毎年春にイタリア・ミラノで開催される「ミラノデザインウィーク」は、世界最大のモノとデザインの祭典だ。家具やインテリアの展示会「ミラノサローネ」を中心に、ミラノ市内の各地ではさまざまなデザインイベントが行われる。大手家電メーカーもレストランを貸し切ったり、おしゃれなイベントスペースを使い、次世代のコンセプト家電を展示する例もすっかりなじみの光景となった。
家電メーカーが生き残る道は「プレミアム家電」
いまや家電もデザインを高めた製品が増えている。LGの高級家電「Signature」シリーズがヨーロッパで大成功したこともあり、家電各社はシンプルなデザインかつ高級素材を使った「プレミアム家電」を次々と投入している。
このプレミアム家電は、中国メーカーなどの格安家電とは対極の存在であり、電化製品である家電をインテリア製品へと生まれ変わらせた。レストランの入り口にワインクーラーを設置したり、カフェのオープンキッチンにオーブンや電子レンジを置くなど、「来客から見える家電」としてプレミアム家電は引っ張りだこだ。
アメリカ・ラスベガスで開催される「CES」のような大型ITイベントは、家電のテクノロジーの進化をアピールする場である。
それに対して、ミラノデザインウィークは使いやすさや、生活を豊かにする家電のデザインの進化をメーカーが世に送り出すイベントだ。
ところが、2022年6月に開催された今年のミラノデザインウィークは、新型コロナウィルスの影響もあり3年ぶりの本格開催となったこともあってか、家電メーカーの展示品にも大きな変化が見られた。それは、デザインと技術の融合であり、外観=ハードウェアだけではなく、内部=ソフトウェアも使いやすさを追求した製品の展示が目立っていたのだ。
誰もがスマートフォンを持つようになり、この3年間でリモートワークが増え在宅する時間が長くなったことなどから、人々の生活様式は大きく変わった。自宅は「仕事や学校で疲れ、帰宅してから安らぎを与えてくれる空間」から、「日常生活や仕事、そして休息まで常に滞在する場所」になったのだ。
つまり、デザインだけではなく機能も充実した製品を提供することがこれからの家電メーカーの生き残りの道となるわけだ。
LGのスマートTV「Easel」の逆転の発想
その代表格と言えるのがLGのスマートTV「Easel」だ。名前の通り、絵を立てかけるイーゼル(画架)をイメージしたというフラットなデザインのTVであり、ほかのスマートTV同様にYouTubeやNetflixなどを視聴できるインターネット機能を備えている。
充実した機能を持つTVだが、ディスプレイの下部は布に覆われたパネルがあり、家具としても室内に調和するデザインになっている。
スマートTVにデザインを融和させたEaselだが、さらに大きな特徴を持っている。それはリモコンのボタン操作ひとつでパネル部分が上にせり上がり、ディスプレイを細長い表示エリアとして覆うことができるのだ(写真・下)。
この状態でディスプレイ部分には時刻や天気予報などを表示したり、スマートTVで音楽を再生しているときは局の情報を表示することもできる。動画を視聴するTVが変形して「デジタルウィンドウ」になるというわけだ。
考えてみればTVを使わないとき、室内の壁には黒くて大きい「板」がかかっていることになる。その光景を我々は当たり前と思っているが、その空間だけが異質な存在であることは間違いない。EaselはTVを見ないときに時計代わりにもなる細いディスプレイとなり、しかも布でできている本体が室内にやさしい雰囲気を与えてくれる。
これまで各メーカーは、TVのベゼルレス化や薄型化などでデザインを競い合っていったが、その結果どのTVも同じような見栄えになってしまっている。LGはTVのディスプレイを「あえて狭くする」という逆転の発想で、TVをインテリア製品にも変身させたのだ。
サムスンからの提案はTVの「縦画面」
一方、サムスンのアプローチは直球的だ。サムスンはLGのSignatureに対抗した高級家電「Chef Collection」を展開しているが、名前からわかるようにキッチン家電を中心としたラインナップになっている。
これはSignatureの最初の成功例を追いかけたからだろう。だが、LGのSignatureは今やスマート洗濯機やスマートTVなどキッチン以外の製品にも広がっている。世界初の巻き取り式ディスプレイを備えたローラブルTV「LG Rollable OLED TV R」もSignatureブランドの製品だ。
