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特集

たとえぶっ壊れようと、好きなことは辞めなかった

Superorganism・ORONOに「失敗」がない理由、「今の自分が好き」と言えるまで

author: Beyond magazine 編集部date: 2025/02/19

「最近思うのは、『頑張らなくていいよ』ということです。人生はそんなにシリアスじゃないから」
 
そうまっすぐな眼差しで語るのは、17歳の頃からミュージシャンとして世界的に活動するSuperorganismのORONOさん。激動の10代を送ったORONOさんがもし、もう一度10代に戻ったら? ORONOさんのこれまでを振り返るにつれて見えて来たのは、自由や破天荒というイメージの裏側にある葛藤や繊細な心、そして人や音楽への真摯で深い愛情。仕事・人間関係・遊び・お金・マインドの5つのキーワードから、「今の自分が好き」と思えるまでの道のりを探る。

ORONO

ロンドンを拠点とする多国籍バンド “SUPERORGANISM” のフロントマン。2017年、当時17歳で結成したバンドがデビューすると欧米の著名なミュージシャンから注目を集める。コーチェラなど世界的なフェス多数に出演、2度の世界ツアーを行う。音楽だけでなく、アートワーク、執筆も手がけるマルチ・アーティスト。
2024年、オロノはミッチ・マルシコとビバリーヒルズでcheese touchを結成。31%をオロノとミッチが担当、残り69%はチーズからなる特殊編成バンド。また、新規プロジェクト「Nose Noise」でアルバム制作中。2025年夏にリリース予定。

Instagram:@oronooooo
WEB:https://www.oronooo.com/

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――17歳の頃からバンド・Superorganismとして活動してきたORONOさんですが、これまでを振り返って「頑張って良かった」と思える仕事はありますか?

Superorganismの活動すべてです。正直、昔はめちゃめちゃ辛くてずっと辞めたいと思っているような時期もありました。でもその嫌な経験とか、Superorganismで頑張った経験がなかったら、今の自分はいないと思うので、続けてきて良かったなと思っています。

――Superorganismはデビュー当時から話題で、いち早く成功を掴んだというイメージが一般的には強いと思うのですが、どんなことが辛くてバンドを辞めたいと思うようになったのでしょうか?

17歳の時にロンドンへ引っ越したのですが、当時はバンドメンバー以外の知り合いや同世代の友だちが全くいない環境だったし、ロンドンという場所も俺自身の希望じゃなくてメンバー全員が住んでいるからという理由だけで選んだから、「自分はここで一体何をしてるんだろう?」って、毎日部屋で一人悲しむ毎日でした。

それと同時に、それまでは“音楽そのものを売り物とするのがミュージシャン”だと思っていたのですが、実際はそうではなく、我々自身が売り物であり、歩く広告塔になることが音楽を職にするということなのだと気付かされた時期でもありましたね。

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10代の頃、バンド・Superorganismの練習中

――というと?

まず、俺は日本が嫌で海外に出たのに、日本のメディアから「日本人が海外で頑張ってる」と扱われて、それに応えるのがすごく嫌でした。あとは、「最初の頃はとりあえず全てにイエスと言おう」という周囲の風潮や圧に押さえ込まれて、心の中では強くノーと思っているのに嫌々イエスと言わされたり。「これが本当にミュージシャンってものなのかよ?」って、ムカついてましたね。

そういうのが積もりに積もって、2018年のCHAI(=2024年3月12日解散)がサポートアクトとして出演してくれたツアーのイギリス公演で、ライブ中にぶっ壊れしまって、ステージ上で号泣しながら歌い続けたこともありますね。

――そこで実際に辞めるという選択をしなかったのはどうしてですか?

