家電とクルマ。以前はまったく関係なかったこの2つが、環境やAI、IoTといったテクノロジーの進化により融合し、社会を大きく変化させようとしている。ここではEVの性能進化、自動運転、ガソリン車の販売停止、MaaSといった、さまざまなトレンドや課題、さらには加速するクルマの家電化などについて、くらしのラボを主宰する“家電王”中村剛さんと、自動車・環境ジャーナリストの川端由美さんが、ポルシェのフル電動スポーツカーに乗りながら語り合った。
Taycan Turbo S(タイカン ターボ S)
車両本体価格(消費税込)24,680,000 円
全長×全幅×全高=4965×1965×1380mm
ホイールベース:2900mm
車重:2295kg
駆動方式:4WD
動力:永久磁石同期式電動モーター
システム最高出力:560kW
システム最大トルク:1050N・m
巡航距離:400km/満充電
最新EVは走るスマートフォン
中村さん さすがポルシェのEV、加速がすごいですね。
川端さん 0-100km/h加速は2.8秒、最高速度260km/hとスーパーカー並みの性能です。EVに乗るのは初めてですか?
中村さん いえいえ、電力会社は電気自動車が登場した初期からテストされる場所でした。それこそ30年前の話ですが、私が赴任した地方の営業所にもEVがありました。しかし途中でバッテリーが切れるのを嫌がって、誰も乗りたがらないんですよ。
川端さん まだ走行可能距離が10kmぐらいと短い時代ですよね。
中村さん アクセル踏んでもちっとも加速が感じられないし、ちょっとした坂でもスピードが出ない。携帯電話もショルダータイプの時代で、山の中で止まったら迎えに来てもらえません。その後は、徐々に良くなってきて、「i-MiEV(アイミーブ)」が出た2010年代に入ると、結構使うようになりました。
川端さん リチウムイオン電池を採用することで、走行距離も100km前後に伸びました。少し寒くないですか。ヘイ、ポルシェ! エアコンの温度を上げて。
中村さん このクルマ、音声コマンド操作に対応しているんですね。
川端さん LTEのモジュールを内蔵し、クラウドに接続されています。ナビやオーディオの操作も声でできますよ。
中村さん 運転中は手がふさがっているので、ボイスコマンドは便利ですね。家電もそうですが、多機能化するほどメニューの階層が深くなり、タッチ操作では自分の目的にたどり着くまで時間がかかってしまいます。直接的に目的の操作ができることもボイス操作のメリットです。
川端さん 目線をそらさずに操作できるので、当然安全運転にもつながります。
中村さん メーター類がすべて液晶化されているのも未来的ですね。助手席側にも液晶ディスプレイがあり、こちらでもタッチ操作できます。まるでスマートフォンのようです。
川端さん まさに、Smartphone on Wheels(スマートフォン・オン・ホイールズ)という言葉があるように、EVは情報通信機器の機能を備えつつあります。これからはクルマもコネクテッドが当たり前の時代になるでしょう。
ダッシュボード左右に液晶ディスプレイが備わり、スマートフォンやタブレットのようなタッチ操作が可能。
中村さん 家電もインターネットにつながることが当たり前の世の中になってきています。IoTが進むと、IoTという言葉自体が、もはや死語になっていくでしょうね。
川端さん かつては、クルマの「家電化」は悪口だったんです。イギリスではトースターが白物家電の代表とされていて、コモディティ化したクルマを「トースターカー」と読んでバカにしていた時代がありました。でも、現在は家電も進化したので、クルマの「家電化」は、今ではむしろポジティブなイメージとして捉えられるのではないでしょうか。こうしてクルマと家電が近づいてきたのは、スマホの普及が影響していると思います。クルマの運転中にスマホが使えないこと自体が、不便に感じるようになりました。
中村さん それはあるでしょうね。EVは単に内燃機関から動力が変化しただけではなく、スマホの機能を含めて電気で動くものとの相性が良いですし。
川端さん プリウスが喜ばれたのは、直接ハイブリッドとは関係がない自動駐車機能でした。もちろん環境も大事ですが、便利な機能や未来感があってこそ広くユーザーに受け入れられる。
中村さん ところで、このクルマの走行可能距離は?
