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ビザールウォッチがおもしろすぎる!

ひとつの針で、時を“哲学”にする。

author: 篠田 哲生date: 2021/04/27

腕時計とは「時刻を知り、また時間を計るのに使う、腕にのせる器機」である。ところが現代の高級時計の世界には、最高峰の時計技術を駆使しているにも関わらず、針も読めなければ、現在時刻もわからないという“ 奇妙な時計”が生まれている。それこそが「変態的腕時計=ビザールウォッチ」。高級時計を知りすぎた人がたどり着く末路へようこそ!

時間というのは、ただ何となく流れている現象であった。しかし全てが停止し、新しい生活様式を求められるようになると、時間との関わり方も変わってくる。そんなニューノーマル時代にピッタリの優雅なビザールウォッチがある。

2021年もすでに5月を迎える。何もなければ、東京オリンピック・パラリンピックで大いに盛り上がり、多くの観光客が日本中を賑していたであろう。しかし新型コロナウィルスの影響で、世界中が停止してしまった。それは極めて異例なことである。

しかしニューノーマルな日常も慣れてしまえば、悪いことばかりではない。特に大きく変わったのが、時間の使い方だ。例えば会社勤めするビジネスマンであれば、会社の始業時間から逆算して、全てのタイムスケジュールが決まる。しかしリモートワークであれば、朝の過ごし方だけでなく、一日の時間の流れも大きく変わってくる。ベッドの中で仕事をしてもいいし、朝のコーヒータイムにこだわる人もいるだろう。仕事の合間に、凝った夕食の仕込みにいそしむこともできる。少なくとも“通勤(痛勤)”という時間から解放されるだけでも心理的影響はい大きいだろう。また人と対面して何かをするということが特別なことになったからこそ、そういう時間をこれまで以上に楽しみたいと考えるようにもなった。

時間から自由になり、時間を大切にしたいと考えると、便利さを重視するスマートウォッチよりも、丁寧に機械式時計の方が心に響く。特にビザールウォッチは、現代人に痛みを強いてきた“時刻”ではなく、今という瞬間を楽しむ“自由な時”を表現している。今こそビザールウォッチに目を向けるべきだ。だから筆者も2020年の終わりに、ビザールウォッチを購入した。

選んだのは18世紀に活躍した伝説の時計師の名を冠したスイスの時計ブランド、ジャケ・ドローの「グラン・ウール」。時針しかない「ワンハンド」というジャンルの時計であり、分針がないので、今が何時何分かを判読するのは難しい。しかもこのモデルは24時間で時針がぐるりと一周する仕組みなので、表示は10分ごと。正確な時刻を知ることはまず不可能である。

時計の役割が、“正確な現在時刻を知る”ということであるなら、「グラン・ウール」は全くの無用の長物である。しかしそれでも惹かれたのは、人々を追いかけまわす時刻ではなく、ただゆったりと流れて行く時の移ろいを表現しているから。いうなれば“時の支配”から逃れる時計であるからだ。

JAQUET DROZ グラン・ウール オニキス 

価格:132万円(税込)

自動巻き、SSケース、ケース径43㎜。㉄ジャケ・ドロー ブティック銀座 ☎ 03-6254-7288 表示する時刻は曖昧だが、時を刻むムーブメントは精密。Cal.Jaquet Droz24JD53は、動力ゼンマイを二つ搭載し、68時間の連続駆動を実現。

ケースサイズは43㎜とシンプルウォッチとしては相当大きいのだが、全体のプロポーションが優れているからなのか、腕への収まりは良好。シンプルなデザインなので。合わせる洋服もカジュアルからドレスまで幅広い。毎日使う時計ではないので、動力ゼンマイの連続駆動時間が68時間もあるのも嬉しい。これなら数日おきに使っても、針が止まることは少ないだろう。とはいえ、そもそも時刻がわからないので、針がズレてしまっても気にならない。実際にこのビザールウォッチと共に暮らすようになってからは、どうせ時刻がわからないので、時計を見る機会はぐっと減った。必要な時はスマートフォンで確認すればよいのだ。しかしその一方で、静かに流れる時を楽しむために、これまで以上に時計そのものを眺めるようになった。この時計は、曖昧に時刻を表示することで、時間から解放してくれるのだ。

インデックスは、数字とドット、バーの3パターンで構成。10分おきの表示なので、細かい時刻は判読不能。

余裕が生まれた時間をどう過ごし、楽しむか。それが「ニューノーマル時代」に求められる時計だ。一分一秒を争うため道具ではなく、緩やかに時を刻んでいく曖昧さを楽しみたい。

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時計ジャーナリスト
篠田 哲生

1975年生まれ。講談社「ホットドッグ プレス」編集部を経て独立。時計専門誌、ファッション誌、ビジネス誌、新聞、ウェブなど、幅広い媒体で硬軟織り交ぜた時計記事を執筆。スイスやドイツでの時計工房などの取材経験も豊富。著書に『成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。』(幻冬舎)、『教養としての腕時計選び』(光文社新書)がある。
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