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特集

口の中から始める、小さな旅

インド在住の佐々木美佳と、グジャラート料理を作ろう!

author: 佐々木美佳date: 2024/10/01

私はインド・コルカタの映画学校に通っている映像作家だ。そんな私に編集者の方から「新大久保のイスラム横丁で食材を調達して、インドの家庭料理を作ってください!」というご依頼をいただいた。「頼む人を間違えていないか……?」と思いながらも、私が普段よく食べている「キチュリ(=豆と米のおかゆ)」のご馳走バージョン「カディ・キチュリ」を紹介することにした。

佐々木美佳

福井県生まれ。映画監督、文筆家。東京外国語大学言語文化学部ヒンディー語学科卒。2020年、初監督作品であるドキュメンタリー映画『タゴール・ソングス』を全国の映画館で公開。2022年には『タゴール・ソングス』(三輪舎)を刊行し、文筆家としての活動もスタートする。現在Satyajit Ray Film and Television Instituteの映画脚本コースに在学中。

Instagram:@mikachan_43
X:@sonarpakhi43

新大久保にある“エスニック・シティ”で食材GET

“エスニック・シティ”こと「イスラム横丁」は、新大久保駅を出てすぐそばにあるエリアのことだ。目印の「マツモトキヨシ」の左脇の道をずんずん進むと、スパイス食材店が立ち並んでいる。名前の通りハラル食品を扱う店もあるし、ネパール系やバングラデシュ系のオーナーが経営するスパイス食材店もあり、店ごとに品揃えが違って面白い。色々な国籍の人たちが、好きなように買い物をしているエリアなのだ。細い道なのにとても活気があり、車が通るのを物ともせずランダムに人々が歩く様子は、なぜかインドを彷彿させるものがある。

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「THE JANNAT HALAL FOOD」

イスラム横丁を少し進んだところに位置する「THE JANNAT HALAL FOOD(ジャンナット ハラルフード)」に入店した。インドのスーパーなどで嗅ぎ覚えのあるスパイスの匂いがふわりと漂ってきて、不覚にもほっとしてしまう自分がいた。

「カディ・キチュリ」の材料を一つひとつ探すのも、店員さんに「ジャグリーはどこ~」とか「ヒングはどこ~」と気軽に尋ねるとすぐに場所を教えてくれるから買い物も楽ちん。「こういう見知らぬ食材や文化に触れるのが楽しくて、インドに興味を持ったんだっけな」と、懐かしい気持ちにもなった。

「કઢી ખીચડી(カディ・キチュリ)」の材料(2人分)

<キチュリ(豆と米のおかゆ)の材料>
 ・ライス(バスマティではない細い米) 1/2カップ
 ・ムングダル(緑 , split) 1/2カップ
 ・ターメリック 1/4ティースプーン

<カディ(ヨーグルトとヒヨコ豆パウダーで作るカレー)の材料>
 ★ヨーグルト 1カップ
 ★ベサン(ヒヨコ豆粉) 4分の1カップ
 ★ジンジャーペースト 小さじ1位
 ★塩 適量
 ★砂糖 適量
 ・ジャグリー 大さじ2位
 ・ギー 大さじ2位
 ・クミン 1/2ティースプーン
 ・マスタードシード 1/4ティースプーン
 ・シナモンホール 1本
 ・クローブ 3個
 ・ドライレッドチリ 2-3個
 ・ヒング 1/4ティースプーン
 ・カレーリーフ 8-10枚
 ・メティ 1/4ティースプーン

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手慣れた手つきでジャンジャン食材を調達する佐々木さん

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食材調達完了!

「THE JANNAT HALAL FOOD」

住所:〒169-0073 東京都新宿区百人町2丁目9-1
営業時間:月曜〜日曜 10:00-23:00

公式サイト:https://www.jannathalalfood.com/

続いて、インドのステンレス食器を調達するために「アンビカベジ&ビーガンショップ新大久保」にも訪れた。

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「アンビカベジ&ビーガンショップ新大久保」

こちらは店内がパキッときれいで、商品も探しやすい。結果的に「カディ・キチュリ」の食材は食器含めて全て手に入った。イスラム横丁で買えないインドの食材を探す方が難しいのではないのか、という感覚に至った。そういう意味で、イスラム横丁はインドのグローサリーショップが立ち並ぶ一角とよく似ている気がする。

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「アンビカベジ&ビーガンショップ新大久保」

住所:〒169-0073 東京都新宿区百人町1丁目11-29 Arsビル 地下2階
営業時間:月曜〜日曜 10:00-20:00

公式サイト:https://shop.ambikajapan.com/ja

કઢી ખીચડી(カディ・キチュリ)」を作ろう!

