いつの時代も、どのジャンルにも、そのシーンを牽引する“ユースカルチャーの発信者”の存在がある。彼ら・彼女らは何を見て、何を考え、どんな夢を見ているのだろうか。「NIKEフラッグシップストア原宿」の店内が、アーティスト・Keeenue(キーニュ)さんの作品で埋め尽くされたのは、2020年の春。当時、若干28歳。
2020年春夏、NIKEがグローバル展開した「Tokyo Running Pack」コレクション。東京が持つポップでカオティックな魅力と、駆け抜けるランナーの疾走感をビジュアルで表現したのが、アーティストのkeeenue(キーニュ)さんだ。
作品を発表し始めてわずか数年、心おどるカラフルなアートワークは国内外で人気を集めているが、最初から注目されていたわけではない。展示や制作のチャンスを地道に探し、自ら行動し少しずつ積み上げてきた結果である。
野鳥のさえずりと木々の緑が心地よいKeeenueさんのアトリエで、そんなこれまでの歩みと、これからやりたいことを伺った。
「売ろうと思って描きなさい」 恩師の元から独立するまで
お母さまが絵本画家で幼いころから身近に画材があり、アートと近い環境で過ごしてきたというKeeenueさん。しかし、当初はアーティストとして生活していこうと考えてはいなかったそうです。
Keeenue:母が絵を描く仕事をしているので、絵を描くことは好きでした。でも、自分の進路について考え始めた高校生のときも、アーティストではなく、グラフィックデザイナーやアートディレクターの仕事に憧れていました。
その後、高校2年から3年間予備校に通って多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に入学。それからも、大学卒業後に就職しているイメージが浮かばなくて……。いろいろなバイトを経験しました。「現場を知りたい」っていう気持ちだったのかな。アニメーション制作や、現代アーティストの展示設営に携わったこともありました。
転機となったのは、日本のアートシーンを語るうえでは欠かせない、アート界の巨匠・田名網敬一さんとの出会いでした。派手な極彩色で描かれるポップでシュールな画風は、当時のKeeenueさんを強く惹きつけるものがあったといいます。
Keeenue:大学3年生のとき、田名網先生がアシスタントを募集しているのを見つけ、「絶対にやりたい!」と思って応募しました。田名網先生の作品は以前から好きだったので、面接でポートフォリオをお見せして、実技テストも必死に頑張りました。
採用されてすぐの頃はよく怒られていましたが(笑)、3年間、先生のもとで仕事をさせてもらえたことで、自分自身の考え方が大きく変わりましたね。
半世紀以上にわたりアートシーンを牽引する巨匠のアシスタント……「実技テストも必死に頑張りました」と、こともなげに語るKeeenueさんですが、そのお眼鏡に叶ったのは実力があってこそ。3年間のアシスタント生活で、彼女を作家へと奮い立たせるエピソードがありました。
Keeenue:先生に作品を見せて、「普通すぎる、もっと人と違う絵を描かないと」「売ろうと思って描きなさい」と言われたんです。「そっか、売れる絵を売ろうと思って描かないと、売れないんだな」「先生もそういうことを考えるんだ」とハッとしました。
それまでも大学在学中から、友人たちとグループ展などは開催していましたが、当時は 「作品を見てもらいたい、みんなに知ってもらいたい」っていう気持ちだけで、作品を売ろうとしてなかったし、売れてもいませんでした。
それに私自身、作品を販売してアーティストとして生活していけるのは、本当に限られた一部の人のみで、自分にそれができるとは思ってもいませんでした。でも、この頃から、「自分でも買いたいと思えるような、クオリティや内容を意識して絵を描こう」と考えるようになりました。
アーティストは自分が表現したいものを表現し、描きたいものを描く。そんなイメージがあるかもしれませんが、田名網さんの言葉や、同年代のアーティストたちとの付き合いを経て、Keeenueさんは「アーティスト・Keeenue」と向き合うことに決めます。
Keeenue:アシスタント時代は自分の作品が売れているという状況でもなく、「この先も田名網先生のところでアシスタントを続けながら、自分の制作を続けるんだろうなぁ」とぼんやり考えていました。ただ、実際はフルタイムで仕事をしているので、自分の作品の制作時間がなかなか確保できずにいたんです。
あるとき、専業で作家活動をしている同年代のアーティストから、「ここで覚悟を決めないと。田名網先生の仕事の収入があるから『このままでいいかな』って思っちゃうよ。一度やめてしまわないと無理だよ」と言われて、確かに……と。
正直、貯金もあまりなかったですが、「まぁ生きていけなくなったら、何かまたバイトすればいいや」と独立を決めました。今でも田名網先生は私の活動を気にかけてくださっていて、本当に感謝しています。
辞めた後は、より積極的に自分からいろいろなところに顔を出して知り合いを作ったり、ギャラリーをまわってポートフォリオをお見せしたりしに行きました。自分の中で覚悟が決まったからなのか、展示で少しずつ作品が売れて、お仕事をいただけるようになっていきました。
「モヤっ」とした気持ちが作品作りの原動力
今でこそ、多くのファンを惹きつけ、数多くの有名ブランドとのコラボレーションを実現してきたKeeenueさんですが、鑑賞者のイマジネーションを掻きたてる鮮やかな色彩感覚は、デビューから数年で確立していきます。
Keeenue:2017年、池尻大橋にある「GOOD PEOPLE & GOOD COFFEE(グッド ピープル & グッド コーヒー)」というコーヒースタンドへ、展示をやらせてほしいって連絡して、独立して2回目の個展を開催しました。そこのキュレーターの方が目に留めてくださり、企業とのお仕事をつないでくれて、活動も広がりました。