その後もツアーは続いていたので辞められない状況だったのと、辞めたいと言いながらも自分はライブをしたり音楽を作ったりするのが好きなので、どんなに辛くても本当に辞めようとは思わなかったです。あと、ちょうどその後にツアーでアジアを回る時に、バンドメンバーとも距離ができてしまった自分を心配してくれて、親父がツアーについて来てくれたことも、すごく心の支えになりました。

あとは“ツアー中のお父さん”みたいな存在だった、ツアーマネージャーのギャビンの存在も大きいです。タイに滞在中、一緒に足のマッサージを受けながら悩んでいることを打ち明けたら、「仕事なんだから辛くて、めんどくさくて当たり前。だからそんなに深く考えなくても良くないか?」って言われたんです。辛さを理解してくれた上で、それが当たり前だと教えてくれたその言葉のおかげで、すごく楽になりました。それからもしんどいことはたくさんあったんですが、「そうだよね、仕事だから当然だよね」って思えるようになりましたね。

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10代の頃、バンド・Superorganismでの思い出の1枚

――「音楽へ真摯に取り組みたい自分」と、「音楽を仕事にする」ということを、上手く両立できるようになったんですね。

そうですね。それまでは区別がついてなかったんだと思います。めんどくさいと思うことも仕事として割り切ることで、「じゃあ仕事を効率良くするにはどうすれば良いんだろうか?」というふうに考えられるようになりました。ツアー中だったら移動が仕事みたいなものだから、その間の健康を維持しよう、みたいな。それからだんだんと良い方向に変わっていけたなと思います。

――では、もし10代の頃に戻ることができて音楽家以外のことをやるとしたら、やってみたいアルバイトや仕事はありますか?

ポテトチップスの工場で働いてみたいです。工場の中で何が起きてるのか知りたいし、一つの作業に集中するのがすごく好きなのでやってみたいです。もちろんポテチが好きなのも理由の一つです(笑)。

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 ――ロンドンでは友だちができずに悩んでいた時期があったとのことですが、どのように友だちを作れるようになりましたか?

ツアーを通していろんな人と知り合いになって、自然と友だちが増えていきました。今は世界中、どの街にも友だちか知り合いがいます。今もアリゾナ州にある友だちの家に1週間くらい泊めてもらってるんですが、彼らもミュージシャンなので一緒に音楽を作ったりハイキングに出かけたり、めちゃめちゃ楽しいです。

――友人関係は狭く深くタイプですか? それとも広く浅くタイプですか?

「広く深く」でいいんじゃないですかね。俺には、ミュージシャンに限らずいろんな職種の友だちがいて、年代も幅広いです。この間も20歳ぐらいの子から50代後半の人までいるような集まりがありました。

あと原宿にあるFenderのお店に友だちと立ち寄ったときに、店員の人が自分のことを知ってくれていたらしく話しかけてくれたんですが、話しているうちに気が合って、何回か遊んで友だちになったこともあります。

――いま「親友」と呼べる人はいますか? また、ORONOさんにとって親友とはどんな存在でしょうか?

数人思い浮かびます。そのうちの1人とはもう長い関係で、先日も急に電話して1時間くらい話していました。自分は家族と友だちをすごく大切にしているので、親友という存在は、家族の延長みたいなものだと思っています。

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10代の頃の思い出の1枚

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――10代のうちに「これだけはお金をかけるべき」と思う出費はありますか?

リアルな回答をするなら、投資ですね。いまアメリカで生活しているのですが、アメリカの人たちは親が投資用の口座を子どもに与えることもあるし、若いうちから投資している人が多いです。なので自分が10代に戻ったとしたら、なるべくお金は投資に使いたいですね。

――ORONOさん自身が過去にThe Eversons(※)のライブに足を運んだからこそ今のご活躍があると思うので、「ライブに行くべき」とおっしゃるのかなと思っていました。

逆に全然行かなくていいと思います(笑)。実際観に行くより、もしかしたら自分の中で想像していた方が面白いんじゃないかな、なんとなくだけど。

(※)The Eversons……Superorganismのうち4人が在籍していたバンド。ORONOさんがThe Eversonsの日本公演に訪れたことが、今の活動がスタートするきっかけとなった。

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――10代で出会って良かったと思う音楽と、10代のうちに出会いたかったと思う音楽はありますか?

