2021年10月22日(金)〜31日(日)に開催されるデザインとアートのフェスティバル「DESIGNART TOKYO 2021」。表参道・外苑前、原宿・明治神宮前、渋谷・恵比寿、代官山、六本木、銀座の全6エリアに会場が設けられて、まさに“東京の街全体がミュージアムになる10日間”となる。同フェスを主催する株式会社デザイナートはこうしたイベント事業を行なう一方で、デザインとアートの力を最大化すべく日々活動している。代表の青木昭夫さんに、組織としてのデザイナート、「1% for Art」、そして「パブリックアート」について話を伺った。
デザイナートが掲げる3つのビジョン
DESIGNART代表、青木昭夫さん。MIRU DESIGNの代表も兼ねる。
「DESIGNART TOKYO」を主催する「デザイナート」は、デザインからアートまで独創性の高いクリエイターが集結するイベント、世界のクリエイターが手がけるパブリックアート事業、地域と連携した観光文化イベントのプロデュース事業など、デザインとアートの分野で幅広い領域で事業を行なっている。同社代表の青木さんは、2017年の創業から変わらない3つのビジョンを掲げている。ひとつは「クリエイティブ産業の活性化」、ふたつめは「業種、人種を横断した出会いの創出」、そして「若手デザイナーやアーティストの後押し」である。
「3つのビジョンは、公益性のある団体でありたいという思いが軸になっています。東京のアートやデザインのイベントが少ないなかで、我々が舞台装置をしっかり作っていくことで10年後、20年後のスターを生み出していけるような状況を作っていきたいと考えています。
様々な作品が東京という街の中で同時多発的に見られるというのは、出会いを創出したり、産業を活性化させるのに非常に重要な要素です。1年に1回、『DESIGNART TOKYO』を開催することで、プラットフォーマーとしての役割を果たしていく。様々なクリエイティブを触発して、多くの人に新しい気づきを作っていけるような団体でありたいです」
青木さんは、2017年にデザイナートを立ち上げる以前にも、「DESIGNTIDE TOKYO」などのアートイベントをディレクションしてきた。クリエイティブの発表の場や、作品が多くの人の目に触れることで業界が活性化して、新しいデザイナーやクリエイターの育成にも繋がることを実感してきたという。
「アートやデザインに対する環境整備が手薄だった時代は、やはり若手があまり出てこなかった。誰かが覚悟を持ってプラットフォーマーになることで、デザイナーやアーティストが実力を発揮しやすい環境作りをしていくことが重要です。デザイナートを始動する前からオーガナイザーとしての活動を長年続けてきたこともあり、その時代からご協力いただいている多くの皆さんに対する感謝や勝手ながら責任感を感じていますし、自分たちがしっかりやらないと次世代にちゃんと引き継げないな、という思いがあります」
「1% for Art」が日本の経済を救う
DESIGNART TOKYO 2019 『1% for Art EXHIBITION』 @ Nacasa & Partners
青木さんはデザインとアートの業界を盛り上げるべく、さまざまな活動をする中で、「1% for Art」のプロジェクトにも関わるようになった。「1% for Art」とは、公共建築の建設費の1%を建築物に関連・付随する芸術・アートのために支出しようという取り組み。1930年代、アメリカ政府が大恐慌に対して打ち出したニューディール政策のひとつで、現在の1% for Artの元となっている。
アメリカで『1% for Art』が制度化されたことが、ニューヨークを中心にパブリックアートが増えていくきっかけになった。それにより、作品を目当てに観光客が増えたり、芸術家やモノ作りのメーカーにお金が入るようになっていく。アート活動に対して金銭的に救済するだけではなく、アートによって国全体にお金が回るようになるというわけだ。
アメリカやヨーロッパをはじめ、アジアでも韓国と台湾で制度化されているが、まだ日本では実施されていない。しかし日本でも日本交通文化協会という団体が、20年以上前から「1% for Art」を制度化するべく活動している。そして青木さんは同団体へ、一緒に啓蒙活動をさせてもらえるよう許諾を取り、現在は協力関係を結んでいる。
DESIGNART TOKYO 2019 『1% for Art EXHIBITION』@ Nacasa & Partners
DESIGNART TOKYO 2019 『1% for Art EXHIBITION』@ Nacasa & Partners
