「夜更かしは身体に良くない」と言われるけれど、夜の時間ってなんだか特別感がある。今日はまだ眠れない。そんな夜、あなたはどう過ごす?
自宅でゆっくりするもよし、知らない街で遊んでみるもよし。ついついやってしまう夜更かしルーティーンがある人も多いのでは。上坂あゆ美さんが綴る、どうにもならない夜の過ごし方とは?

上坂あゆ美
歌人・文筆家。2022年2月に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)刊行。その他の著書に、『地球と書いて〈ほし〉って読むな』(文藝春秋)『友達じゃないかもしれない』(中央公論新社)など。Podcast番組 『私より先に丁寧に暮らすな』のパーソナリティを務める。
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Podcast:上坂あゆ美の「私より先に丁寧に暮らすな」
仕事はある。食べるものもある。風呂に入れるし寝床もある。
それでもどうにもならない夜は来る。プレッシャーを感じて、はやく何か価値のある存在にならないといけない気がして、でも競争するのにも疲れてしまって、虚無の塊みたいなパズルゲームばかりしてしまって、すり減った自分のなかにはもう何も残っていない気がして、自意識と孤独感だけが膨らんでいく、そんな夜。
そういう夜におすすめの過ごし方を紹介する。
まず、できるだけ大規模な家電量販店に行く。大型の家電量販店は夜21時とか22時まで営業しているから、会社員であれば多少の残業をしたとしても間に合う時間なのだ。どうにもならないときは、大抵仕事もどうにもならなくなっているのでとても助かる。
店舗についたら、まっすぐにホビーフロアを目指す。モノトーンが中心のスマホ売り場やテレビ売り場とは打って変わって、色とりどりのイラストや文字がぎゅうぎゅうに、フロアいっぱいに満ちている。この時点で深呼吸をし、己のなかに眠った童心を呼びさます。たくさんのカラフルな色が、においが、感情が、わたしの身体を満たしていくのがわかる。

アンパンマンは壁サー
ああきっと、ここで色鬼をやったら無双できる。「ライラックパープル」とか言われても多分勝てる。足が速かった近所のさきちゃんにだって、きっとわたしを捕らえることはできない。
いい感じに童心を呼びさませたところで、フロアを見て回る。トレーディングカード、スライムキット、ジグソーパズル、仮面ライダーのベルト、おもちゃのピアノ、プラモデル、変身ステッキ、リリアン編み機、ボードゲーム…………へえ、今は立体の絵が描ける3Dアートペンなるものまで売っているのか。

立体の絵が描ける3Dアートペン
めくるめくおもちゃたちに一つひとつ感動しながら、端から端まで隈なく物色する。小さい頃は年に1~2回、クリスマスか誕生日に1つしか買ってもらえなかったおもちゃが、今ならなんでもない日に3つも4つも買うことができる。例えばシルバニアファミリーなら、なんと一気に3世帯の家族を迎え入れることだって可能。自分で働いて得たお金だから誰にも文句は言われない。万能感に満ち溢れ、この時点でかなり元気になる。

こんな可愛いのがたった2000円
ここで終わってもいいのだが、眺めているとつい欲しくなってしまうので、たいていは何かを買うことになる。今日はアンパンマンとディズニープリンセスのぬりえ、それから高級色鉛筆36色セットを買った。こんなに買っても5000円もしなかった。つまらない飲み会に数千円払って消耗している人たちは、騙されたと思って1回やってみた方がいい。
さて、レジに向かいながら、久しぶりの友達に連絡。しばらく会ってない友人だけど、「今から一緒にぬりえやらない?」よりもわくわくする遊びの誘いって無いだろ、わたしだったら絶対行くもんね、と思いながら送信。返事はやっぱり「やる」だった。
そのまま友人の家に移動してぬりえを開始。まず光源の位置を決めて、影にはたくさんの色を塗り重ねて、立体感の出る画面を表現していく。そういえば、この友人とわたしは同じ美術大学の同級生だったのだ。シャカシャカという色鉛筆の音とともに、ぽつりぽつりと雑談が進む。


ちゃんと足元の影もつける
「仕事、しんどくてさ」
「あーね」
「そっちは?」
「まあまあ忙しいかな」
「だよね」
「え、てかアンパンマンのマントって何色だっけ」
「待ってググるわ。あ、茶色。マゼンタ寄り」
「おけ。なんかさ、わたし、何のために書いてんのかなって、思う日がある」
「最初は楽しかったんでしょ? ずっとそのままいれたらいいのにね」
「ね。ずっとそのままいれたらいいのにね」
そういえば大学時代にも、何かを描いたりつくったりしながら、2人で夜な夜な話していた。できるだけ教授に評価されるようなものをつくろうとするわたしに対して、彼女は誰にも評価されなくても、自分が好きなものばかりつくりつづけていて、わたしは彼女のそういうところが好きなのだった。
ぬりえが3枚出来上がる頃には外が白みはじめていた。友人は床に寝転んで寝息を立てはじめている。状況はなにも変わっていないのだけど、なんかわたし、大丈夫かもなあ、って思った。

アイロンビーズも夜におすすめ