そこでサムスンはLGと差別化すべく、ターゲット層をより若くした「BESPOKE」シリーズをアメリカや韓国で展開している。
BESPOKEはカラーパネルをカスタマイズ可能な家電製品のブランドであり、冷蔵庫や洗濯機、オーブンなどもスマートフォンと連携できるスマート家電のラインナップも豊富だ。カラフルなパネルカラーは20代から30代をターゲットユーザーにしている。
この「おしゃれなスマート家電」に組み合わせるのに最適なTVをサムスンは販売中だ。それはディスプレイが90度回転するTV「Sero」である。縦向きに回転させれば狭い空間にも設置することができ縦表示のまま分割表示もできるので、上側で映画、下側に写真、なんて表示もできる。
さらに、スマートフォンの画面をワイヤレスで表示もできるので、TikTokやインスタ、YouTubeの縦動画をそのまま見ることもできる。リビングルームでソファーに座りながらTikTokを見る、こんな体験ができるのだ。
サムスンは2022年以降発売のスマートTVを90度回転可能な壁に取り付ける台座に対応させるとしており、これからの時代は「TVも縦画面」が当たり前になるのかもしれない。
北欧ブランドがつくりあげた「2030年のキッチン」
さて、デザインとデジタルの融合はTVだけではない。キッチンのデジタル化を進める動きとして冷蔵庫の扉にディスプレイを内蔵させたスマート冷蔵庫も多くのメーカーが展開している。
スマート冷蔵庫が市場に出てきた10年くらい前は、扉のディスプレイに在庫管理アプリを呼び出し、冷蔵庫に入れる食品をひとつひとつ登録、使ったときは消去することで食材の在庫管理ができる、といったレベルのものだった。当然使い勝手は悪く、スマート冷蔵庫を購入する消費者は(価格が高かったこともあり)ほとんどいなかった。
しかし、2022年のスマート冷蔵庫は庫内にカメラを搭載し、ドアを開けずともディスプレイを使って冷蔵庫の中身を見ることができる。そして、スーパーに出かけたときに自宅の冷蔵庫の内部をスマートフォンから見ることもできるのだ。スマートフォンのカメラ性能が年々高まるにつれ、冷蔵庫に内蔵できるカメラの絵性能も高まったことでこのような機能が実用化されるようになったわけである。
冷蔵庫だけではなくスマートオーブンにもカメラを搭載する製品が増えており、調理中にドアを開けずに焼き具合を確認することもできる。
このように、スマート家電はスマートフォンなどほかのIT製品の技術向上とともに性能の進化が進んでいる。いずれはAIがスマート家電でも当たり前に使われるようになるだろうが、その例として、スウェーデンの「Electrolux(エレクトロラックス)」がコンセプトを発表したのがサステナブルキッチン「GRO」だ。
Electroluxは、2030年までに健康的で持続可能な食生活の実現を掲げ、GROは「2030年のキッチン」を作り上げた。棚が積み重なっているようなデザインで、そのひとつひとつが「肉」「野菜」「漬物」「パスタや小麦粉」のように、食材別の冷蔵庫・冷凍庫になっている。透明または半透明のドアがついているため、食材がどれくらい残っているかを可視化してもくれるのだ。
実は人間が日々口にするものは、豚肉にしろキャベツにしろ、あらゆる食材のなかのわずか数種類で大半を占めている。日々の食事の75%は5種類の動物・魚類、そして12種類の植物に偏っているという。
つまり、特定の食材ばかりを食べているのだ。GROのユニット式の冷蔵庫は日々食べる食材、あるいは購入する食材を常に意識させてくれるだろう。
さらに、日々の食生活を記録し、AIを使った「GROコーチ」と連動させることで、翌日以降の献立を示唆してくれるなど健康生活をアシストしてくれる。いずれスマートウォッチで計測した運動量や、スマートフォンで受信したメールの量などをAIがチェックして「しっかり運動したから肉料理を」「仕事しすぎなので目にやさしい魚を」のようなアドバイスも受けられるようになるだろう。
新しいテクノロジーは人間の生活をより豊かで快適なものにしてくれる。しかし、テクノロジーだけが進化しても、使いやすい製品が生まれるわけではない。今やミラノデザインウィークはデザインだけの展示ではなく、テクノロジーをどのように生活に取り込んでいくのか、近未来の生活空間を見せてくれるイベントに進化しているのである。