今年7月、アディダスから「ADIZERO PRIME X(アディゼロ プライム エックス)」というシューズが発売された。
ENERGYRODS(エナジーロッド)と呼ばれる5本骨状カーボンバーと、ENERGY BLADES(エナジーブレード)という名の3本のナイロンブレードを組み合わせることで、大きな推進力を生み出すことに成功したモデルだ。
もうひとつの大きな特徴がヒールの高さ。「プライム エックス」のヒール部分の高さは50mmある。アディダスのトップレーシングモデルである「ADIZERO ADIOS PRO 2.0(アディゼロ アディオス プロ 2.0)」のヒールの高さは39.5mmなので、それを大きく上回っているということになる。その分、クッション性も反発性も高い。
レースには履けない、規格外の新作
普段からレースに出ているランナーの方、陸上競技に詳しい方ならこの時点でお分かりだろう。「プライムエックス」がどんなに優れたシューズであったとしても、トップアスリートたちがレースで履くことはあり得ないのだ。
世界陸連が決めた、厚底40mmルール
2018年9月、ケニアのエリウド・キプチョゲ選手が、ナイキのカーボンファイバープレート入り厚底シューズを履いて、2時間1分39秒という驚異的なタイムで男子マラソンの世界記録を更新した。従来のトップ選手が履くモデルは薄底が基本だったためインパクトは大きく、その後も厚底シューズを履いたアスリートが好記録をマークしたこともあり、メーカー間の開発競争に拍車をかけることになった。
その競争に待ったをかけたのが世界陸連。2020年1月に、シューズに関する新しいレギュレーションが発表され、大きく以下の3つが新たなルールとなった。
1、競技で使用するシューズは大会の4か月前から市販されなければならない(その後ルールが改定され、12か月間の開発期間だけ試作品が履けるようになった。※五輪や世界選手権では使用不可。使用可能な試作シューズの一覧は世界陸連のホームページで公表される)。
2、ロード用のシューズのミッドソールの厚さは40mm以下。
3、シューズ内に組み込むプレートまたはブレードは原則1枚(複数のパーツを配置することも可能だが、1つの平面に連続して配置する必要があり、重なってはいけない)
2020年1月というと、東京五輪の延期が発表されるよりも前のこと。東京五輪に向けてニューモデルを準備していたメーカーもあったと思われるが、当然ながら、以降にリリースされたレーシングモデルはこのルールに則っている。当たり前だが、キビウォット・カンディエ選手が男子のハーフマラソン世界記録を更新した際に着用していた「アディオス プロ」や、東京五輪で金メダルを獲得したペレス・ジェプチルチル選手が履いていた「アディオス プロ2」も、世界陸連に承認されているモデルだ。しかし、「プライム エックス」は世界陸連の規定を度外視して作られている。
反発性に優れたLIGHTSTLIKE PRO(ライトストライク プロ)という素材を採用したミッドソールは3層構造。その一番上の層のさらに上、ヒール部分にはカーボンファイバープレートを搭載。一番上の層と真ん中の層に挟まれる位置に、5本骨状カーボンバーある。そして真ん中の層と一番下の層の間のつま先から中足部にかけて、3本のナイロンブレードが組み込まれている。
ヒールプレートと5本骨状カーボンバーの組み合わせは「アディオス プロ」と同様だが、さらに別の層に3本のブレードを搭載するというのは、おそらく世界陸連の規定には適合しないと思われる。
このソールユニットの構造は、フィット性や屈曲性を極力損なうことなく、より大きな反発推進力を生み出すため、さまざまな実験を重ねて導き出されたベストな仕様なのだという。
未知なるスピードを体感できるシューズ
実際に「プライム エックス」を履いてランニングをしてみると、とにかくその反発性の高さに驚かされる。筆者の走力と脚力ではコントロールが難しかったのだが、バンバンと跳ねて足を前へと出してくれる。長い距離となると、現状の脚力では足が持たなそうなのだが、短い距離であればベストタイムが出せそうな雰囲気があった。
とはいえ、世界陸連の規定には適合していないため、実際のレースで着用しても公認記録にはならない。どうして、アディダスはそんなシューズを作ったのだろうか。
その理由は、アディダスの最新技術、革新的な技術を結集することで規格外の速さを追求し、ランナーが速くなることに限界や制限はないということを示したかったからだという。
着用したランナーは未知のスピードを体験でき、その体験を自己ベストを出すという目標達成のために活かすことができる。スピードを出すために足りないものが何かを発見するきっかけになるかもしれない。
制限のない中でテクノロジーの限界を追求することは、おそらく開発現場にもメリットがある。開発に制限をかけないことで、新たな発見や気づきがあり、技術革新を推し進める可能性があるからだ。
ルールに捉われずに作られたコンセプトモデルだからこその、近未来を感じるスタイルも「プライム エックス」の魅力。未知と未来を体感できるシューズなのだ。