど、魅力的なブランドを作りたい」と思い、『夜行』という名前にしました。
――佐藤さんにとっての「かわいい」の話が気になりました。もう少し詳しく教えていただけますか?
うーん、たとえば私は人間に対してあんまり魅力を感じていなくて、だから私の作品では人間をモチーフにしたものがとても少ないです。
やっぱり動物とか植物とか、ちょっと気持ち悪さや怖さを感じるモチーフのほうがグッとくるものがあるんです。たとえば鳥って、私はちょっと怖いと感じる。でもだからこそ興味があって、魅力的だと感じます。かわいいし、モチーフとしても好きです。イエティは最たるもので、少し怖くて不思議で、すごく「かわいい」です。
――イエティは『夜行』を代表するモチーフですよね。どんな想いを込めて作っているのですか?
様々なサイズのイエティたち
『夜行』はイエティで始まったプロジェクトで、立ち上げの時から大中小3サイズ作り続けています。布が変わったりしたものもありますが、一番小さい「幼体」だけは最初から同じ型紙·同じ布です。
イエティって、皆さんご存じだと思いますがもともとはヒマラヤ山脈で言い伝えられている、全身毛むくじゃらで直立歩行すると言われているUMAです。世界中で愛されているモチーフだと思いますが、イエティモチーフのぬいぐるみや絵は、もっと「かわいい」ものがあってもいいんじゃないかとずっと思っていたんです。
イエティグッズは、めちゃくちゃ怖いか、ポップでキュートにデフォルメされているものが多かったので「私が好きなイエティ」を作りたいなと思いました。
私、イエティの正体ってでっかいゴリラだと思うんです。それが見間違えられたというのが、伝承の真相なんじゃないかと思っています。だから『夜行』のイエティはゴリラのようなリアリティのあるフォルムにしています。でも顔は何もわかってなさそうな、全部わかっていそうな、無害な感じに。そのバランスが「かわいい」と思っています。
作っていく中で、性格やストーリーがどんどん浮かんできました。人間に興味があって、山から降りてきて、普通に暮らしている。こんな子たちがいたらいいなあって考えながら作りました。
――青いイエティもいますね。色によって違いはあるのですか?
青い子たちは、じつはイエティじゃなくて「イエティに擬態している粘菌」なんです。
最初は「青いイエティがいたらかわいいな」と思ってイメージに合う布を探したのですが、作ってみて「イエティが青くなるわけがないな。ってことはこれはイエティに擬態した何かだ」となって。
そこから、「異世界ものとかファンタジーの世界でよく『姿を変えられるスライム』が出てくるな。スライムがもし現実世界にいるとしたらそれは粘菌だろう」と思い至って、「じゃあこの青い子たちは粘菌であり、擬態生物だ」と決めました。
擬態生物なので、様々な形に変身する
そんなふうに、実際に作って対面すると、自然とその子たちの性格が頭に浮かんでくるんです。「君はケーキが好きそうだね」とか「旅が好きなんだね」とか、顔を見ればわかる。
『夜行』のオンラインショップでは、一つひとつのアイテムに紹介文を載せているんですが、あれは私が検品をしながら「本人」たちから聞いたことをそのままバーっと書いています。「君はお風呂が苦手なんだね」、「あなたは鳥の鳴き声が怖いんだ」みたいに。私自身もあとで読んで「へー!」と感じることもあります。
目が合い、触りたくなるのはなぜ?『夜行』のぬいぐるみに秘められたこだわり
――『夜行』のぬいぐるみはSNSやオンラインショップで見るかわいさはもちろん、実物を触ってより感じられる魅力があると感じます。その要因はなんだと思いますか?
ありがとうございます。こだわっているのはまずは全体的なフォルムです。理想のフォルムに仕上げるには、型紙の時点で仮縫いしてみてはほんの少し直して、また仮縫いしては少し直して、自分の理想の形になるまで妥協せずに型紙を作ります。また、中に綿を詰める作業もとても重要です。他の人に手伝ってもらったこともあるのですが、なかなか難しいみたいです。
とくに足がついていて、胴体と一体になっている子たちは、胴と足すべてにバランスよく、つながるように詰めるのが大事です。あとは、できるだけ綿をパンパンに詰めることで、フォルムをずっとキープできるようにしています。綿を詰めたあと、縫い目に挟まった毛を出したりなどの仕上げ作業も大切な工程です。こういう細かい部分の丁寧さが、大量生産品にはない抱き心地や質感につながっているのかなと思います。
それから、一番大事なのは「目」です。『夜行』のぬいぐるみの目はすべて手縫いの刺繍です。
すごく手間のかかる作業ですが、手縫いだからこそ「目が合った」時の感覚が違う気がして、こだわっています。
――なんだか一体一体に表情がある気がして、愛着が湧きますね。佐藤さんご自身がとくに気に入っているモチーフはありますか?
