「夜更かしは身体に良くない」と言われるけれど、夜の時間ってなんだか特別感がある。眠い目をこすりながら、夜更かしする時のワクワク感ったら……! 自宅でゆっくりするもよし、知らない街で遊んでみるもよし。ついついやってしまう夜更かしルーティーンがある人も多いのでは。あたそさんが綴るのは、旅先でする深夜徘徊について。
17時きっかりに仕事を終え、ダッシュで東京駅に向かう。そこから片道1500円のシャトルバスに乗り込んで慌ただしく成田空港に向かうと、チェックインにぎりぎり間に合う。そのまま一直線に出発ゲートに直行して、どこか海の向こう側へと出発する。
私は、海外旅行が好きだった。今は円安でなかなか行きづらくなってしまったけれど、コロナ禍以前は年に4回くらいは行っていたと思う。スケジュールを立てずにひとりでふらふらしながら、現地の人と話したりしながら生活の営みや文化に触れるのが特に好きだった。
モンゴルのゴビ砂漠の真ん中で5日ぶりにシャワーを浴びて抜け毛の多さとお湯の温かさに感動したり、好きなバンドのライブを見るために1泊3日でロンドンに行ったり、インドの紛争地帯に降り立って電気もガスも水道もない元首狩り族の家にホームステイもした。自分でも、バカだなと思う。でも、そんな自分思い切りのよさとか謎の行動力や決断力の高さが、私はさほど嫌いではなかった。

インド ナガランドにて
深夜の空港に到着すると、肌にまとわりつく空気、匂い、湿度。バスやタクシーを使って中心街へと向かうときに明るく照らされるビルや何かの看板を眺めていると、自分が日本から遠く離れた場所にいるのだと思い知らされる。
予約していた宿に無事に到着し、荷物を降ろして一息つくと、異様にお腹が空いてくる。この時間が好きだった。
もう12時をとっくに過ぎていて、人通りもそれほど多くはない。私は女で、ここは日本ではない国で、深夜にひとりで歩くのは危険だし、あまり勧められた行いではない。

韓国・ソウルにて。こんな張り紙のあるクラブもある
周囲に24時間営業のお店があるとか、人通りがあるとか、ホームレスや野犬がいないとか、場所は選ぶと思う。でも、現地に到着してほんの1~2時間くらい、少し緊張しながら辺りを歩くのが私は好きだ。
気になったお店があれば、そこで夜食を食べる。コンビニで何が入っているかわからないカップ麺やお惣菜、ホットスナックを買い込んで、宿に帰って少しの背徳感を覚えながら食べる時間だって、たまらなく好きだった。

タイ バンコクにて
台北に、夜21時くらいから深夜5時が営業時間という珍しい食堂がある。暖かい国は、夕方から朝にかけて営業するお店が多い気がする。行ったのは一度きりだけど、私はそこでごろっとした肉の塊が豪勢に乗った魯肉飯(ルーローハン)と台灣啤酒(ビール)を頼む。
有名なお店だから店内には深夜とは思えないほどに人がいて、大賑わいのなか肉の塊をかっくらう。鉄製のテーブルにプラスチックの安っぽい椅子、壁はタイルでできていて、すべて漢字で書かれたメニューが掲げられている。目に入るものすべてが新鮮に見えた。

台湾 高雄の夜市にて
せわしなく働く店員さんに、何を話しているかもわからないお客さん。旅行者も多く来店するお店だろうから、相席した人だって私のことを気にも留めない。「日本人?」と聞かれることさえなく、カロリーとか明日のことがどうでもよくなるくらい、ただただ目の前のご飯を食べる。
甘味の感じられる脂に塩味のはらんだほろほろの肉が食欲をそそり、冷たいビールで流し込んでいく。お腹がいっぱいになってお札を渡しながら「謝謝!」と店員さんに言うと、うれしそうに笑いながらお釣りをくれる。
それから、コンビニでまたビールを買って、歩いて宿に戻る。他の観光客や宿のスタッフと軽く話をしたりして、シャワーを浴びたあと、クーラーがガンガンかかった部屋で眠る。何度も経験してきたことなのに、どれも日本にいるだけでは知らない世界の話で、すべてが非現実だった。

スリランカ キャンディにて
深夜に、海外の知らない道をなんの目的もなく歩いているとき、ひとりでご飯を食べているとき、私は孤独でひとりだと思う。でもその分、自由でなんだってできる。周りのすべてを気にしないで、好きなようにいられる。たかだか旅行ではあるけれど、全部自分で選んできたから私はここにいて、だからこそ生きているのだと心から思える。この気持ちがわかったから、私は海外ひとり旅が好きで、深夜徘徊がひとつの楽しみになっているのだと思う。
普段の私ならとっくに寝ているはずの時間に、仕事帰りの人、明らかに酔っぱらっている人、クラブ帰りの人、なんでこんな時間に歩いているのか予想できない人、いろんな人とすれ違いながら、初めての道を歩く。
この国で私はただの外国人であり圧倒的少数派で、誰も私のことなんて知らないし、私に結び付くものすらない。おばさんやおじさんが閉店準備を始める台北の夜市、店員のやる気が一切感じられないバンコクや香港のコンビニ、派手な服を身に着けて楽しそうにはしゃぐ女性たちとすれ違うソウルの梨泰院。
きっと私はどこにだって行ける。ひとりでなんだってできるはず。ほろ酔いで海外の夜道を歩きながら、私はいつも少しの自信を取り戻す。何も特別ではないそこに根付いた生活の一部なのに、私にとっては何もかもが特別に思えて、今もその光景を忘れないでいる。