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「カディ・キチュリ」に使用する食材たち

「キチュリ」はほぼ毎日作っていると言っても過言ではないレベルの日常食である。豆と米のおかゆというのがざっくりした料理の説明である。私の部屋にはちゃんとしたキッチンがないため、ライスクッカー(炊飯器)さえあれば作れる完全食の「キチュリ」は命をつなぐ生命線なのだ。

「キチュリ」そのものの作り方はとても簡単。牛乳から作られるオイルの“ギー”でクミンとニンニクを炒め、そこに切った野菜を適当にぶちこむ。洗った豆と米を投入し、水を加え、ターメリックと塩で煮込む。あとはライスクッカーで炊き上がるのを待つだけ。「炊飯器で作る時短料理」みたいな感覚で相当な頻度で作っているインド料理だ。

「カディ」とはヨーグルトとヒヨコ豆パウダーで作るカレーのことだ。グジャラート料理の特徴である「カッティー・ミーティー(甘酸っぱい)」味がする「カディ」は、日本生まれ育ちの私にとって未知の味である。

「કઢી ખીચડી(カディ・キチュリ)」(2人分)のレシピ

  • ①米と豆を水で洗って、20分間水にひたす
  • ②浸水を待っている間、「カディ」の材料(★)をかき混ぜて、水(3カップ)加えてかき混ぜる
  • ③「カディ」の材料が入った鍋を火にかけて強火で温めて沸騰したら弱火で温める
  • ④「カディ」を温めている間、ギーを温めてオイル状にし、スパイスを炒める
  • ⑤スパイスの香りが立ったら、カディに投入する
  • ⑥「カディ」を弱火で煮ながらにジャグリー(=精製前のサトウキビ)を投入しさらに5分ほど煮る
  • ⑦米と豆、水(4カップ)、ターメリックを炊飯器に突入。20分〜30分程度炊飯し、好みのテクスチャーになったら完成(※)
  • ※20〜30分炊飯したら、一度蓋を開け様子を確認。足りなければ追加で炊飯する。
①米と豆を水で洗って、20分水にひたす
② 浸水を待っている間、「カディ」の材料(★)をかき混ぜて、水(3カップ)加えてかき混ぜる
③ 「カディ」の材料が入った鍋を火にかけて強火で温めて沸騰したら弱火で温める
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⑤ スパイスの香りが立ったら、「カディ」に投入する
⑥ 「カディ」を弱火で煮ながらにジャグリー(=精製前のサトウキビ)を投入しさらに5分ほど煮る
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実は私は、この料理を自分が風邪を引いているときに食べさせてもらっただけなので、作り方は知らない。そのとき作ってくれたグジャラート出身の彼は、「風邪にいいんだ」と言って、YouTubeを観ながら一生懸命に作ってくれた。いつも1人で作っている適当な「キチュリ」とは違い、甘酸っぱいヨーグルトソースがかかった「カディ・キチュリ」は特別な味がして、私の中で忘れられない味になった。だから「何かインド料理を作ってください」というリクエストをいただいたときに浮かんだのが、「カディ・キチュリ」だったのだ。自分では作ったことがないけれど、「困ったら面倒見の良い彼に電話しながら作ればいいや」と、楽天的な気持ちで料理してみた。

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当日は“面倒見の良い彼”とテレビ通話しながら料理してくれた

ちょっとしたトリップ感。お味はいかに?

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あっという間に「カディ・キチュリ」が完成!

