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まだひとつの暮らし、ひとつの仕事してるの?

2つの人生を同時に刻む「ダブルローカル」という暮らしかた

author: Beyond magazine 編集部date: 2021/12/29

都心に暮らし、都心で働くことは都市生活者にとってごく自然なことだ。「地方移住」や「田舎暮らし」がメディアではもて囃されているが、まだまだ多くの人には他人事なのかもしれない。しかし、数年後には現在のライフスタイルが大きく様変わりしている可能性を、先の自然災害やパンデミックが示唆している。未来のニューノーマルなライフスタイルとして、「地方移住」でも「二拠点生活」でもない、「ダブルローカル」とは、どんな暮らし方なのだろうか。

東京・清澄白河の「gift_lab」で、空間デザインユニット「gift_」として活動する、後藤寿和さんと池田史子さん。おふたりは、2011年の東日本大震災をきっかけに、東京と新潟を行き来する生活をスタートした。

二拠点といっても、地方に癒しを求めにいくわけでもなければ、流行りのワーケーションでもない。東京で働くのと同じだけの熱量で、新潟でも生業を持つ「タブルローカル」というスタイルだ。

これまでには体験したことのなかったパンデミックや自然災害を経験して、生き方や働き方は様変わりしようとしている。ひとつの場所に住み、ひとつの仕事をしながら暮らす”当たり前“が、ひとつ以上の居場所を持ち、ひとつ以上の仕事をすることがニューノーマルになってくるのではないか。おふたりの事例をもとに、これからの時代を生き抜くヒントを得たい。

ふたつのローカルで生業をつくる「ダブルローカル」

—2011年の東日本大震災をきっかけに二拠点での生活がはじまったとお聞きしましたが、具体的にはどのようなはじまりだったのですか?

池田:東日本大震災で、東京は東北ほどの甚大な被害ではなかったのかもしれないのですが、それでもこれまで経験したことのなかったパニックが確かにあって、「日常」がいつ損なわれるかわからないという恐怖とともに、このまま都市だけに、ひとつの場所だけに、しがみついていてはいけないと感じはじめたんです。近年の気候変動やこのパンデミックを経験したことで、その思いはさらに強くなっているかもしれないですね。

後藤:それまでは自分たちも、都市圏にいて働くということがより良い選択肢だと当たり前に考えていたんですけどね。

池田:東日本大震災を機に、地方に移住したり、複数の拠点を持って生活する人が明らかに増えましたよね。私たちもちょうどその時期に、「大地の芸術祭(※)」を開催している新潟・越後妻有(えちごつまり)に好きに使っていい空き家があると知人から聞いたんです。

これまで空間デザイナーとして培ってきた知識や経験が役に立つかもとアドバイザーとして行ってみたところ、いろんな縁が重なって、いつの間にか当事者になって、東京と新潟の二拠点での生活がスタートしたんです。

後藤:約3ヶ月、東京と新潟を行ったりきたりする間に感じたのが、自分たちらしく寝たり食べたりする場所が必要だということ。だから、その空き家を、自分たちのような人にも利用してもらえるように、カフェ&ドミトリー「山ノ家」としてオープンしました。それが2012年8月のことです。 

※ 「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。過疎高齢化の進む日本有数の豪雪地、新潟県・越後妻有を舞台に、2000年から3年に一度開催されている世界最大級の国際芸術祭。

—おふたりはこの二拠点での暮らしを「ダブルローカル」と呼んでらっしゃいます。いわゆる二拠点生活とはどう違うのでしょうか。

後藤:動機の持ちかたの関係性が違うと思います。いわゆる二拠点生活というのは、都心での生活と対照的に、ローカルに自然を求めたり、リフレッシュしたり、いわば「オフ」の状態をつくりにいくスタイルだと思っています。

でも、僕たちは東京ではもちろん「オン」でいるし、越後妻有でも「オン」でいる。都市での生活で精神的に疲れ、それを癒しに来ているといった動機ではないんです。そこでカフェと宿を営んで、ローカルの人や訪れる人と時間や場所をシェアしている感覚というか。 

池田:越後妻有でも、東京での仕事と同じ重さの生業を、もうひとつの場所ではじめたという、純粋にそれだけのこと。なので、大きな違いは何かというと、「生業をつくった」というのが、いわゆる二拠点生活とは違うことなのでしょうね。

これまでの常識は簡単に壊せるものだった

—近年のコロナ禍でも、ライフスタイルを大きく変える人は増えましたが、働き方も同様に、大きく変わりましたよね。

池田:9時から5時までという“ナイン to ファイブ”の働き方が進められてきたのは、せいぜいこの100年くらいなんじゃないんでしょうか? コロナによって、リモートワークが推奨されて、毎日同じ時間に同じ電車に乗って、同じ席に座って働くというやり方がガラガラと音を立てて崩れましたよね。

後藤:これまでは「オン・オフを切り分ける」という生活がスタンダードだったのが、「オン」の状態にいながら「オフ」の瞬間をつくったり、「オフ」をとっているときでも「オン」の状態に入れたり、切り替えかたも変わってきたのかもしれません。

休みのときにもメールを確認してしまうし、業務時間中に週末の計画を立ててみたり。あるいは、部屋着でオンラインミーティングに出るとか、リビングでプレゼン資料をつくるとか。いろんな自分を状況に応じてオン・オフを切り替えていく暮らしかたや働き方が、当たり前になってきていると思います。