10代の頃に出会って良かったのは、エリオット・スミスですね。当時すごく病んでたので(笑)。

そして20代になってから、プリンスのアルバムを最初の作品から最後の作品までちゃんと辿って聴くようになったんですが、深く聴いてみるようになって、曲のアレンジやプロダクションがすごいことに気づきました。あれを全部一人でやっているっていうのもすごい。10代の頃にプリンスを聴いていたら、また違った聞こえ方をしていたり刺激を受けたりしていたんじゃないかなと思います。

――ちなみに最近のお気に入りは?

最近はクラフトワークをよく聴いていて、彼らのプロダクションにもすごく刺激を受けていますね。ジムでトレーニングしながら聴くのも良いです。 

――では、ORONOさんにとってのバイブル的1冊はありますか?

これという1冊はないのですが、ハンター・S・トンプソンの本が好きで、彼の書き方にはすごく影響されています。彼は壮大なテーマをすごくシンプルなワードで書くんですが、それがすごく良くて。

あと、最後に読んですごく刺激を受けたのは、ジャック・ケルアックの『ビッグ・サーの夏 最後の路上』(原題:Big Sur)という本。彼はビート・ジェネレーションの一人で、文章はこうやって書くものだ、っていうルールをぶっ壊した文章なんですよね。それが革新的で、まるで彼の脳みそに入ったような感覚がして、とても良いです。

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ジャック・ケルアック『Big Sur』

――ORONOさんは、住む場所や行く先々で色々な食文化に触れ、これまで色々なおいしい食べ物に出会ってきたかと思います。その中でも特に思い出に残っている味はありますか?

1つ目は、スペインの本場のパエリア。2つ目は、プリンスの出身地であるアメリカ・ミネソタ州・ミネアポリスにある、バラク・オバマ元アメリカ大統領も食べたというジューシールーシーというバーガーです。めちゃくちゃジューシーで、パティの中にチーズが入っているから、食べると中からドロっとチーズが溶け出してくるのがとてもとてもおいしいんです。

日本だと、札幌にある「茂ラーメン」の牛乳ラーメンが最高です。大きなバターが1本載っていて……とまで聞くと「えっ?」って思うじゃないですか。でも意外とスッキリしてて、コクも半端なくあって、今まで食べてきたラーメンの中で間違いなく一番おいしいです。

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――ORONOさんにとって食は欠かせない存在ですか?

めちゃめちゃ大切です。ツアーをきっかけに世界中のおいしいものを食べる機会があって、「世の中にはこんなにおいしいものがあるんだ」って知ることができました。日本食の魅力も、アメリカに住んでから気付きました。日本に住んでいるときは和食が好きじゃなくて、毎日でもマカチー(=マカロニ・アンド・チーズ)を食べたいって思ってたんですけど、いざアメリカに住んで毎晩のようにマカチーや体に悪そうな食べ物が出てきたらうんざりしちゃって。和食っておいしいし体にも良いし、すばらしい食べ物なんだなって気付かされました。

――これまで世界各地へ訪れて来たORONOさんですが、10代の頃に訪れていたら「変わっていたかも」と思うような場所はありますか?

まだ行ったことはないんですが、ブラジルやアフリカに10代の頃に行っていたら何か変わっていたかも、と思ったりますね。

――では、10代に実際に訪れた場所で、忘れられない場所はありますか?

一番好きな街はカナダのバンクーバーです。お金がもっとあれば今すぐにでも住みたいくらい。18歳の時に初めて行ったんですが、直感的に「ここだ」って思えたんですよね。バンクーバーには海も山もあって、大きい街なのに小さい街みたいな雰囲気で、人も優しい。いまだにバンクーバーへの直感を超える場所には出会っていないので、運命だと思います。大好きな街だから、いずれ住む日も来ると思いますね。

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バンクーバーのキツラノビーチでの1枚

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――10代のうちに捨てるべき“べき論”はありますか?