ネズミちゃんはお客さまにも人気で、私も気に入っています。最初に作った時は手足を付けようか迷ったのですが、悩んだ結果デフォルメして耳と体と尻尾だけにしました。
でも、なんかリアルに感じますよね。たぶん尻尾が長いからだと思うんですが、この尻尾があると「ぬい撮り」(ぬいぐるみと旅行などをして撮影すること)でもストーリー性のある写真が撮れるんです。
ほかにも珍しいものだとファーベアリングトラウトなどいろんな子たちがいますが、基本的に私が「こんなぬいぐるみがほしい!」と思ったら作るというスタイルです。そういう意味では、全員お気に入りです。
毛が生えた魚のようなUMA「ファーベアリングトラウト」のぬいぐるみ
作ったからこそ気づいたぬいぐるみの良さ。『夜行』が老若男女に受け入れられる理由
――佐藤さんのものづくりへの、とくにぬいぐるみへの愛の深さに驚きました……! ご自身にとっても、ぬいぐるみは昔から身近な存在だったのでしょうか?
子どものころから好きではありましたが、そこまで熱狂的というわけではなかったんです。幼少期にキャラもののぬいぐるみを買ってもらって、年長になったら遊ばなくなるといった、ごく一般的な感覚でぬいぐるみをとらえていたのかなと思います。
ただ、一人暮らしをするようになってからも気に入ったぬいぐるみを買ったことはありました。ぬいぐるみを見て「かわいいな」「ほっとするな」と思う感覚はずっと持ち続けていたんです。その中で、子どもっぽ過ぎなくてインテリアにも馴染むぬいぐるみがほしい、という気持ちがあったのも、自分で作り始めたきっかけのひとつでした。
それに、作り手になってより一層思うのが、やっぱり顔があって目がある存在が身近にいると、ふとした瞬間に「こんにちは」「目が合ったね」「かわいいねあなた」って気持ちになる。生きている感じがするし、日によって「今日はさみしそう」って感じたりもする。自分の気持ち次第で表情が違って見えるのが、ぬいぐるみのおもしろいところかなと思います。
――これから、どんな人に『夜行』のぬいぐるみを手にしてほしいですか?
どんな人にも届いてほしいですし、お客さまからの反響はすべてうれしいのですが、とくに印象に残っているのが男性の方からの「初めてぬいぐるみを買いました」という声。
近年は、以前よりは「男らしさ」「女らしさ」といった規範は薄れてきているのかなと感じますが、『夜行』のお客さまも現状は圧倒的に女性が多数です。まだぬいぐるみの魅力に気づいていない人に届けたいという意味では、男性の皆さんにもぜひ手に取ってほしいです。
『夜行』の子たちは良い意味で「キャラクター感」が薄いと思うので、どんな個性を持っているのかは買ってくださった方がそれぞれ自由に解釈していただいていいと思います。どんな属性やバックボーンを持っている人とも楽しく暮らしていける子たちだと思います。
――最後に、今後の目標を教えてください。
来年あたり、展示会をやりたいと思っています。『夜行』を始めてからの約8年間、グループ展に呼んでいただいたり、夜行単独でのポップアップストアを出させていただいたりといった機会はあったのですが、世界観を0から説明するような機会はあまり設けたことがなくて。
どちらかというと「わかってくださる方がわかってくださればいい」というスタンスだったのですが、そろそろ10年目も近づいてきているので、一度大規模な展示をやりたいなと思っています。そういう場なら、ぬいぐるみ以外にイラストや映像なども絡められると思うので、世界観もさらに拡大できるんじゃないかなと思っています。まだまだ企画中ですが、開催できた際はぜひ“夜行生物”たちに会いにきてほしいです。