本連載第7回目で登場いただくのは、世界190カ国以上から次世代リーダーが参加する国際会議「One Young World (OYW)」(※1)日本代表である、平原依文(いぶん)さん。わずか8歳で、中国をはじめ4カ国に単身留学。その経験をもとに、『WE HAVE A DREAM 201カ国202人の夢×SDGs』(いろは出版/2021年)を共同代表の市川太一さんとともに企画立案し、国境も年齢も性別の境界線をも“溶かしていく”教育をつくることを目指して活動しています。平原さんの目指す教育が「SDGs 2.0」たる所以とは。大畑さんがナビゲートしていきます。
2022年、高等学校教育における「総合的な学習の時間」の授業が「総合的な探求の時間」へ名称変更されました。自ら学びのテーマを設定し、社会課題に対する解決方法を模索する授業内容は、society5.0(※3)と呼ばれる時代に、自分たちのこれからのキャリアを探求していく時間に変わったのです。
情報化やグローバル化が進め社会で活躍するためには、学力だけではなく「自ら課題発見に取り組み、答えに向かう力」を育成することが必要不可欠です。平原さんは、自身の留学経験を通して、こういった教育の重要性に早くから気づき実践していた活動家のひとり。彼女の目指す道をヒントに、いま持っている固定観念や常識を“溶かし”、教育の未来について考えてみましょう。
中国への留学で溶けた、日本との境界線
大畑:平原さんは、わずか8歳で中国に単身留学をしたんですよね。これってどういう理由があったんですか?
平原:保育園から小学校1年生まで、いじめにあっていました。透明人間になりたいと思うほど辛い毎日でしたが、1年生の2学期のとき、中国人の女の子が転校してきたことによって、いじめのターゲットの矛先が変わったんです。
理由は彼女が中国人だから。“自分たちとは違う” という理由で、彼女がいじめられることになったんです。
大畑:その子が中国人だったところに、中国留学へのきっかけがあるということですか。
平原:はい。その子は「お金のない家の子だ」とか「日本に侵略しに来たのか」と罵声を浴びせられても、決して自分の声を消すことはなく、一人の小学生として周りと一緒に学び、分からないことがあれば必ず躊躇せずに質問し、中国がどんな国なのか、どんな歴史があるのか、当事者として教えてくれました。そんなにも彼女を強くする中国って、どんな国なんだろうと惹かれたんです。
大畑:それで、単身留学を決意した。
平原:留学したのは全寮制の学校だったのですが、朝鮮人がふたり、それ以外は全員中国人でした。それだけでも国境の壁を感じていたのですが、さらにそれを助長させたのが、ホームルームで見た映像でした。
再現VTRで南京大虐殺の映像が流れていたのを見て衝撃を受けたんです。それが理由で、中国人と日本人は一生分かり合えないのかもしれないと思いましたね。
大畑:そこからどうやって、学校になじんでいったんですか?
平原:もう全然ダメでした。どんなに勉強しても、言語もまったく頭に入ってこなくて。でも、当時の担任の先生が「あなたは、なにが好きなの?」と聞き続けてくれたんです。それで「クレヨンしんちゃんが好き」といったんですよね。
当時、中国でも『クレヨンしんちゃん』が人気だったので、先生がビデオを買ってきてくれて、毎日の自習の時間にひたすら一緒に見ていました。そうすると、中国語のセリフがなんとなくわかるようになってきて。そこから3ヶ月くらいで中国語を話せるようになりました。その先生との出会いが、いま教育に携わっている一番大きな理由になっています。
大畑:恩師との出会いが、平原さんに気づきを与えてくれたんですね。
平原:その先生は、「歴史の教科書に振り回されないで」といってくれたんです。「その国ごとに世界史の教科書があるけれど、国ごとに異なる物語が描かれているんだよ」と。
「同じ事柄であっても、権力のある人たちによって、物語は都合のいいように塗り替えられてしまう。ただ、あなたの時代からは、目の前にいる人を、中国人だから分かり合えないと諦めないで。いま目の前にいる人は、パスポートの色以上に共通点はあるよ。それに気づいてる?」って。
大畑:そのときこそが、平原さんのなかで中国と日本の国境という境界線が“溶けた”瞬間だったんですね。
平原:教科書ひとつで誰かが差別されたり、偏見をもってしまう教育ではなくて、お互いの物語から、人として学びあえるような教育づくりをしたいというのを、先生との出会いを通じて思いました。
教育の格差は「選択肢」の数
大畑:平原さんは、境界線を「なくす」ではなく、「溶かす」という言い方をされていますが、そこにはなにか意図があるんですか?