私の小さな寮の部屋で食べたインド料理を、日本のキッチンスタジオで作るというのは少し不思議な気持ちだった。甘酸っぱい味を出すために“ジャグリー”という精製前のサトウキビをヨーグルトに投入するのだが、正直これがインドで食べていた味なのか、確証は持てなかった。彼に直接食べてもらって味を調整したかったというのが本音である。舌が「コレだ!」と、直感的に判断できるようになるまでに時間のかかる、新しい味だと思う。

それでも実際に食べ進めてみると、あまりにも日本で食べたことのない味なので、「私は今どこにいるの?」という感覚が襲ってきた。スパイスの芳香が絡まった甘酸っぱいヨーグルトソースは、五感をフルに刺激し、ちょっとしたトリップ感がある。「カディ・キチュリ」、日本で流行ったりしないだろうか?

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「こんな感じのステンレス食器に盛ると“それっぽい”です」

インド料理といっても一概に「コレ」と説明できないのが、インド料理の魅力かもしれない。例えば、私の住んでいる東インドのコルカタと、西インドのグジャラートでは、豆カレー(ダル)の味が180度違う。日本食で言ったら赤味噌や白味噌の違いくらいかと思いきや、インドの豆カレーは、同じ豆カレーと言って良いのだろうかと思うくらい味が違う。

さらにベジタリアンかどうかで食べられるものの種類が変わってくる。映画の撮影があるときにはチームメンバーに「ベジタリアンか、ノンベジタリアンか」を確認するのは鉄則である。宗教的な理由で肉食しないチームメンバーにチキンカレーが渡るということは、致命的なミスなのである。さらに「ご飯派かチャパティ(=インドのパン)派か」をオプションに加えると「気の利いた人」という評価を得られる。万国共通、何が食べたいか・好きかを聞かれるのはうれしいし、現場での立派なコミュニケーションにつながる。

インドでの驚きの“食体験”

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「インドでは手を使って食べることもありますが、今日はスプーンを使って」

日本生まれ日本育ちの私にとって「カディ・キチュリ」が新しい味であるように、インド人にとって日本食はハードルの高い料理なのかもしれない。スパイスの効いたインド料理と、出汁などの旨みが効いた和食は対極に位置する料理だと思う。

ラーメンがインドで流行りつつあるのに対し、出汁のきいたうどんを提供する店が全然ないことを考えると、「インド人がおいしいと思える日本食」のレンジは狭いのかもしれない、と冷静に思っている。実際に、ベジタリアンのインド人に対して椎茸出汁のベジうどんを作ったことがあるのだが、「レモンが効いていておいしい」と、インドのレモンを褒められたことがある。貴重な日本の食材を振る舞う相手は慎重に選ばなければならない……と思った瞬間だった。

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そんな経験が積み重なって、「日本遊びに行ってみたいなあ」と気軽に考えているインド人に対して「生魚をあなたは食べられますか⁉︎」と半分冗談でからかってみたりする。本音を言えば別に生魚が食べられなくてもいいのだが、あらゆる料理に魚のパウダーが入っている、日本は「ノンベジ天国」なのだ。

厳格なベジタリアンのインド人の友だちが将来日本に遊びにきたとき、日本を楽しんでもらうにはどうしたらいいんだろうと、本気で頭を抱えてしまうことがある。なぜならインド人は絶対にゲストにお腹を空かせることはしないからだ。私が誰かの実家にお邪魔するときは、必ずたくさんの家庭料理でおもてなししてくれる。そんな姿を見習って、友だちのインド人が日本に遊びに来たら最大限のもてなしをしたいと思うのだが、マイルドで繊細な日本食の魅力をどこまで楽しんでもらえるのか、謎である。


イスラム横丁で買い出しし、「カディ・キチュリ」を調理・実食して「日本にいるのにどこにいるのかわからない感覚」になった。果たして本格的なインド料理を作れたのかどうかは正直疑問だが、不思議な感覚にたどり着いた時点で、“料理によるトリップ”に成功しているのだろう。新大久保の町で見知らぬインド料理を食べるということは、口の中から始められる、小さな旅なのかもしれない。

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映画監督・文筆家
佐々木美佳

福井県生まれ。映画監督、文筆家。東京外国語大学言語文化学部ヒンディー語学科卒。2020年、初監督作品であるドキュメンタリー映画『タゴール・ソングス』を全国の映画館で公開。2022年には『タゴール・ソングス』(三輪舎)を刊行し、文筆家としての活動もスタートする。インドで映画留学中。
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