「デザイナートでは、1% for Artの実現に向けてDESIGNART TOKYO 2019のメイン会場で『1% for Art EXHIBITION』という企画を立ち上げました。実際にパブリックアートを作るスキルのあるデザイナーやアーティストにご参画いただき、作品を展示しました。来場者の方に、1% for Artを知ってもらうきっかけを作りたい、ご賛同いただけたら署名活動に参加していただきたいという想いで活動を続けています」
DESIGNART TOKYOでの展示企画のほかにも、現代アートギャラリー「SCAI THE BATHHOUSE」代表取締役の白石正美さん、京都芸術大学教授を務め、彫刻家として活動する名和晃平さん、スープストックを運営するスマイルズ代表取締役であり、アートコレクターとしても知られる遠山正道さんなどに応援メッセージをいただきながら、啓蒙活動を行なっている。
またパブリックアートが盛んな中国・上海で、パブリックアート企画制作組織として設立された「Urban Art Project」を招いてトークイベントを開催するなど、日本での「1% for Art」の普及に向けて精力的に活動を続けている。
パブリックアートが育むアートリテラシー
@ Nacasa & Partners
@ Nacasa & Partners
「1% for Art」を推進することは、アーティストを支援するだけではなく、経済の循環にも繋がっていく。そしてデザイナートが同活動を啓蒙をする理由は、“クリエイティブ産業を活性化する”というビジョンにも大きく関わってくる。
「1% for Artを実現することは、我々の大義を実現させるための1番の原動力になると考えています。仮にパブリックアートが全国に設置されていったとすると、『これ、なんだろう』『こういうところが面白いね』『誰が作ったんだろう』というように注目されるようになる。子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、アートリテラシーが高まっていくはずです。
アートリテラシーが高まると、アート作品を買うのが普通になってくる。そうすると普段使っている家具や食器も、より良質なものを買うようになり、きちんと産業まで繋がっていく。1% for Artは、その取っ掛かりになるんじゃないかと思います」
街中にパブリックアートが増えれば、僕たちの生活は豊かになる。それは経済的な意味に限らず、精神的にも豊かにしてくれるはずだ。パブリックアートは街の景色に同化しているものが多い。例えば、渋谷駅前の「忠犬ハチ公像」や新宿駅の地下にある「新宿の目」、六本木ヒルズの入り口に設置された「巨大クモ・ママン」などが有名だろう。
こうしたパブリックアートは待ち合わせ場所やフォトスポットとして機能することが多いが、それによって街を象徴する存在になっていると言える。もちろん日常生活に限らず、旅行先の思い出としてパブリックアートが記憶に残っていることも多い。どの街も開発が進んで生活しやすくなっているが、同時に街が均一化されていることも否定できない。そうした中でパブリックアートは街に彩りをもたらす存在になっていくはずだ。
デザイナートが手掛けたパブリックアート
デザイナートが「DESIGNART TOKYO」以外の事業を行なっていることは前述のとおりだが、同社の協力により実現したパブリックアートを紹介しよう。
「渋谷の方位磁針 | ハチの宇宙」Keiko Chiba @ Nacasa & Partners
2020年8月に開業した「MIYASHITA PARK」の屋上、渋谷区立宮下公園に設置されている「渋谷の方位時針|ハチの宇宙」。愛知万博や瀬戸内国際芸術祭などにも作品を展示した現代アート作家の鈴木康広によって制作された。渋谷区観光協会、渋谷未来デザインと協業し、デザイナートがプロデュースを担当した。
「渋谷区観光協会、三井不動産の協力のもと完成したパブリック・アートです。宮下公園にアートの要素を取り入れたいという話から始まり、渋谷の新しいアイコンを作ろうとなりまして。渋谷駅前にはハチ公がありますが、今後何十年にもわたり新しい価値観で愛されるパブリックアートを作ろうという方向になりました。
