メタバースが最近大きな話題となっている。仮想空間内で人々がコミュニケーションを取り合ったり、企業が製品の宣伝を行うなど、メタバースは現実世界とは別の新しい体験を生み出している。メタバース内では自分自身を別人格として参加させることも可能であり、場所も距離も空間も無限という、まったく新しい仮想空間の中で別の人生を過ごすこともできてしまうのだ。
メタバースはまだ概念的な用語であり、「これがメタバースだ」というものは実は定まっていない。現時点ではVRグラスをかぶり、メタバースのプラットフォームやアプリを利用するのが一般的だ。アプリ内では自分をアバターに置き換え、時には性別や年齢を変えたり、あるいは動物の姿になって参加することもできる。
つまり、メタバースは「仮想空間で新しい自分が活動できる空間」と認知されているのが現在の姿だろうか。特定のメタバース内で土地を買ったり、自分のアバター(仮想分身)に洋服を買って着せたり、あるいは最近はやりのNFTアートを買って仮想空間内の自宅にかざっておく、といったサービスも生まれている。
しかし、仮想空間内で生活するという姿は、2000年代初頭に廃れた「マイスペース」と変わりない。確かに仮想空間でならば現実の世界では得られないさまざまな体験ができるだろう。遠く離れた友人と24時間いつでも向き合って話をすることもできる。
仮想の空間はあくまでも仮想のものにすぎない。VRグラスをはずせば、現実世界で部屋の掃除をしたりスーツをクリーニングに出したり、そして帰宅後ならばシャワーを浴びて身体を清潔にし、空腹ならば食事もとらなくてはならない。メタバースの中ではそれらのことは一切行う必要はないが、忘れてはいけないのは参加しているのはあくまでも分身であり、自分自身は食事や睡眠なしでは生きていけない「生物」なのだ。
つまり、メタバースであろうとも、現実世界との接点なしでは存在する意味はありえない。現実世界ではできないことを、バーチャルな世界が拡充してくれ、それにより日々の生活や仕事がより楽しく効率的になる、これがメタバースの目指す方向であるはずだ。
ロッテが見せた「リアルとの垣根のない世界」
2022年1月にラスベガスで開催されたテクノロジーイベント「CES 2022」にもメタバース関連の展示はかなり多く見られたが、将来の姿を見せてくれたのは韓国企業だった。
たとえば、ロッテグループのロッテ情報通信は、現実世界をそのままメタバースに投影した体験をデモしていた。ロッテデパートの中に入れば商品が展示されており、拡大して詳細を見たり、色を変えて別のスタイルを確認することもできる。店内にはバーチャルアシスタントが常駐しており商品説明もしてくれる。
ここで販売されているものは実製品であり、その場で購入も可能だ。あとは自宅に届くのを待つだけというわけである。メタバース内にはほかの来場者もいるので、製品購入時に迷った場合はバーチャルアシスタントの意見だけではなく、来場者にアドバイスをもらうこともできる。
いずれはメタバース内のロッテデパートで洋服を買えば、実際に自宅に届くだけではなく自分のアバターにも同じ服を着せることができるようになるだろう。
そしてショッピングが終わったらメタバース空間内の映画館に行くのもいいし、K-POPアイドルのコンサートに参加するのもいい。映画は実際に上映されているものと同じものを見ることができるし、K-POPアイドルは現実のアイドルのアバターがステージ上を動き回る。バーチャル空間だけのアイドルではなく、本物のアイドルにいつでも会うことができるというわけだ。
ロッテのメタバースを拡張すれば、オフィスや学校、そして将来は役所といった公共サービスもメタバース内で受けることが可能となり、必要となれば現実世界に書類が送られる、といった世界が見えてくる。
ロッテのメタバースは「現実にはない仮想世界」ではなく、リアルとバーチャルの垣根のない、将来の実生活そのものを見せてくれたのだ。メタバースはエンターテイメントの世界のものではなく、あと10年もすればだれもが当たり前に使う技術になっているだろう。