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ビザールウォッチがおもしろすぎる!

悲しみを乗り越えるためのシンボリックなCLOCK

author: 篠田 哲生date: 2021/09/24

腕時計とは「時刻を知り、また時間を計るのに使う、腕にのせる器機」である。ところが現代の高級時計の世界には、最高峰の時計技術を駆使しているにも関わらず、針も読めなければ、現在時刻もわからないという“ 奇妙な時計”が生まれている。それこそが「変態的腕時計=ビザールウォッチ」。高級時計を知りすぎた人がたどり着く末路へようこそ!

神に祈りを捧げるため生まれた“CLOCK“”

ANTON SUHANOV
アントン・スハノフ
ロータス

「ロータス」/手巻き、SSケース、高さ290×直径180㎜。パーツ総数526個、重量約4.5㎏。世界限定7台。
9,240,000円(税込予価)

高級時計が売れているという。時計店に聞いても、高級モデルから売れていくそうで、有名ユーチューバーが超高額時計を購入したという話題も頻繁に上がってくる。ちょっと前まではファッションアクセサリーとして楽しまれていたが、今や高級時計は“投資の対象”となってしまった感がある。作り手の想いとは裏腹に、かなり俗っぽいモノになってしまっているのだ。

しかしそもそも機械式時計というのは、“神に祈りをささげるため”に作られた崇高なモノであり、チャラついたものではなかった。

機械式時計が誕生したのは13世紀末のヨーロッパ。それまでは日時計や水時計などを使っており、時間はあくまでも目安に過ぎなかった。市民は日の出と共に農作業などを行い、日没と共に一日の作業を終えていたので、時計は必要ないし、たいしてやることのない王侯貴族も同じだ。

しかし修道僧にとっては問題だった。毎日決まった時間に神に祈りをささげることは、神への忠誠心を証明することでもあるため、正確な時間を知るための機械が必要だったのだ。何せ日時計は夜や曇天では使えないし、水時計は水汲みの管理が面倒だ。世界初の機械式時計を発明したのは誰なのかは不明だが、記録の残っているのは14世紀初頭のセント・オールバンズ大聖堂(イギリス)で、大修道院長が製作したとのこと。

当時の修道院には鍛冶施設もあって、そこで製作されたのだろう。ちなみに時計は英語でCLOCKと書くが、その語源はラテン語のCLOCCA(鐘)であり、これは教会の鐘のこと。今でもヨーロッパの街の中心には教会があり、正時になると時計塔の鐘が美しい音を響かせる。時計と教会、祈りは切り離せない関係にあるのだ。

もちろん現在の多くの時計は宗教的なモノとは無関係だが、目に見えない”時”という概念を、小さなパーツで表現するという行為は、どこか神がかっているとも言えるだろう。

蓮をイメージした超絶技巧の置き時計

そんな時計と神との関係性を現代に蘇らせた時計がある。この置時計「ロータス」は、アジアにおいては宗教的な意味が強く、西洋文化でもギリシャ神話に登場するなど、神聖な存在である蓮(ロータス)をテーマにしている。製作したのは、この企画でも以前取り上げた時計ブランド「コンスタンティン・チャイキン」にて活躍した時計師のアントン・スハノフ。時計文化の成熟度としてはスイスやフランスにはかなわないものの、注目の時計ブランドが徐々に育ちつつあるロシア出身の時計師である。

花弁の中に、調速脱進機が収まる。トゥールビヨンキャリッジが回転しつつ、縦にも回転し、さらにその機構全体が水平に回転するという複雑な動きをする

この「ロータス」は、造形美だけでなくメカニズムも驚異的だ。動力ゼンマイなどは、丸いベース部分に収められており、その天面が24時間で一周することで時刻表示となる。そしてスッと伸びた蓮の花が心臓部となっており、花の内側にあるガラスドームの中には3D回転する「トリプル・アクシス・トゥールビヨン」が収められ、正確に回転して時を刻む。

バランスホイールなどの形状も、同社の完全オリジナル。パーツサイズが大きなクロックだからこそ可能になった、複雑で美しいメカニズムだ

しかもパーツの形状も蓮の花をイメージしたデザインになっており、そのイマジネーションは止まるところを知らない。しかも金属製の花弁は、夜になると閉じ、朝になると開くという機構まで備わっているというから驚くしかない。まさに驚異的なクロックだ。

ベース部分が時刻表示になっている。ディスク針が分表示。大きな24時間表示も回転しており、都市ディスクと組み合わせて、世界中の時刻を表示する

しかもこの時計には、新型コロナウィルスや気候変動など、人類が直面している様々な問題に対して乗り越えていこうというテーマが隠れている。驚異的な生命力、泥沼で生まれながらも美しい花を咲かせる「蓮」は、純粋さと悟りの象徴だ。また再び世界に笑顔があふれる日がやってくるまで、このクロック「ロータス」は時を刻み続けるのだ。

夜になると徐々に花弁が閉じていく。ロマンティックな演出だ
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時計ジャーナリスト
篠田 哲生

1975年生まれ。講談社「ホットドッグ プレス」編集部を経て独立。時計専門誌、ファッション誌、ビジネス誌、新聞、ウェブなど、幅広い媒体で硬軟織り交ぜた時計記事を執筆。スイスやドイツでの時計工房などの取材経験も豊富。著書に『成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。』(幻冬舎)、『教養としての腕時計選び』(光文社新書)がある。
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