自動車業界に精通したオート・アドバイザーの若林敬一が、気になるクルマメーカーのキーマンと対談する連載企画。今回は、BMWジャパン ブランドマネジメント本部本部長・遠藤克之輔氏をゲストにお送りする。
100年を超える歴史、革新的なテクノロジー、そしてライフスタイルを彩る世界的なラグジュアリーブランドとして確固たる地位を誇るBMW。その先進性と次世代に向けたマーケティング戦略を掘り下げる。
ストーリーテラーとしてのマーケティング
若林 名だたる数々の企業のマーケティングを手がけてきた経歴の遠藤さんですが、先日、ポッドキャストでマーケティングについて語っていらっしゃったのが、非常に印象的でした。マーケティングとは何か、ブランドとは何か、BMWブランドの持つラグジュアリーやジョイの意味など、とてもわかりやすく伝えていてすばらしかったです。
遠藤 ありがとうございます。マーケティングの人間としてブランドを語るには「ストーリーテラー」であるべき、というのは普段から意識しています。私はもともとBMWが好き、マーケティングが好き。BMWのようなすばらしいブランドに関われるのは、喜びでしかありません。
若林 遠藤さんはベンチャーでの経験もお持ちです。ベンチャーではマーケティング以外の業務を担うこともあったと思いますが、多様な業界、業種での経験が今に生きているのでは?
遠藤 これまでの経験はすべて財産ですね。できることは何でもやって、そこで得られた学びが次につながり、今の自分がいると思っています。
顧客のニーズに応える幅広いラインナップ
若林 遠藤さんが現在マーケティングを担当されているBMWは、時代が大きく変わるなか、かなりのラインナップを取りそろえるなど、大きな転機にあります。変革期だからこそのブランド戦略について、どのようにお考えですか。
遠藤 初めて買う方にも手の届きやすいエントリーモデルから最高級のラグジュアリー、スポーツラインまでというBMWのカテゴリーそのものは以前と同じままです。ラインナップが増えるということは、いろいろなお客様のニーズに応えた「駆けぬける歓び」を提供できるということ。家族でドライブに行くのもよし、スポーティな走りを楽しむもよし。自分の求める歓びを体感するための選択があるのは、お客様のメリットです。
遠藤 一方で、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、電気、さらには新しいテクノロジーの登場など、プラットフォームが広がっています。ビジネス的には、これだけバリエーションを抱える難しさはあります。しかし大切なのは、やはりお客様にとって選択肢が揃っているということだと思います。
先進技術に裏付けされた「駆けぬける歓び」
若林 世界には多くの自動車メーカーがありますが、その先頭を走っているのがBMWだというのは、多くの人が感じていることです。
遠藤 私自身がBMWの社員となって、それはより強く感じている点ですね。個人的にBMWには、カッコいい、憧れの大人が乗る、走りのすばらしいクルマというイメージが昔からありました。その憧れの会社でブランドをマネジメントするようになって、その憧れにはきちんとした「裏付け」があることがよくわかりました。その裏付けとは、「技術の先進性・安全性」です。
BMWは「技術のパイオニア」として、誰もチャレンジしなかった技術開発などをこれまで次々と挑戦してきました。しかも、1回だけのビジョンカーではなく、その挑戦を未来のクルマとして実現、市販車のバックボーンに結実させてきました。我々のいう「駆けぬける歓び」も単なるスローガンではなく、本質的な技術力に裏付けされているからこその言葉です。そのすごさに、私自身が改めて驚いています。
情緒的価値でライフスタイルへの憧れを
若林 安全技術的先進性として、三眼カメラの採用や自動的に今来た道をバックで戻るリバースアシストなど目を見張るものがありますが、パワートレインでもEVで先頭を走り、水素でもリードしている。その先進性はどこから来るのでしょう。
遠藤 それはもうBMWのDNAとしか言いようがありませんね。1972年のミュンヘンオリンピックでは、マラソンでBMWのEVが先導車として42.195キロを走っています。そして50年後の2013年、BMWは「i3」を初のプレミアム・エレクトリックビークルの基幹モデルとして発表。25万台を売り上げて、EV市場で先鞭を付けました。さらにR&Dを重ねて「i4」「i7」とEVモデルを発表し続け、今年は「i5」を発売予定です。
遠藤 ここまでの未来絵図を描いて、いかに丹念に投資をしてきたのか。その事実には、驚くべきものがあります。
若林 未来への投資を続けながら、同時に憧れのブランドとしての地位も守り続けてきた。それができた理由はどこにあるのでしょう。
遠藤 技術開発、運動性能などのプロダクトがすばらしいことに加えて、「情緒的な価値」があることだと思います。「情緒的価値」とは、BMWがパートナーであるライフスタイルへの憧れです。移動する目的、手段を超えたところで、BMWがあることで感じる日常の中の非日常の瞬間。そこに憧れが生まれるのだと思います。