最近思うのは、「頑張らなくていいよ」ということです。人生はそんなにシリアスじゃないから。頑張らなくていいっていうのは、タモリさんも言ってますね。

あと、すごく好きなトリクシー・マテル(Trixie Mattel)というドラァグクイーンがいて。トリクシーは同じくドラァグクイーンのカーチャ・ザモロドチコワ(Katya Zamolodchikova)と、コメディ・デュオを形成しているんですが、最近聴いたPodcastでも似たような発言がありました。トリクシーはビジネスを持っていたり、さまざまなジャンルで活躍したりしている第二のル・ポールみたいな存在なんですが、カーチャはとにかく頑張らない人なんですね。そんな頑張り屋のトリクシーがカーチャに対して、「あなたが正しかった。そんなに頑張らなくて良いんだって最近気づいたんだ。あなたがずっと正しかったんだ」と言っていて、それがすごく刺さりました。

――「頑張らなくていいよ」というのは、頑張りすぎて自分を壊さないためにということですか?

はい。自分もだらけるタイプなので無理に頑張ると壊れるんですよ。だから、よく「頑張れ」ってアドバイスをされることも多いと思うけど、そんな頑張らなくていいよって。頑張りたければ頑張ったらいいし、もしダルいならやらなくてもいいと思ってます。 

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――これまでの一番の失敗って覚えていますか?

あんまり覚えてないです。多分いっぱい失敗してきたと思うんですけど、失敗を引きずってても良いことがないので、すぐ忘れるようにしています。もちろん失敗の大きさによっては長い期間引きずることもありますけど「起きちゃったことだし、しょうがねー」って思います。

――失敗を忘れるようにしているというORONOさんですが、もしタイムマシーンがあって、いま10代に戻ることができるなら、どんなことをしてみたいですか? 

大学に行きたいですね。実は自分には「音楽を職にするプラン」というのが昔からあって。それは、WeezerとVampire Weekendを混ぜた感じで、アメリカの大学に行って学内で始めたバンドが売れるっていうストーリーだったんです。実際には17歳から活動を始めることになりましたが、元々本を読んだり学んだりすることも好きなので、大学に行って勉強したいです。

――大学に行くのはこれからでも叶えるチャンスはありそうですね。

はい。ただ、アメリカの大学は学費が高いのでもう少しお金を貯めるか、もっと大きな結果を残して奨学金をもらえたらいいなと。急いではいないですが、絶対大学には行くつもりです。あとはスポーツや運動も好きなので、もっとやっておけば良かったなと。メンタル的にも良い気がしますしね。

――スポーツの経験はあるんですか?

高校の時におばちゃんたちがやってるアイスホッケーのチームに1、2回参加したことはありますね。 あと高3の時には、当時のルームメイトとヨガをやって、ランニングに行ってと、とても健康的な生活を送っていました。今もヨガは続けているのと、青汁や白湯を飲んだり、スムージーやサラダを食べたりと、健康は意識するようにしています。

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グレート・スモーキー・マウンテンズでサイクリングしたとき

―― 誰かから言われた言葉で心に残っている言葉はありますか?

カナダ人の面白インタビュアーのナードワーという人がいるんですけど、カナダでライブをした時がちょうど辛い時期で、彼に愚痴をこぼしたら「お前は今バンクーバーにいて、このすばらしい会場ですごく良いライブをして、ここで今俺たちは話してるんだ。お前はもうやり遂げたんだよ。だから今後のことなんてどうでもいいんだよ」って言ってくれて。このナードワーの言葉と、先述したギャビンの言葉には重なるところがあって、どちらも心に残っているし、自分を解放できるきっかけになりました。

――いろんな悩みや葛藤があった10代を過ごされてきたと思いますが、それらは解消されましたか?

どんな悩みも一時的にクリアしたとしても、完全に払拭できるわけではないじゃないですか。なので、今後も精神的に下がったり上がったりを繰り返すと思うのですが、焦らず上手く付き合っていければ良いんじゃないかなと思っています。

――いい人たちとの出会いがあって、自分とのベストな付き合い方を見つけて来たんですね。

「自分が好き」みたいなことを言うのはダサいからあんまり言いたくないんですけど、自分の今の環境が好きなんですよ。音楽に限らずいろんな面白い仕事ができているし、すばらしい仲間に囲まれて、世界中のおいしいものを食べてきたし。本当に恵まれている野郎なんです、自分は。

Mint Recordsのオフィスにて✌︎

Text:宮谷行美
Photo提供:ORONO
Edit:那須凪瑳


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