ファンも多く、歴史あるハチ公をリモデルし、新しい渋谷のアイコンをというオファーだったので、アーティストも当初非常に悩んでいました。土台を方位時針にしているのは宮下公園の形が方位磁針の針の形に似ていることから鈴木さんが着想したものです。ベンチにすることで渋谷区の方位を身体で感じられるとともに、渋谷の街が進んでいく羅針盤のような存在になれればという思いが込められています。そのベンチの中心に佇むハチ公は今や世界中の人に語り継がれる宇宙のような存在。星になった上野教授を見上げています。動物と人が築いた強い絆、この作品もまた新しいコミュニケーションを生み出す場になることを願っています」
ジュリアン・オピー「Night City」2021 ©SHIBUYA FASHION WEEK
2021年3月に開催された「渋谷ファッションウイーク 2021 春」のために制作された「Night City」2021。ピクトグラムやアニメの表現を連想させるシンプルな描画と色彩表現によって簡略化された作品で知られる現代美術家・ジュリアン・オピーによる作品。「Night City」2021をはじめ、渋谷の商業施設や路面店でアーティストの展示を展開する分散回遊型イベント「FASHIONART」のプロデュースをデザイナートが担当した。
「再開発が目覚ましい渋谷で『なんでこんなところに四角い物体があるんだ』という驚きが大きかったと思います。渋谷駅の地下鉄の入口にパブリックアートを展示して、実はそれがエレベーター乗り場だったという作品です。大勢の人が行き交う場所なので、作風がマッチするジュリアン・オピーさんにお声がけさせていただきました。
普段はカラフルな背景色をベースにされていますが、初めての黒ベースの作品となっています。これはジュリアン・オピーが、パンデミックの状況をダークタイムと呼んでいることに由来します。しかし、影を落とす時代であっても人々の生命エネルギーは輝いていたという意味を込めて、人はネオンカラーになっているんです。この時期だからこその、みんなの不安を明るく灯すような作品で大きな反響をいただきました」
デザインとアートとの付き合い方
@ Nacasa & Partners
@ Nacasa & Partners
パブリックアートに限らず、デザインやアートは好きだけど、詳しいわけではないから少し怖い。ましてや自分が作品を買うなんて想像もつかない。そう感じて敬遠している人もいるだろう。しかし僕らが思っているより、デザインやアートの世界の敷居を低く考えていいのかもしれない。
「洋服でも家具でも雑貨でも、直感的になんとなくいいなと思うものがありますよね。そのときに、ただ単に見て“良い”と思うものと、所有するほど“良い”という感覚には大きな開きがあるんです。やはり、買うという行為を通して自分が憧れた作品を日々、目にできることは、癒やしにもなり、活力やモチベーションにもつながるはずです」
たしかに、コロナ禍のステイホーム期間を経て、自分がいいと思う食器を購入して使うことで気分が上がったり、アクセサリー感覚で小さな絵を飾ることで部屋の雰囲気が明るくなるのを実感した。アートだからといって身構える必要はなく、もっと自分の感覚を信じて作品と接していいはずだ。
長年デザインとアートの世界に身を置き、活躍されてきた青木さん。現在の「DESIGNART TOKYO」に至るまで、多くの成功と苦労を経験をしてきた。そんな青木さんから、Beyond magazineの読者ーー僕たち20代、30代に向けてメッセージをもらった。
「1番重要なのは、いろんなところで行動することです。いまは行動を抑制されている状況ですが、解放されたら、ぜひ動き回ってほしい。インターネットがあるので、どうしても表面的な情報だけで満足しがちですが、体験に勝るものはないと思うのです。
例えば、世界中のパブリックアートを見に行くのもいいですし、アートやデザイン、カルチャーを体験しに行くことで、自分自身を成長させる糧になると思います。行動に移す人は新しいアイデアを次々に生み出しますし、それによってビジネスの強度も強くなっていく場合も多いです。動き回るからこそ得られる知見が、その人をより豊かにしてくれる。だから、とにかく旅をしよう、と。
また、実際の旅に比べたら小さな範囲かも知れませんが、『DESIGNART TOKYO 2021』でクリエイティブの旅を楽しんでいただきたいです。街歩きをしながら、街の情景も楽しみながら、作品を見て、様々なデザインやアートを楽しむ。そういう意味では、ニューヨークやロンドンの街で美術館めぐりをするのと一緒で、見て巡る楽しみを体験していただきたいです」
DESIGNART TOKYO 2021
開催期間:2021年10月22日(金)〜31日(日)
開催エリア:表参道・外苑前 / 原宿・明治神宮前 / 渋谷・恵比寿 / 代官山 / 六本木 / 銀座
撮影/下城英悟(プロフィール撮影)
写真提供/DESIGNART