以前、私がインタビューしたあるユーザーの方の言葉に、「日常の中の非日常が生む憧れ」を具体的に感じました。その方は運転が苦手なワーキングマザーで、BMWはご主人の趣味で購入。普段はご自分でほとんど運転しないのですが、あるとき、近くのスーパーまでBMWを運転することになったそうです。
遠藤 そのときに、「こんなに運転が楽しいと思ったことはなかった」と驚かれたというのです。自分の意のままにクルマを動かしたり、止めたりできる。その感覚がとても楽しかったとおっしゃっていました。
運転に関心がない方にとっても、日常の一瞬のドライブを非日常の喜びに変えることができる。それがBMWであり、それこそが情緒的な憧れという価値担っているのだと思います。
若林 何気ない日常にBMWが寄り添うことで、憧れのライフスタイルを手にできる、ということですね。
遠藤 それが我々のいう「Joy(ジョイ)」、ドイツ語の「Freude(フロイデ)」なのです。
進化するデジタルマーケティング
若林 先進性にあふれ、歓びを与えるクルマづくりにこだわるBMWですが、今後の課題と捉えていることはあるのでしょうか。
遠藤 これまでお話したようなBMWのすばらしさゆえに、BMWに距離を感じてしまっている方もいらっしゃるかもしれません。そういう方々に向けてもしっかりと「駆けぬける歓び」を届けていくというのがひとつ。
もうひとつは、ラグジュアリーブランドとして、きちんと「ラグジュアリー感」を体感できる取り組みを日本でも展開していくというのがあります。
さまざまなラインナップが打ち出される中、お客様が体感できるストーリーをつくっていくのがマーケティングの重要な役割だと感じています。
若林 デジタルコミュニケーションにも注力しているそうですが。
遠藤 お客様がどのようにBMWを知って、興味を持ち、購入されるかというタッチポイントに合わせて、デジタルコンテンツ、コミュニケーション、プラットフォームを幅広く取りそろえ、デジタルのカスタマージャーニーの充実を図っています。
タッチポイントのひとつに「My BMW」というアプリも開発し、オーナー様に活用いただいています。
このアプリは、特にEVオーナー様にとっては使い勝手がよく、アプリで行き先をセットすれば、目的地までのロードマップを作成。現在のバッテリー量、途中でどこのチャージングステーションで何分チャージすれば、何時にどのようなコンディションで到着するというのがわかります。しかも、それをクルマに送信すれば、乗るときにはすでにセットされています。充電や走行距離のことを考えずに、ドライブを楽しむことができるのです。
若者世代とコミュニケーションを深めリーダー育成を
若林 デジタルテクノロジーの進化に合わせて、そういったサービスもさらにアップデートしていきそうですね。今後のさらなる挑戦や新しい展開に期待が高まります。
遠藤 BMWの企業目標としては、2030年までに生産するクルマの半分をEVとし、2億トンのCO2排出量削減をするというのがあります。非常にアグレッシブな目標ですが、企業の社会的責任として、BMW自体がサステナブルになるという強い決意で挑んでおり、加速度をあげていくつもりです。
若林 企業の社会的責任でも先進を走る、ということですね。
遠藤 そうですね。サステナブルな未来をつくるには、若い世代とのコミュニケーションも重要だと思っています。社会のためにできることへの関心が高い若い世代をBMWとしてサポートする取り組みを進めています。
例えば、日本でも行っている「スタートアップガレージ」では、エンジニアリング系のスタートアップをインベストメントするコンテストです。ほかにもBMWグループとして、2006年から「ワンヤングワールド」というビジネスプランコンテストを世界的に行っています。これらは若手リーダーの育成をBMWが支援するものとなっています。
遠藤 また、若手やZ世代とのコミュニケーションを深めるために、今年から「フロイディメンバーシップクラブ」という新しいメンバーシップコミュニティもスタートしました。サステナビリティパーパスを解決するためのビジネスをしていたり、IT企業でマネジメントをしている方、受け継いだ資産を有効活用したいと考えている方など、サステナブルな未来に関心の高い若い世代のオーナー様のコミュニティです。
例えば本国のBMWが協賛するカンヌ映画祭にメンバーの方をお連れして、そこでしか体験できない世界を味わっていただく。そこから、映画や文化から未来の世界を考えるということをしていきたいと思っています。ほかにも、自然農法にこだわる農地を視察して、そこの食材でスターシェフに料理をふるまってもらうというようなプログラムも構想中です。
そのような体験を通して、ラグジュアリーを再定義し、未来につながるコミュニティに育てていきたいと思っています。