川端さん 最長で400kmです。
中村さん ガソリン車と遜色ないレベルになってきていますね。まだEVは充電が手間、時間がかかるというイメージが強いですが。
川端さん 北欧でEVが流行ってるのは、充電スポットがショッピングセンターなどに設置されていることもあります。寒い地域では、クルマのオイルが固まらないよう、200V電源でオイルを温める機械が普及していて、充電スポットに転用しやすいんですよ。日本の場合、クルマは96%以上停止していて、稼働率はわずか4%です。ちょいちょい足して使えるようになれば、実はまったく不便ではありません。
中村さん 確かに、以前に訪れたカナダでも街中にコンセントがありましたね。さらに非接触で電源を供給できるシステムが実用化されると便利ですね。
川端さん 非接触は電磁誘導で車体が重くなることがネックですが、課題はそこだけです。磁束密度を上げることで、車高の高いSUVでも充電できるになってきました。非接触充電では、充電時に真上にクルマを駐めなければならないのですが、これも自動駐車でカバーできます。
中村さん まるで、ロボット掃除機のルンバが充電器に帰るみたいなイメージですね。
クルマはさらなるプライベート空間に
中村さん スマホが私たちの生活を一変させたように、クルマがコネクテッド化することで、ドライブ中の過ごし方も変わりそうです。
川端さん クルマはプライベートな空間、今はコロナ禍でマスクが外せる空間も限られますし、クルマならではのサービスがそのうち出てくると思いますよ。たとえば、オンラインでの診察やお悩み相談、ひとりでも恥ずかしくないカラオケ教室など。出会い系のサービスもクルマの中だったら、文字チャットではなく直接話ができるでしょう。
中村さん 家族がいる場合は自宅よりもひとりになれる場所だったりしますからね。だからこそ、より快適に過ごしたい、パーソナルな空間にしたいという欲求が高まりそうです。
川端さん パーソナライズされたインターフェースの研究が進んでいます。たとえば、男性に比べると、女性はクルマのエアコン設定を触る頻度が多いので、自動でインターフェースの上位にエアコン設定が表示するようなアイデアがあります。
中村さん レンタカーやカーシェアリングでも、シートの位置などが自動で自分の設定になれば便利です。
川端さん そのうちスマホと連携して、自動的にパーソナルな空間にカスタマイズしてくれるようになるでしょうね。
完全自動運転で価値観も変わる
中村さん 完全自動運転の実用化はいつ頃になりそうですか?
川端さん 高速道路であれば、すでに視野に入っています。中国では2023年に開始するとアナウンスされています。ドライバーが何もしなくても、寝ていても目的地に着くような、レベル5の完全自動運転は、早くて2030年代でしょう。すでにドイツではレベル5の法律が整備されています。
中村さん 長距離トラックなど、産業用途から実用化されていくでしょうね。
川端さん トラックは3台連ねて自動走行する実証実験がなされています。その方が燃費もよくなり、運転手は先頭車両だけにいて、本当の危険を察知するだけでいいんです。自動運転によって、環境負荷の軽減はもちろん、運転手の人手不足解消や労働環境の改善にもつながります。
中村さん 完全自動運転なら、移動しながら車内で仕事もできます。新幹線は速いですけど、駅まで行かなければいけません。家の前から乗れて、そのまま現地に着くのであれば、時間がかかったとしてもクルマの方が快適で効率もいいとなりそうです。
川端さん 自分で運転しなくていいなら、移動時間がゆっくりでも良くなりますよ。掃除機にたとえるなら、自分でやるなら吸引力の強い掃除機を使いたいですが、ロボット掃除機に任せるなら、時間がかかっても結果はきれいになるしいいじゃないですか。
中村さん 必ずしもスピードが重要ではなくなりますね。自動運転でクルマに対する価値観も大きく変わりそうです。思い出したのは、SF作家の星新一が書いた話です。お金持ちが自動運転のクルマを買うんですが、唯一の欠点はスピードが出ないことでした。しかし、セールスマンは、「なぜスピードが必要なんですか? 忙しい人たちにとっては、できるだけゆっくり行くことが望みですよね」と言う。まさしくその世界になりますね。
川端さん 小説家やアーティストなどとエンジニアは、実は発想が似ているので、思い描く未来も近いですね。自動運転になれば、インテリアの制限もなくなり、車内はより快適な空間になるでしょう。極端な話、運転席すら必要なくなりますから、座席のレイアウトももっと自由になります。それこそリビングのように、真にリラックスできる空間になっていくでしょう。
