2022年6月7日(日本時間)に、アメリカ・シリコンバレーで開催されたWWDC(世界開発者会議)に招待され、取材に行ってきた。アップルはWWDCやiPhoneの発表会など、定期的に世界中からメディアを呼んで発表会を行って来たが、この2年と9カ月の間、すべての発表会はオンラインで行われて来た。おそらく多くの企業の今後の指針となるであろう、アップルの国際的発表会についてどのような感染対策が取られていたか、レポートしよう。
アップルは、本当は人に会いたい企業
アップルはテクノロジーの会社であり、GAFAとひとまとめにされがちだが、他の3社……Google、Facebook、アマゾンとは異なり、非常にフィジカルな……つまり物質的なものを大切にする会社でもある。ピカピカに磨き込まれたiPodの背面や、MacBook Airのマットな光沢感、iPhoneのキラキラした質感など、物理的な質感、触り心地をアップルが大切にしてきたことをご存知だと思う
もちろん、同時にテクノロジーとエンターテイメントの会社でもあるので、人との接触を避けなければいけない時期には、上手く動画を使ったプレゼンテーションを提供しており、多くの人が「もうずっと動画での発表会でいいんじゃない?」と思ったほどだ。
しかしながら、現場で取材している我々としては、アップルの『実際に触って欲しい、ダイレクトに感想を聞きたい』という想いを感じていた。もちろん、そう明言されたワケではないが、長年取材をしていて、そう感じるのだ。
果たして、2022年6月7日のWWDCでは、一部のエンジニアを特別イベントという体裁で招待し、同時に事前の告知なしに一部のメディアを招待した。
試しに開催ということか、人数もかなり控えめ
もちろん、アップルの新製品発表会は守秘義務契約を伴うので、いつも事前には告知されないものだが、今回は特に『シークレットで』招待が行われたように感じた。つまり、まだ、世界的な発表会イベント自体が実験的な段階にあったのだと思う。『試験的にやってみて、上手くいくようなら拡大していこう』という思惑が見て取れる。また、計画を進めているうちに、変異株などが登場しないとも限らない。そのリスクを考えると、大々的に告知しない方がいいに決まっている。
従来、アップルの国際的な発表会はおそらく1000人を少し下回るぐらいの規模で開催されていた。といっても、これは公式に発表されている数字ではなく、筆者がイベント会場などで席数を数えて得た数字だ。実際には、メディアに混じって社内のスタッフなどもいるようなのでもっと少ないかもしれない。年に1度、9月に行われるiPhoneの発表会や、Macなど特別に大きな新製品の発表会が行われる場合は、このぐらいの人数規模になる。
しかし今回は、メディアで会場に入った方々はおそらく総勢で250人ぐらいだったのではないだろうか? 台湾メディア、中国メディアが不参加で、タイも半分ぐらいしか参加できなかったという。通常は地元であるアメリカのメディアが最大派閥で、それに続くのが中国だったのだが、中国のメディアが少なかった影響は大きかった。開発者も当然いたものの、人数規模で今回の発表会で集めた人数は控えめだった。
打てる限りの手を打ったイベント
会場は半屋外になった。会場として使われたのは、アップルの本社Apple ParkのCaffé Macsというレストラン部分。このレストランは4フロア吹き抜けになっており、高さ16m、幅28mの巨大なガラスの引き戸を開くことができる。そして、屋外の芝生の広場とひと続きにして、巨大なオープンエアの空間を作り出したのだ。
前方に巨大なディスプレイを置いたこの野外ライブ会場のような場所を開催場所にすることで、『世界から来た大勢の人を屋内に集める』という状況を回避したのだ。
Apple Parkは完成してから5年間、外部の人はメディアさえSteve Jobs Theater以外に入ることはできなかった。しかし、この状況下でイベントをするために、従来の厳格なルールを軽々とひるがえすところに、最近の『前言撤回できるアップル』の意思決定の身軽さを感じる。
それだけではない。まず、我々海外から訪れる組は、米国入国のために飛行機に乗る72時間前までにPCR検査を受けて、その結果を提出する必要があった。それとは別に、WWDC取材のためのホテルに着き次第アメリカ食品医薬品局(FDA)の認証付きの抗原検査を行う必要があった。さらにはイベント終了直後には帰国のためのPDC検査を受ける必要があったのだから、毎日何らかの検査を受けているようなものだった。
会場入場のための抗原検査の結果は、専用のサービスを通してアップロードする必要があった。この結果がアップロードされていないと、メディアパスが供給されないという仕組みになっていた。
さらに、会場で使用するためのN95マスクと、再生利用可能な『Designed by Apple in California , Assembled in China』と表記されたマスクが配布された。
つまり、密でない屋外で開催し、前日に抗原検査を行い、マスクの配布まで行ったのだ。万全の配慮をし、実験的に少なめの開発者と、メディアを海外から集めたのだ。現在のところ感染者が多発したなどの問題は発生していないので、この試みは成功したようだ。
状況に応じて変化する力こそ、レジリエンス
コロナの感染が広がった時、アップルをはじめとしたIT系の企業はいち早く在宅勤務を推奨した。
そして、在宅勤務で必要となるビデオ会議を高いクオリティで行えるように、コロナ禍以降の新型Macは、カメラの性能を向上し、スピーカーの音質も、マイクのクオリティも向上させている。折りしもインテルMacより大幅に性能が向上したM1、M2などのApple Silicon搭載型のMacへの移行期だったので、Macはさらにビデオ会議を快適に行えるようになった。たいていの場合、ビデオ会議を行いながら書類を開いたり、画像を加工したりという複数のタスクをこなす必要があるので、処理能力に余裕があるApple Silicon搭載Macは非常に快適にビデオ会議を行えるのだ。
また、在学勤務の普及、ビデオ会議の一般化により、Macは過去にない好調な売上げを記録した。
いち早く、コロナ禍に対応して、コロナ禍の状況下でも売上げを向上させたアップルは、イベント開催の可能性を探ることで、いち早くアフターコロナの世界に対応しようとしているのだ。
これこそ、アップルという企業の高いレジリエンス(柔軟性・復元性)を表わしているといえるだろう。
おそらく、秋のiPhoneの発表会では、さらに洗練されたカタチで世界中のメディアをクパチーノの本社に呼ぶに違いない。
日本は、コロナ禍からの立ち上がりに極めて慎重な姿勢を見せているが、果たしてそれで良いのか考えさせられる出来事である。
取材協力:アップル