いびつな恋心に、才能ある者への嫉妬心。ミュージシャン・a子さんは“陰”の感情を描くことが多い。しかしそんな楽曲はどこか温かく、「そう思う日があってもいいよね」と、私たちの心を根底から肯定してくれる。世の中が綺麗事だけでは生きていけなくなるほど、その効能は強いのだ。表に出すのを躊躇うような「内面」をさらけ出すという作業は、想像しただけでも血の滲むようなものに思える。しかし、a子さんが率いるクリエイティブチーム・londogは、今日もストイックに制作を続ける。その舞台裏に迫った。
ノウハウがなくても突き進む。“カオス”な撮影現場
「londogは2020年にスタートしました。今所属しているのは、私を含めて12人。バンドメンバー5人と映像のカメラマン、スチールのカメラマン、3Dアーティスト、ヘアメイク 、スタイリスト、スタイリストのアシスタントという内訳です。大所帯すぎてもはや“動物園”です(笑)」
音楽制作は、基本的にバンドメンバーと一つの部屋にこもって行う。a子さん曰く、大変なのはその後に作るMVだという。2020年に手がけた「somewhere」の制作現場を彼女はこう振り返る。
「本来、映像制作には画面構成や演出を絵で説明した『絵コンテ』というものが必要なのですが、それを知ったのがlondogのスタートから一年後くらい。それまでは私の頭の中にはMVの完成形があるけど、他の人たちは分かっていない状態でした。『somewhere』のときなんかは、撮影開始が夜中の0時で、朝5時までしか時間がとれないタイトなスケジュールで。ああだこうだ叫びながらなんとか撮り終えたんです。その後の映像編集もバンドメンバーの3人となんとかノウハウを覚えて、一週間くらい寝ずに仕上げて。少し慣れてきたものの、MV作りはいまだに大変ですね」
a子さんいわく、londogの制作作業を一言で表すなら “カオス”だ。手探りで自分たちが納得できる正解を見つけ出し、妥協せずそれを形にする。そんななかで得られたものもあるという。
「去年リリースした『天使』はキーボード担当の中村(エイジ)さんが打ち込みでドラムもやっているんですけど、『ハウスミュージックっぽいキック(バスドラム)の入れ方が分かってきた』と言っていて。他のみんなも掴めたものがあったようで、londogとして大きく成長できたと思っています。でも『アレンジは下手くそだなー』と悩むときもあったり。一歩進んだと感じるときと、まだまだだなと思うときとの繰り返しですね」
「いいものを作るって“面倒くさい”」。心救われた巨匠の言葉
「2022年にリリースした『情緒』のMVは、台湾のアニメアーティストの方にお願いしたんです。向こうから送られてきた映像を観たら『とても素晴らしい作品を作ってくれた! でも、あと少しだけ動きを付け加えたいな』と思う箇所もあって。時間がないから、londogのみんなで可能な限り最後まで妥協せず良いものを作ろうと思いました。自分の持てる最大限のクオリティに仕上げたかったんです」
他者とのイメージの差異をどうすり合わせるか、限られた時間でどこまでクオリティを高めるか。クリエーションはそういった難題の連続であり、そのなかでいかに折れずに“我”を通せるかの勝負でもある。映像制作を行うにあたり、a子さんはとあるドキュメンタリー映画を参考にしたという。
「『「もののけ姫」はこうして生まれた。』という、スタジオジブリが『もののけ姫』を作る舞台裏に追った映像を観たんです。7時間弱ある作品なのですが、宮﨑駿監督のクオリティへの探究心がとにかくすごくて。良いものを作るには、やっぱりこれだけのことをしないといけないんだ、と感化されました」
作中で監督が発する「解決可能じゃない、解決不可能な課題を作る」という言葉も印象的だ。「もののけ姫」の主人公である人間・アシタカとヒロインであるもののけ・サンはお互いに惹かれ合うが、同じ場所に住むことはできない。そんな“解決不可能な課題”を設定し、その“解”をスタジオジブリというチームで考える。そんな哲学的なクリエーションの最中に監督が度々発していたのが「面倒くさい」という言葉だ。
「『天使』という楽曲のMVを撮影する前に、またあの辛い作業をするのかと憂鬱だったんです。でも、この作品を観ていたら、恐れ多いですけど『あの宮崎監督ですら面倒くさいんだ』と思って。いいものを生み出すにはそう思えるくらい大変な作業を繰り返さないといけない。今私が感じていることは間違いじゃないんだ、と元気をもらえたんです」
「幸せになってはいけないと思います」。優しくストイックな覚悟
「私、もともとネガティブな性格なんです。だから『自分の作る楽曲や世界観を明るくするのは無理だよ』って思いながら制作をしていて。でも、そのネガティブさを晒すことに抵抗がないし、そんな自分を曲の中では肯定的に捉えられたらいいな、とも思っていて。歌詞を書くときは『ちょっとはこんな自分もいいかな』とか『みんなもそうだよね?』と、問いかけるようにしています。『自分は駄目だ』と思ってしまったり、私と同じしんどさを感じていたりする人に、安心してもらえたらうれしいです」
好きな人との心のすれ違いをリアルに描いた「愛はいつも」や、尊敬するアーティストに向けた嫉妬を綴った「CHAOS」など、a子さんの楽曲は“あけすけ”だ。ネガティブな自分と真正面から向き合い、音楽にする。その工程はきっと辛く、“面倒くさい”はず。しかし、a子さんはこれからもきっとクリエイションを続けるだろう。多くの心に寄り添うために。
「世の中や人に対する不満をベースにしてずっと曲を作っているんです。例えばニュースを観ていても、嫌なことってたくさんあるじゃないですか。そのときに感じたむかつきとか不満を毎回自分の中に留めて、それを原動力に、歌詞や音にしています。だから、私はあんまり充実した生活になっちゃうと曲が書けなくなっちゃう。幸せになったらいけない、という精神は持ち続けていきたいなと思っています」
Edit:那須凪瑳
Text:山梨幸輝
Photo:野口悟空(londog)