池田:働き方においても、これからは、ひとつの会社だけに属するということも難しくなってくるかもしれません。震災やコロナ、それ以外にもさまざまな局面にリスクが散りばめられていることに気がつくと、セーフティネットのある生き方って、ひとつ以上の仕事を常に意識することなのかもしれないなって思いました。

後藤:副業を良しとする企業も増えてきていますし、こういった流れは活性化されて欲しいですよね。コロナによって、ある種の固定概念が崩れて「今までの常識って壊せるものだったんだね」と気がついた人たちが動き出した。

そういう人たちがオンとオフの自由な組み立てをしはじめたから、今度はその流れに企業が個人に対して、どこまで柔軟に対応していけるのかという時代なんだと思います。

もうひとつのローカルで得たもの

—「gift_」でいるおふたりと、「山ノ家」でカフェ&ドミトリーを営むおふたり。オンとオフが切り替わる瞬間って、どんなタイミングなんでしょうか。

池田:ふたりとも空間デザイナーという仕事柄、場づくりはしてきましたが、飲食業や宿泊業に従事したことがなかったので自分でも驚いています。でも、これまで縁のなかった仕事だったからこそ、良かったと思うんです。

後藤:カフェをはじめたことは大きかったですね。それまでは、寝食を忘れてデザインに没頭していて、良くも悪くも切り替えなく働いていましたが、カフェをはじめたことで時間の使いかたが変わったなって思います。

どんなに集中していようが煮詰まっていようが、昼の12時にはランチタイムだから、準備をしなければいけない(笑)。これまでは、いつまでもデザインを考えられるということに甘んじていたんだな、という気付きも得ました。

池田:うん、隣で見ていてもそう感じます。常に「オン」だったのが、「オフ」の状態ともっとシームレスになった感じ。私自身も、カフェ業をやっているわたくしと、集中してプレゼンテーションを作っているわたくしが客観視できるようになりましたね。

たとえば東京で仕事に追われてぐったりしているときに、ふと私は「これだけじゃなかった」と思える。「もうひとりの私」が実在しているという不思議な安堵感。その逆もしかり。もうひとつの生業が一方とは距離感のある仕事だったことは、より大きなメリットを生めていると思います。

後藤:オン・オフの切り替えは、上手になりますよね。その時間でしかできないことをちゃんとやろうと考えられるようになりました。

複層的な“わたくし”が、豊かで自由な生き方をつくる

—2025年、そしてそれ以降、どのような生き方・働き方がニューノーマルになってくるのでしょうか。

後藤:僕たちの「ダブルローカル」は、外的な要因や状況に応じてライフスタイルが変わっていったということが象徴的な気がしています。 

「自分たちで選択はしていない」といったら極端ですが、越後妻有での出来事に、YESもNOも言っていないんですよ。いい具合に流されながら、選択をしているような感じで。それって自分たちが計画を立ててこうしようとつくっているのとは、また違う物事の進み方ですよね。もしかしたら、こういうスタンスの取り方をすることが、これからの時代は必要なんじゃないのかなって思うんです。

池田:複数の “わたくし” を持つことで、フレキシブルに動ける。YESかNOじゃなくて、そのときどきで判断できるようになるというか。ひとつのことだけにしがみついていると、それが失われたときに行き場がなくなってしまうから。

後藤:だから、「なんでそうなってしまったの?」と原因を探るよりも、起きてしまったことにどう対処するかということに重きを置いて行動するといいと思います。

池田:そうですね。たとえば予期せぬ大きな災害に遭ってしまったときに、なんでこうなったんだという原因のところはプロに任せて、自分たちは明日からどうするかを考えていくことが大切ですよね。これからは、「withパンデミック」「with気候変動」で生きていかなければいけない時代なんだと思います。 

—どんなことが起きたとしても、いかようにも対応できる自分でいるということが、これからの時代には大切だということですね。

池田:勤務している会社に出社している“わたくし”、空いた時間で一生懸命農作業する“わたくし”、そしてさらに空いた時間で音楽活動している“わたくし”がいたとして。物理的な自分は一人だったとしても、自分のレイヤーをいくつも重ねていく生き方をしていると、複合的で豊かなわたくしになれると思うんです。 

それが結果、いい仕事ができる“わたくし”をつくるんだと思うんですよ。いくつものわたしを持っていることで、安定した生活であったり、豊かなわたくしの表現であったり、やってみたかったことであったり、誰かのために尽くしたりとか、豊かな気持ちを持てるのかなって。純粋に、より自由で豊かになるんだろうと思います。

後藤:ひとつ以上の“わたくし”を持つということは、それと同じことが、自分のなかで起こっているようなイメージなのかな。ひとつ以上の生業を持つことで、自身の経験や思考の棚卸しができるようになるんですよね。

池田:「ダブルローカル」って、決して地方×都市だけじゃなくて、地方×地方でも、都市×都市でもいいと思います。そこにもうひとりの“わたくし” を作って、自分を見つめ直してみたりしてほしい。そして、今後、それを応援してくれる働き方が広まっていくと嬉しいなと思います。

撮影:山田英博 執筆:山下あい

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