平原:今起きているあらゆる出来事が起きたのには、その時代の「歴史的背景」や「理由」があってそれをなくすことは難しいです。だからこそ、境界線をなくそうとすると二項対立が発生すると思うんです。そうじゃなくて「一回対話で話そうよ」というのが「溶かす」ということ。それを教育で具現化させているんです。
ひとつの正解を求めるのではなく、いろんな意見があって当たり前だよねというコミュニケーションにしていきたいんです。
大畑:しかも、その「正解」って、「著名人や有名人が言ってたから」と、人のことばを使って答える子が圧倒的に多いですよね。
平原:そうなんです。「高校を卒業したら、なにをしたい?」と聞くと、大概の答えは「大学に行きたい」というもの。「なんで大学に行きたいの?」と聞くと、「だって当たり前じゃん」と返ってくる。
誰がその当たり前を決めたの? 自分はどうしたいの? というところを話せるようにならないと、この先社会に出たときに、どんなに優秀な子でも流されるようになってしまうんです。与えられた選択肢のなかで生きてしまうのではなく、自分の軸を持った子たちを育みたいと思っていますね。
大畑:自分自身が選択肢を生んでいけるとか、そういう社会や人材が増えていくこと。それが、平原さんのいう “境界線を溶かす” ということですか?
平原:そうですね、選択肢を持っていいんだよというのを伝えたいです。
大畑:そのために具体的に提供している教育サービスがあるんですよね。どんな内容なんでしょう。
平原:この本に出てくる子たちを、オンラインで日本の学生と繋げるというサービスを行っています。例えば、ハイチに住むマークさん。ハイチの山奥で一番大きいコワーキングスペースをつくっているバリバリの起業家なんです。そこで、世界を代表するテクノロジー大手テクノロジー企業と協業しながら、ハイチ出身の世界で活躍するエンジニアを育成している。
そんな彼の物語を読み、オンラインで繋がり、本人から直接話を聞くことで、これまであったハイチに対する考え方が変わってきますよね。
大畑:マークくんとの出会いによってハイチへの固定観念は溶け、それは自分にとって新しい選択肢になるというわけですね。「教育格差」っていうと、学力や経済的な差のイメージを浮かべますが、教育格差は「選択肢の数」の多さにも見えてきますね。
平原:はい。各学校で、この本を教科書として導入してもらって、どの子と話してみたいかを子どもたちに選んでもらっています。本に登場する子たちのほとんどは社会活動家か起業家です。本だけで終わらせるのではなく、実際に彼彼女らに「先生」として授業を担当してもらうことによって、学校から対価をいただき、お互いにとっていいような循環をつくっています。
企業と学生の境界線を溶かす、実践型の取り組み
平原:もうひとつは実践型の教育を行っています。HI合同会社には、14歳から20歳までのインターン生が15名いるのですが、その学生たちをプロジェクトオーナーとして、企業さんと事業をつくるという取り組みです。
大畑:プロジェクト自体は、企業側からオファーがあるのですか?
平原:そうです。お話をいただいたら、挙手制で募集をかけるんです。そこで手を挙げた学生さんと担当者さんをお繋ぎしてプロジェクトがスタートします。
大畑:社会に出たことのない学生。当然、悩んだり、困ったりしますよね。そのときのフォローは?
平原:まだまだ改善点はたくさんありますが、フォロー体制をつくっています。私ももちろんいますし、各専門分野で活動する業務委託のメンバーが24人いるので、適任者をアサインしてもいいですよと伝えています。そこも含めて、自分でプランニングをしてもらっていますね。
大畑:完全にその子たちに丸投げするんですね。
平原:そうです。学生としてではなく、ともに働く仲間として、プロジェクトオーナーとして事業に入っていっています。ひとつの課題を解決するのに、年齢は関係ないというところを証明したくてやっています。
大畑:実は、社会課題についての意見って学生の方がリアルに持っていることがあるんですよね。それに対するソリューションとか具体的な策は大人の方がアイデアを出せる。だから、学生と企業がタッグを組むということは理にかなっていると思います。
平原:学生と一緒に課題解決に取り組むことで、次世代の興味関心や、企業にどんな期待を持っていることが分かります。社会課題の解決のために、新規事業を始めたり、将来入ってくる新入社員のために、こういったプロジェクトを継続しようとか、つくっていこうとか、そういった企業側への意識改革にもなるといいなと思っています。
“溶ける” を広げていくために
大畑:この本をつくるのってめちゃくちゃ大変だったと思うんです。そして、本をつくってからもさまざまなプロジェクトを進めていくのは簡単なことではないと思います。依文さんのモチベーションの源泉ってどういうところから来ているんですか?
