今でこそ、どのビジネスでもいかに特定の消費者に寄り添えるか、限定された消費者と同じ世界観を共有できるか、が課題となっていますが、フレグランス業界では以前からこの課題に取り組んでいるのではないか。ニッチフレグランスブランドが業界をリードできるようになった背景を紐解いてみましょう。
What is Niche Fragrance?
ニッチフレグランスの明確な定義があるわけではありませんが、その昔は小規模で歴史と伝統があり、量産されていない香水ブランドをメゾンと呼んでいました。ちなみにこの定義からすると、今となってはメゾンとは呼べない Guerlain は 1828 年にパリで誕生したメゾンフレグランスでした。現在では、歴史と伝統とは関係なく、小規模でスタートしたインディーやアーティサナルと呼ばれるブランドや化粧品メーカーやファッションデザイナーブランドによる大量生産香水の代替品として、新進気鋭のニュアンスの強いインディペンデントなブランド、芸術と創造性に重きを置くブランドを総称して指しています。
数あるニッチブランドの差別化として、下記の 5 つの点のどれかに該当しています。
- 天然エッセンスのみの使用や合成香料の活用など素材への強いこだわり
- シングルノート(香り)にフォーカス
- 都市、島々、国または存在しなくなった帝国など特定の場所の香り
- 独創的なコンセプト
- 個性あふれるボトルやパッケージデザイン
カテゴリー定義は、かつての香水業界のように、老舗ブランドのように自社内調香師を置いており、少量生産、独自の流通経路を開拓し、広告ではなく評判で認知向上を目指している。経営からディレクション、調香までクリエイターやパフューマーが担当しており、彼ら自身に焦点が当たっている印象が強いです。
ニッチフレグランスが育つ環境
少し古いデータで恐縮ですが、2018 年にローンチした世界中の香水の数は「1989*」。その中からニッチブランドといわれている数は、70-80% ではないかと言われています。さらに、とある米国団体からの情報だとそのうちの 30-50% がアメリカンブランドというデータからも、ニッチフレグランスの成長を牽引する市場はアメリカであることがわかります。
*諸説あり
以前、なぜアメリカがニッチフレグランスブランドが生まれやすい環境であるか調べたことがありました。
- クラフトマンシップへの敬意
- アメリカンスピリット
- コミュニティーの存在
- システム・リソースへのアクセス
- 伝統への回帰
今では、欧州のニッチブランドまでがアメリカへの参入を目指しているのですが、現在の環境に成長するまでに 20 年以上の歳月がかかっています。 フレグランスブティック「American Perfumer」の Dave Kern さんによると、クラシックスタイルに惚れた初期の人々が自分たちで作り出した 90 年代のクラフト。その「オーディエンス」が生徒となりフレグランス業界のしきたりに囚われず、芸術的観点から香水を捉えたアーティサンによる香水は、現在では世界でも誇れる地位にある、と言います。
大手化粧品メーカーによるニッチブランドの M&A
一般的にニッチブランドは、マーケティング戦略の観点から見ると「市場規模や利益率が小さすぎるため、大きな売上は期待できず、大手企業が手を伸ばさないジャンル」とも考えられます。ところが Estee Lauder による 1999 年の Jo Malone Londonから始まり、2014-2015 年は Le Labo、Frederic Malle、By Kilian、2015 年には Shiseido が Serge Lutens を、2016 年には L’Oreal が Atelier Cologne を、LVMH が MFK を、それぞれ買収または投資しました。
予測不可能で普遍的に変化するトレンドに大きく影響しているため、大手企業は、世界中の多様な消費者を魅了できる、刺激的でユニークな新しいフレグランスを自ら開発するのではなく、M&A という手法を通して注力しています。今は一旦落ち着いているものの、ニッチブランドが大手の買収を視野に入れてマーケティング活動を行なっている噂も耳にします。それだけフレグランス業界でのニッチブランドの影響力は業界でも強いのです。
日本でのニッチフレグランスステータス
2019 年の国内のフレグランス市場は 2018 年比 2.6% 増の 432 億円だったそうです。2022 年には 2019 年比 7.6% 増の 465 億円になる予測です。ちなみにグローバルでは 2020-2025 年の間にCAGR 6.2%で成長すると予想しています。
かつては常に横ばいと言われていた日本のフレグランス市場でしたが、ここ数年は高い成長が続いています。その理由は需要の取り込みに成功した商品の参入・投入であったと考えられます ー 2015 年以降の高価格帯のファッション・メゾンフレグランスの人気、2019 年には海外で人気のあるニッチブランドの店頭露出の増加、希少性の高い香料にこだわった商品やスティック型練り香水のような手軽に楽しめる商品の登場。