作品のテーマはいつも変わるんですが、子どものころからぱっと目につくのがビジュアルなので、色と形にはずっとこだわっています。例えば、音楽を聴くときはジャケットデザインで選んだり、観る映画もポスターやパッケージのビジュアルが気になった作品を選んだり。歌詞やあらすじなど、もちろん内容も見ますが、たくさんのものが並んでいるなかで手に取るのは、やっぱりビジュアルが好みのものが多いです。
Keeenueさんを語るうえで欠かせないのが、ミューラルアート(壁画制作)。街中に突如として現れる、その壮大な世界観にKeeenueさんも憧れを抱いていたそうです。
Keeenue:ミューラルアートは、ずっとやりたいって言い続けていて、ポートフォリオを作らないとお仕事もいただけないので、展示したギャラリーの壁とか、お店の窓とか、自分から機会をつくって描いていました。
「ATELIAIR by NIKE AIR(2018年)」にはじまり、ABCマートさんの店内でのプロジェクト、そして2020年のNIKEさんとの「Tokyo Running Pack」のプロジェクトが実現しました。「Tokyo Running Pack」の連絡をいただいたときは、本当にびっくりしました(笑)。
ミューラルアートしかり、アートワークしかり、Keeenueさんの作品はどれもジャンルレスで、具象のような抽象絵画は、ファッションシーンやストリートカルチャーからも厚い支持を集め、ボーダーレスに国内外に広く浸透を続けています。そんな彼女ですが、作風から感じられない“意外な感情”が作品作りの原動力だといいます。
Keeenue:私自身があまりひとつの形にとらわれたくないし、ジャンル分けもされたくないんです。自分の作品制作もしますが、クライアントワークを通して、アートにあまり興味がない方々にも作品を見てもらえたら嬉しいです。
そういうとき、「Keeenueっぽさ」や「Keeenueらしさ」とか、「あのキャラクターを描いて」と依頼されることもあるんです。キャラクターを描いているつもりはないし、何を求められているんだろうってモヤっとしたり。でも、そういうちょっとイラっとしたりムカついたりしたときこそ、良い作品が描けるんですよね(笑)。「やってやるぞ!」「カッコいい絵を描いてやる」って。
「デジタル」と「アナログ」の間の「アーティスト・Keeenue」
1992年生まれのKeeenueさんは、「デジタルネイティブ世代」というほど若くないし、年功序列で修行を重んじるような世代観とも少し違う。アートシーンにおいて、自分たちの世代や、その下の世代にどんな印象を持っているのでしょうか。
Keeenue:上の世代に比べるとアートがぐっと身近なものになってきている気がします。ギャラリーなどへ展示を観に行く人も増えたし、作品が売れるようになってきていると思う。つまり、世に出る若い作家が増えたと思います。
美大生のうちから作品が売れてSNS経由で仕事を依頼されるとか、私のように「先輩作家のアシスタントに就く」以外の道が増えて、作家活動がしやすくなっていますよね。本当に人それぞれ。「個人の時代」だから方向性も自由だし、同時進行でいろいろな活動をしている人も多くて、面白いなぁって思います。
SNSの普及はアーティストに限らず、多くの表現者の可能性を広げました。個性が尊重される「個の時代」であり、それは日本だけに止まらない、もっと大きなキャンバスが広がっているということ。そんな“デジタル”的な広い視野を持ちながら、“アナログ”的なある種の泥臭さを兼ね備えるKeeenueさんを知ると、作品の見方も変わってくるかもしれません。
Keeenue:これからはもっと海外に行って、ギャラリーで展示したり壁画を描いたりしたいです。やっぱり私は、メールとかリモート会議とか、オンラインのやりとりよりも、実際に人と直接会ったり、その場所に訪れて空気感を肌で感じながら、「フィーリングが合うな」「この場所で、この人と仕事がしたいな」って感覚が大事なんです。
それに、もっといろんな価値観や、これもアリなんだっていう生き方を知りたい。日本って良い国ですが、なぜここにしか住んでいないのだろう、もっと自分に合う国もあるかもしれないのにって思っています。
大学生の頃は、大きなギャラリーや美術館で展示しているような「売れているアーティスト」がカッコいいって思っていましたが、最近はそもそも私が目指したいのはそこじゃないと気づけて、同世代のアーティストたちとは違う活動、違う”何か”を見つけるためにも、海外で活躍したいと思っています。
先日、久しぶりに一人でシンガポールとマレーシアに滞在したとき、友達の友達が紹介してくれたグラフィティのアーティストたちと一緒に壁に描けて、とても面白かったんです。私も全然知らない国の方から「日本で壁に描ける場所ある?」って連絡をもらうことがあるし、現地のアーティストとコミュニケーションをとって、その街のバーやカフェなどで展示できたら楽しいですよね。
Photo:佐山順丸
Edit:山田卓立
Keeenue┃キーニュ
1992年、神奈川県藤沢市生まれ。2016年、多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科卒業。アパレル、飲食店、オフィスを彩るミューラルアート(壁画)や、さまざまなプロダクトとのコラボレーション、国内外での作品展示やアートフェスへ多数参加。「Keeenue」は本名・KANAのカタカナ読み(ケー・エー・エヌ・エー)からできた造語。今後の活動予定は、2023年5月27日(土)、28日(日)に開催される「六本木アートナイト」にて、ロアビル仮囲いに約40mものミューラルアート『SEEK and FIND』を展示。7月に原宿「SORTone」で個展を開催予定。
web:Keeenue
Instagram:@keeenue_