平原:日々会う人たちがモチベーションです。
大畑:境界線が溶けることを、喜んでくれるのがうれしいとか?
平原:そうですね。学生も企業も固くなっちゃっていたのに、気付いたらあだ名で呼び合っているとか。学生が自分たちで企画したことを、やらされているわけではなく主体性を持って取り組んで、それが誰かのためになると見えた瞬間とか。そういう瞬間に立ち会うと、本当にうれしいです。
大畑:それが教育の醍醐味かもしれませんよね。最後に、この連載を読んでくれる人にも、いままで踏み出せなかった一歩を踏み出してほしいと思っていて、その人たちになにか一言をお願いします。
平原:失敗は成長痛だから、自分を信じることを諦めないでください。子どものことを思い返すと、小さい失敗っていろいろあるんです。テストで赤点をとってしまって、ベッドの下に隠した経験とか。そのときには、一大事なんですよね、もう必死で。
でもいま思い返してみると、クスって笑えると思うんです。だから誰かと比較するのではなく、自分と比較したうえで、少しでも成長していたら褒めてあげてください。「これは成長痛だったな」と捉えると、もっと一歩を踏み出しやすくなるのかなと思います。
大畑:大きな失敗であればあるほど、半年後には一番自慢げに話す内容になっているものですよね。
撮影:佐坂和也 執筆:山下あい
※1 One Young World (OYW):次世代リーダーのためのグローバル・フォーラム。世界190カ国以上から、あらゆる分野で活躍する2000⼈以上の若い次世代リーダーが一堂に会し、つながり合い、より効果的で、より革新的で、より責任あるリーダーシップを図りながら、世界の多くの課題解決に挑んでいく。
※2 『WE HAVE A DREAM 201カ国202人の夢×SDGs』:2021年、いろは出版刊行。各国の持続可能な開発や問題に取り組むMZ(ミレニアル、Z)世代の若者たちの行動や彼らが描く夢を一冊にまとまっている。
※3 society5.0:狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において日本が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。
大畑慎治のSDGs2.0 POINT of VIEW
環境との向き合いとセレンディピティ
今回のポイントは2つ。
ひとつはSDGs2.0時代の教育の視点からも、やはり「社会での実践PDCA」が重要だということ。
これからのVUCA時代は、既存の選択肢からベターを選ぶのではなく、自分自身で選択肢を生み出すことも重要になってくる。でも、そういう能力を伸ばすためには、実際にそういう環境でもがく経験を積み上げるしかない。
答えのないビジネス環境のなかで、学生がプロジェクトオーナーとして、悩みながら失敗しながら実際に事業を進めていく。そういう「WORLD ROAD」のインターンのようなスタイルが、次世代の人材を育てるひとつの教育の形だと思いました。
もうひとつは「環境との向き合いとセレンディピティ」。
濃淡に差はあれど、みんな望んでいない環境や不遇な環境にも身を置きながら、一歩一歩前に進んでいる。そんななか、たとえ同じ環境に身をおいていたとしても、その環境をどう捉え、その環境にある偶然をどう次につなげていけるのかは、人によって違ってくる。
セレンディピティをどう生み出し、どう次につなげるのか。それは事業開発においても、SDGs2.0時代のサステナブルアクションにおいても非常に重要なことであり、その結果が、その人本人の個性や社会におけるポジションを形成していくことにもつながっていくと思いました。
依文さん、どうもありがとうございました。
平原依文┃ひらはら・いぶん
1993年生まれ。中国、カナダ、メキシコ、スペインでの留学を経て、東日本大震災がきっかけで帰国し、早稲田大学に入学、。卒業後はジョンソン・エンド・ジョンソンに入社、デジタルマーケティングを担当。その後、プロノイア・グループへ転職し、広報・コンサルタントの経験を積み、26歳で市川太一氏と幅広い世代へのSDGs教育のため「地球を一つの学校にする」をミッションに「WORLD ROAD」を設立。2021年6月に『WE HAVE A DREAM 201カ国202人の夢xSDGs』を出版。教育分野からSDGsに働きかけるZ世代の旗手。
URL:WORLD ROAD
YouTube:We are World Road!
Twitter:@ibunhirahara
Instagram:@worlddreamproject
MAD SDGs:#15 / SDGs2.0時代の各国ミレニアム世代のリアルな夢