また、各メーカーによるエントリー需要獲得を目的としたプロモーションの展開、自分に適した香りや自分だけの香りを楽しむ動き、好みの香りをカスタマイズできる商品の台頭も新ユーザー獲得の要因です。オンラインを含む新たな販売チャネルの開拓も忘れてはいけません。
様々な理由が考えられる中で、この需要増加の後押しにはブランドの世界観やストーリーを前面に押し出したニッチブランドの存在が非常に大きいです。それらのフレグランスに触れる機会が増えることで、ユーザーの増加や市場の拡大が進んだとみられます。
「香水砂漠」日本にニッチブランドでメス
香水砂漠と言われてきた日本にも新宿伊勢丹や銀座三越でのニッチブランドのコーナーはありましたが、海外のようなニッチブランドに特化した本格的なブティックの存在は 2017 年 8 月にオープンした「NOSE SHOP」が初めてではないでしょうか。
今では国内 6 店舗を展開する NOSE SHOP を手がける BIOTOPE INC. の中森氏に以前お話を伺ったことがあります。
気軽に入れる店舗「香りの民主化」を目指す NOSE SHOP には 2 つの目的があると伺いました。一つ目は、もともと、デパートで香りを探す際、香水を選ぶ・買うという行為は消費者にとって怖いのではないかという仮説から始まっており、消費者が感じるとっつきにくさを払拭すること。そのため、気軽に立ち寄れるオープンな店舗設計やオンラインでのムエット(試香紙)提供などで購入のハードルを下げ、気になるものを自由に手に取れるスタンスで敷居を低くして、フレグランスと消費者の距離感を縮めてきたと言います。
NOSE SHOP のもう一つの目的は、新規獲得で横ばいのフレグランスマーケットを拡大することです。ここでの新規獲得は香水初心者のこと。
従来のカスタマージャーニーは、マスブランドからスタートし、その後デザイナーズブランドやコスメブランドへアップデート、そしてニッチブランドはマニアがたどり着く最終地点というものでした。しかし NOSE SHOP が、多くの消費者がニッチフレグランス自体に興味を持ってくれる仕組みを構築したことで、初めてのフレグランスがニッチブランドである新規層が増加したようです。
最後にマーケットトレンドと潜在的ニーズを上手に融合させた取り組みが、「香水ガチャ」。ランダムにサンプルサイズの香水が出てくるので運試し的に楽しめます。700 円なので、お財布にも痛くない。好きな系統の香りやブランドしか購入してこなかった客層にも「嗅がず嫌い」を解消し、新しい香りに出会えるコンテンツとして好評です。
消費者に新しい香りで自己表現をする楽しみを知ってもらえたら、ニッチブランドのラインナップも、彼ら、彼女らのフレグランスワードローブも増えることでしょう。
なお、NOSE SHOP では通常時でも EC 率は 35% ほどとのことですが、コロナ禍で店舗の臨時休業中は EC 売上が前年同月比 14 倍ほどに高まったそうです。そのうち、80% が18-34歳の客層で閉めています。ニッチフレグランスが売れ続けています。
また、週刊粧業他によると日本のニッチの後押しをしているのがミレニアル世代です。 NOSE SHOP でも 90% の客層がミレニアル世代、Z世代とのことです。ミレニアル市場におけるブランド意識の高まりと高級品への支出の増加は、ここ数年の市場成長を支えています。ミレニアル世代の若年層へのアプローチや携帯性へのニーズに応えた商品開発により、フレグランスの分野でも生活者動向にあったマーケティング戦略が功を奏したといえます。
今やニッチフレグランスは香りの Trendsetter
フレグランスの世界にも流行はあります。ここ 10 年くらいは、YUZU から OUD。次に来る香りのトレンドは「Incense Accord」(ブレンドお香)だと、かのエルメスの元専属調香師 Jean-Claude Ellena が数年前に言ったとか、言わなかったとか。OUD(沈香)もお香の主成分なので自然な流れといったらそうなのですが。
かつてはこの香りのトレンドの仕掛け人は大手ブランドでした。しかし、今ではニッチブランドが牽引することもしばしばです。ニッチであれ、メインストリームであれ、自分の好きな香りを身に纏い、心地よい香りの空間で過ごすことは心身のウェルビーイング(マインドフルネス)にもつながります。香りの選択肢が広がり、世界観を共感できる香りのブランドに容易に出会える時代になりました。
消費者はブランドロイヤルではなくなり、常に自分に合う新しいブランドを模索しています。世の中のトレンドはパーソナライズ。いかに消費者に寄り添うか。従来のリテールでは扱わないブランドの選択肢が増えるのは、いち消費者としても嬉しい限りです。
フレグランスを身につけないと言われていたアジア太平洋地域が、現在最も急成長しているフレグランス市場と捉えられています。それが日本でも見て取れます。しかし、日本国内で人気のあるニッチはおそらく欧米ブランドです。アジア・日本にもニッチフレグランスブランドはそこそこ存在します。アジア・日本発ニッチブランドにも“鼻”を向けてもらえる日が待ち遠しい今日この頃。