前方を走るクルマとの車間やレーンのキープなど、部分的な自動運転を実現している。
あと20年以内にガソリン車はなくなる
中村さん ガソリンなどエンジン車がEVや水素自動車に置き換わるのはいつごろでしょうか? 地球温暖化の原因、二酸化炭素の排出量を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」は、2050年までの達成が世界的な流れとなっています。
川端さん クルマには10年ほどの寿命がありますから、遅くとも2040年には無くさないとカーボンニュートラルにはなりません。多くの先進国では、2030年もしくは2035年を目標とするでしょう。メルセデスやボルボのように2030年までにEVしか作らないと公言しているメーカーもあるぐらいですし。自ら足かせをかけることで、付加価値を高めるという意味合いもあります。日本メーカーも8割は海外で販売しているので、そこに合わせて変わらざるを得ません。
中村さん その頃には税制も含めて、EVのほうが経済的になるでしょうしね。
川端さん ノルウェーでは、新車販売台数の80%以上がEVを占めていますが(※資料によっては数値異なる)、これはガソリン車に懲罰的に高い税金が課せられていることが理由です。
中村さん 政策や社会的な規制もあって、脱石油は今後確実に加速するでしょう。さらに、EVや水素自動車の普及は、自然エネルギーなどの比率を高めることでカーボンニュートラルが実現される。
川端さん 個人が無理な努力せずともカーボンニュートラルになる。
中村さん 頑張る人たちだけでは絶対的な力にはな離ません。 社会全体で少しずつ減らした方が効果的ですし。さらには高齢化が進むことも、EVや自動運転が普及することはプラスです。
川端さん 今地方ではガソリンスタンドが、どんどん潰れています。20km先に行かないと給油できない地域も出てきており、そういう場所に住む人にとって、自宅で充電できるEVのメリットは大きいです。
中村さん 実は家庭の暖房も同じで、灯油が近くで買いにくくなったことで電化率が上がってきています。
川端さん クルマのあり方、電気の使われ方がコミュニティにも大きな変化を与えていますね。今このクルマに乗っていても、かなり快適な空間になっていることがわかりますが、一方で家電も、かつて家の中を快適にするだけのものから、この先移動中、移動先を便利にするものに進化していきますよね。このクルマと同じように。
中村さん ええ、その境目はなくなると思います。クルマは今はまだ移動手段ですが、移動にはごはんを食べるとか、駐車した先に電車に乗るとかの目的があります。パーソナルデータと紐づいてより使いやすく、コンシェルジュ的なものになっていくはずです。さらには、公共交通機関を含めた複数の移動サービスを組み合わせて、予約や決済を一括で行うサービス「MaaS(マース:Mobility as a Service)」が実現するはずです。AIや5Gなど、クルマは様々な技術の試金石であり、それだけに今後もよりスマートなサービスやくらしの姿を先取りしていくでしょうね。
家電王
中村剛さん
2002年に『TVチャンピオン』のスーパー家電通選手権で優勝し、銀座にて体験型ショールーム「くらしのラボ」の開設と運営にあたった。現在は"家電王"として動画マガジン『くらしのラボ』をFacebookとYouTubeで毎週配信している他、雑誌や新聞などの様々なメディアで暮らしに役立つ情報発信をししている。無類のネコ好き。
自動車・環境ジャーナリスト
川端由美さん
住友電気工業でデザイン・エンジニアとして研究・開発に携わった後、自動車雑誌『NAVI』や『カーグラフィック』の編集に携わる。現在は、戦略イノベーション・スペシャリストとジャーナリストとのパラレル・キャリアを歩む。ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー/グリーンカー・エキスパート、インターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤー選考員。近著に「日本車は生き残れるか」 (講談社現代新書)がある。
Text 小口覺 photo 下城英悟(GREENHOUSE)